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ウィルド  作者: エンリコ
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四幕


[戦端]




 男だ。ヒョロっと縦に長いが貧弱ではない体つきをした男。むしろ筋肉質だ。鋭くつり上がった一重の目──その瞳には、妙な輝きを湛えている。嫌な輝きだ。



「…もしかして初心者か?」



 徐々に近付いてくる男は、まだ目が点になっているオレにそんな言葉を吐いた。それにしても、迷彩色のズボンに使い古したブーツ──軍靴かもしれない──に濃紺のタンクトップとは、“いやはや”だな。



「初心者って…あんたはここに来たことがあるのか?この、重界ってとこに?」



 男は五m程離れたところでピタリと止まった。そして、“ニッ”っと薄く小さい唇の左端を上げほくそ笑んだ。



 チラッと見えただけだが、歯並びが悪いな、コイツ。



「“ジュウカイ”ってのはなんのことかわかんねえけど、そうかそうか、アンタ初心者かあ。」



 何か、馬鹿にされているみたいで腹が立つ物言いだ。



「アンタ、名前は?」



「…人に名前を聞くなら自分から名乗るのが礼儀だと思うぞ。」



「おっと、ワリイワリイ。俺は吉原弘一ってんだ。しっかしそんなこと言うヤツ本当にいるんだな。」



 まだニヤニヤが顔に張り付いたままだ。友人にはなりたくないタイプ、そう思えてしまう。



「…志多見一茶だ。」



「おいおい、そんなに構えんなよ。名前聞いただけだろ?」



 大袈裟に肩をすくめてみせる。確かに、コイツ──吉原とかいう男の言う事ももっともだ。なにも警戒する必要はないかもしれない。



──とりあえず話をしてみるか。



「構えられると、変なところに入れち、まうだろが!」



──ドボ!



「っが!!?」



 突然、腹部に鈍い痛みが走り息が止まる。おまけに、足は地面から五十cmほど離れていた。一瞬なにが起こったのかわからなかったが、すぐに理解した。鼻先まで来た男──吉原の膝蹴りをみぞおちに喰らっていたのだ。五mも離れていたのに、こんなに近くに。それも一瞬で。



──クソ…!想力か!?



 ちんちくりんの話を信じるなら、重界に居る時点で能力者であることは確定している。加えて、何度かここに来たことがあることをほのめかす発言をしていた。なら、想力を使えるのも当然か。



「ハッハッハァ!こいつぁ〜いいや!マジに初心者かよ?!しかもトロイときたもんだ!!」



 オレは腹をおさえ、膝をついてしまう。護身術程度の格闘技経験しか無いオレは、こういう時の対処を知らない。空手でも習っていればよかった、転ばぬ先の杖にでもなっていたのに。



「ホレホレ、休んでる暇はねぇ、ぞ!!」



──ヒュ



 今度はへたりこんでいるオレの頭めがけて、左から空気を切り裂く音と共に、中段蹴りが飛んでくる。



「く!おお!!?」



 辛うじて両腕を上げて蹴りを防ぐ。が、そのまま真横に四、五m吹き飛ばされてしまう。



──さっきの膝蹴りといい、おかしい。人間にそんな力が出せるのか?これも想力の力なのか?



 吹き飛ばされ地面に打ち付けられる。あれだけの蹴りを受けて腕が折れなかったのは不幸中の幸いかも知れない。



 擦れて破れたスーツ──吊し売りの安物だが、お気に入りのやつだ──を見てオレの頭に血が昇った。



「テメエ…いきなり何するんだ!」



 吉原のニタニタ顔はいっそう歪む。



「ナニって、アンタを蹴ったんだよ。」



「そんなことわかってる!なんでそんなことをしたのか聞いてるんだ!」



「アンタを殺すタメだよ。」



 一瞬、吉原が何を言っているのかよくわからなかった。ただ、“アンタを殺す”その言葉だけがオレの頭に鳴り響く。



「オレを、殺す?」



「初心者のアンタは知らねえだろうが、このアホみたいな場所から抜け出すには、中に入って来た相手を殺さなきゃいけねえんだよ。」



──そんなこと…聞いてないぞ…



「…お前がここに来たのは何回目なんだ?」



「五回目だ。」



 五回目、それはつまり五人、人を殺したということと同義。



「本当に人を殺さな『殺さなきゃ出られねえよ!なあ??お話しはいいだろ?!おれはもう勃ってんだよ!気持ちよくなってきてんだよ!!いちいち邪魔すんじゃねえエェェ!!!」」



 そう言い放つなり吉原はまた、一瞬で間合いを詰めてくる。眼前にいる吉原の瞳の輝きが増している。その輝きの正体がようやくわかった。“狂気”それなのだ。この変態ヤローが。



「うおら!!!」



 掛け声と共にオレの顔面目がけて、右フックが飛んでくる。その時、オレはちんちくりんの言葉を思い出す。




『イメージしたことをそのままこの世で実現出来る力──』




──やって、みるしかないか…!



 オレはイメージした。吉原の拳がオレの顔面に到達するその間──コンマ何秒のうちに、高速で移動する自分を。



──ゴッ!!



 健康な骨と骨がぶつかり合う音が響く。



 吉原の右フックは見事にオレの頬に入る。そしてまたも、四、五m吹っ飛ばされる。首から上が吹き飛ぶかと思った。



「う゛ぐぁ!!」



──クソ!想力なんて使えないじゃないか!!?



 心の中でちんちくりんに対して悪態をつく。そしてまたヤツの言葉を思い出した。




『──とはいえ、何でも出来るわけではないし、各々使える力も違う。』




 吉原には高速移動は出来るが、オレにはそれが出来ない。つまり、そういうことなのだろう。



「っ痛!…ハァ、ハァ…」



 口を押さえながら、オレはヨロヨロと立ち上がる。今の一撃で奥歯が二本折れたみたいだ。口からも鼻からも血が出ている。全身も擦り傷、打ち身だらけだ。おまけに中段蹴りをガードした両腕は腫れてきたみたいで、熱くて痛い。



「なあ、おい?気持ちいいか!!?おれは最高に気持ちいいぜ!!!」



 気付いた時には吉原はすぐそばまでいる。そして攻撃される。さっきからその繰り返しだ。



「クソ…ぐぅ!!…が!!!」



 腰の入った左ボディブロー──ややアッパー気味──で浮かされ切り返しの右ストレートが飛んでくる。それは的確にオレの顔面の中央を打ちすえた。今度は吹き飛ばされずに中空で四分の三回転して、地面に落ちる。



──このままじゃ嬲り殺しだ…せめて何か武器でもあれば…



 吉原は、ぐったりしているオレの体をひょいと持ち上げる。そう、猫を持ち上げるように、襟首を掴んで“ひょい”と。



「ああ?失神したか?それとも、死んだかあ?」



「…誰が…死ぬ、かよ…」



「ッハア!だよなあ!?これくらいで死なれたら興醒めってもんだよなぁ!!」



──ズタボロなのに強気でいるオレを誰か褒めてくれ。…だが、もう体が言うことを聞かなくなってきている。次、攻撃を喰らえば…



「一茶、だっけか?これでくたばんじゃねえぞ!!」



 左手で掴んでいた襟首を離し、また右ストレートが飛んでくる。コンマ何秒か後にはオレの顔面を打ち抜く、はずだった。だが、その一撃はなかなか来ない。定まらない視点で吉原を見ると、何故か吉原の動きがゆっくり──まるでビデオのスローモーションのようにゆっくりになっていた。



──な、なんだ?何が…起こったんだ?避けて、いいのか?



 オレはようよう体を動かして吉原の射程圏内から離れようとする。



 吉原の動きが遅くなったのに対して、オレの動きはなんの制限もされていない。もしかしたら、知らぬ間にオレが想力を使ったのかもしれない。だかオレは、そんなイメージをしていない。なんにせよ、とりあえずは助かったのだ。そう思うと、少しばかりの安堵が心を照らす。



 射程圏内から離れるやいなや、吉原の動きが一気に加速する。大振りの右ストレートは空を切り、吉原はその反動でたたらを踏む。そして、なんとか立っているオレを睨みつける。



「力ぁ使ったな?!…ん?チッ!」



 激しく舌打ちをして吉原はオレから十mほど一気に離れ、高さ約4mの平な岩の上に立つ。さっきまでのニタニタ顔から憎々しい表情に変わっている。



「それがあんたの得物かよ。初心者だからって遊び過ぎちまったようだな。」



──またわけのわからないことを言い出した。オレは武器になるような物なんて持っていないぞ。



「…ってか、そりゃ武器か?」



 本格的にわけがわからなくなってきたオレは、とりあえず吉原の視線を追ってみる。どうやらそれは、オレの右手に注がれているみたいだった。



 右手を意識してみると、確かに何かが在る気がした。それは、掌からぶら下がっているようだ。オレはだらりと下げた右腕に視線を落としてみる。



「な、何だよ…?これ…?」



 掌の中央より、やや手首側の方から、一本の黒い紐──ヨリのない黒い紐が15cmほど垂れている。それは、押し入れの隙間から見える、一筋の闇のようにも見えた。その先には、銀色の金属の棒が付いている。棒の真ん中に紐を結んでぶら下げたような状態だ。だが、紐の結び目はなく、金属の棒の中央と直接繋がっているようだった。



 金属の棒の両端は菱形──西洋槍の先端を小さくしたもののようになっている。中央部分は円柱型で、ほんのわずかだが湾曲している。円柱部──把手、とも思える──の直径は三cmほど、長さは掌を少し出るくらい──約十cmといったところだ。両端の菱形は約五cmで、把手と両端の菱形合わせて、全長約二十cmになる。独古、のようにも見える。さらに把手部分には奇妙な記号──文字かも知れない──が二つ、荒く彫り込まれている。



「…チッ。なんにせよ、徒手空拳で殺れる程アマかあねえか。」



 吉原はそう言うと右腕──拳は握っている──を前方に突き出した。そして、そのままゆっくりと目を閉じていく。



「よ!っと。」



 気を発するような掛け声に、オレはようやく吉原の方を向く。ヤツの右腕の上と下、約二十cm離れたところにクネクネとした赤い、妙な物が浮かんでいた。



 音も光もなく、スっと出現したそれは、平仮名の“ろ”を横にしたような形で、かなり細いようだ。多分、一cmほどだろう。断面は丸ではなく三角形をしている。長さは拳から肘までで、約四十cmくらい。色のせいもあってか金属のようには見えない。



「どうだ?イカすだろ?!コイツが俺の得物だ!ちなみに名前は“ベークラ”だ!」



 イカすか?と聞かれても困るというものだ。こっちは多少回復してきたとはいえ、フラフラなのだから、そんなこと考えている余裕はない。しかし、自分の武器に名前を付けるとは、またもや“いやはや”だな。



 吉原の得物とやらは腕の動きに連動しているようだった。腕を下ろすとそれにつられて一緒に動いていた。常に腕から一定の距離を保っているようだ。



「さてと、二ラウンド目、開始といこうか!」





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