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「フィー?、フィーってば!」
いけない…つい過去に思いを馳せてしまっていたようだ。
公爵令嬢の専属になったとは言え、メイドと言う身分でしかない。にも拘らず、フィーは仕えるアンネッタと同じ馬車に乗り、更には隣に腰掛ける事も特別に許可されている。
その為すぐ隣のアンネッタが声を掛けてきていたようなのだが、さっきまで窓の外の風景を眺めてはしゃいでいたのに、何事だろう…?
「失礼しました。
お嬢様、如何なさいました?」
「別に何もないけど、なんだかフィーがぼうっとしてるみたいで、疲れてるのかなって心配になっちゃったの」
あの最悪の出会いから凡そ2年……。
フィーの努力の甲斐あって、未来の悪役令嬢アンネッタ・オファーロは、とても素直で愛らしい令嬢に成長した。
落ち着きだとか、まだ少し足りない所もあるのだが、S組に入れたのだから問題はない。
ちなみに過去、アンネッタを階段上で突き飛ばした少年――アンネッタの兄であり攻略対象の一人であるケルナー・オファーロは、S組ではなく1組である。
これには理由もあるのだが、今は置いておこう。
学院のクラスは各学年5クラス置かれている。
成績最上位者が集うS組。そこから成績順に1組から4組までの合計5クラスだ。
1クラス当たりの人数は多くなく、S組に配される人数は更に少ない。
「私は大丈夫でございます。
ただ学院内の配置を、再度思い返していただけです」
目礼をしながらそう言うと、アンネッタは呆れたように眉尻を下げた。
「フィーったら……。
馬車での移動中くらい、もう少し気を抜いていいのに」
「滅相もございません。
私の職務はお嬢様のお世話だけでなく、安全を確保する事も含まれております」
アンネッタは肩を竦める。
「もう、相変わらず真面目なんだから」
「お嬢様、そのように肩を…」
「今はフィーと二人きりなんだから良いじゃない。
他に見てる人なんていないわ。
馬車から降りたらちゃんとするから」
今度はフィーの方が困ったように眉をハの字にした。
馬車がゆっくりと速度を緩めていく。
車窓から外を見れば、美しく整えられた生垣の奥に、白亜の建物群が見えていた。
ゲームの舞台となる『ボーカイネン王立学院』だ。
馬車は尚も速度を緩めながら、馬車止めに入った。
御者が外の施錠を外し声掛けしてくるのを、ドアの内側でフィーは待つ。
確かに御者の声である事、窓から姿も確認して内鍵を外し、アンネッタの鞄を持って先に外に降り立った。
アンネッタに向けて手を差し出し、降車を補助する。
地面に降り立ったアンネッタは、学院の真新しい制服の上にフードマントを羽織って、聳え立つ建物群を見上げた。
「これからここで学ぶのね」
水色の瞳を輝かせ、アンネッタが呟いた。
そう、アンネッタの髪色はゲームそのままの若草色だが、瞳の色はピンクではなく水色である。
ちなみに顔つきも、我儘さを滲ませていた2年程前とは違い、とても愛らしい顔立ちになっている。
だが…いつまでも此処で立ち止まっている訳にはいかない。
何故なら、もう少しするとアンネッタの婚約者であるボーカイネン王国王子『エネオット・ボーカイネン』がやってくる…かもしれないからだ。
一応手は打ってみたが、どうなるかはわからない。
ただのメイドに過ぎないフィーでは、婚約そのものを阻止する事は出来なかった。
前世の芙美子としての記憶を根拠に、やんわりと王家との縁は避けた方が良いと吹き込み続けた結果、アンネッタ本人は勿論、公爵夫妻も婚約回避、拒否の方に傾いてくれたのだが、最終的には王命と言うゴリ押しをされ、抗う事が出来なかった。
ところで、攻略対象でもある王子だが……王家側からの懇願で成った婚約である以上、王子はゲーム開始の後に一変するタイプかと思っていたのだが、その期待は直ぐに裏切られた。
一変もなにも、端からアンネッタと交流を持とうとしていない。
予定されている交流の為の茶会は、前もって無理と言う連絡が来れば良い方で、大抵はドタキャン。
贈り物についても、時折思い出したように届いていたが、恐らく人任せに違いない。
それと言うのも、添えられているカードの文面はいつも同じ。けれど筆跡が違うのだ。侍従等に適当に選ばせて、事務的に送り付けているだけなのだろう。
どう言う考えを基にしての行動か、フィーには全く理解出来なかった。
所謂シナリオの強制力と言う奴かもしれないが、ヒロインとの邂逅前からこれでは、先が思いやられる。
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