プロローグ
闇の中を歩いている。全てに恐怖を与え、全てを覆い尽くす、闇の中を。
ここは地獄だ。仕事も娯楽も存在せず、ただ、ひたすら歩き続けることしかできない。立ち止まると、後ろから、死神が血を抜こうと迫ってくる。心を持てず、思考することさえできない、本当の死へ誘いてやろうと、襲いかかってくる。髑髏の面を被り、鉄さえ軽く切ってしまいそうな程に鋭く、大きな、死の鎌を持って……。
突然、闇の底から不気味な笑い声が聞こえてきた。もう聞き慣れてしまった、死神の笑い声だ。人間のモノとは程遠い、背筋の凍りつくような笑い声が、闇中に響いている。
今度はいったい、何をするつもりなのだろう。
今まで聞いてきた他の死者たちの悲鳴が、頭の中に蘇える。
死神は笑い声を上げると、その後に必ず何か質の悪い悪戯をしてくる。罪を犯す原因となった出来事や、最愛の人が苦しむ姿を闇の中に映し出して、心の炎を様々な色に変化させる。
死神はそれを遥か遠くの闇の底から眺め、嘲笑い、地獄にある唯一の娯楽として、心の底から楽しむのだ。
尤も、彼らに心などという人間らしいモノがあるとは、わからないが。
笑い声が止んだ。闇に、再び異様な静寂が訪れる。無音で何も聞こえない。耳がなくなったかのような感覚に、捕らわれてしまう。
同時に、目の前の闇に青白い顔が浮かび上がった。万人受けしそうな程に整ったその顔は、見覚えがある人物の、憎い顔だった。
コイツだ――
体に稲妻が走り、青紫色の小火だった心の炎が、灼熱のマグマのように赤く、燃え盛っていく。動悸が段々と激しくなり、目に写る闇が、どす黒い血の色に塗りつぶされた。
コイツに騙されたんだ――
頭の中では、死の顛末がゆっくりと再生され始めていた。