19 狭間の物語 ◇◇◇ エネオット、決意する
乱暴に扉を開けて自室に入ると、エネオットは着ていた上着を脱ぎ、テーブルに叩きつけた。
艶のある榛色の髪を振り乱し、橙色の瞳には不機嫌さが露わになっている。
流石は攻略対象と持ち上げたくなる程度には整った顔立ちだが、その行動と雰囲気のせいで全てが台無しになっていた。
あまりの乱暴さに室内に控えていた侍女が怯えながら、直ぐに上着を拾ってそそくさと退室して行く。
そんな様子さえも、エネオットの癇に障って仕方ない。
「くっそ……ぎゃんぎゃん煩いんだよ…ったく」
「そう腐るなよぉ」
イライラと周りに八つ当たりするエネオットに、チェポンは困ったように呟く。
昨日の入学式典ではネルローネに釘を刺され、両親とその近衛騎士に見張られて抜け出す事も出来ず、王宮と学院の式典会場を往復しただけで終わってしまった。
今日は登校した後はゆっくりと羽を伸ばしてやろうと思っていたのに、昼休みが終わろうかと言う時に母である王妃に呼び出しを喰らって王宮に戻らざるを得なくなり、つい今しがたまでお小言の嵐に耐えていたのだ。
「なんでこの前の視察をサボった事がバレてるんだ…。
デービーが上手くやっといてくれるんじゃなかったのか?」
「あいつ、見た目は出来る奴にみえるけど、結構抜けてるからなぁ~。
もしかすると王女かケルナーにバレたのかもしれないけどさ」
「くっそ…」
荒々しくソファに座り込み、憮然と頬杖をつく。
「何度頼んでも部屋替えの希望は通らないし、ケルナーを側近から外して欲しいって言うのも完全無視されるし」
「ケルナーなぁ、小さい頃はオレらと一緒になって悪戯もしてたのに、いつの間にか融通の聞かない真面目君になっちまって…オレは寂しい…」
エネオットは頬杖を外し、その親指の爪をイライラと噛む。
「寂しくはないが激しくウザイ!
それ以上に俺は、あいつの妹を押し付けられてる被害者だぞ!?
少しは俺に悪いと思わないのか……王子妃って地位が狙いなだけの不愛想女なんか、俺は御免だって言うのに。
大体ここまで行動で示してるのに、あの女は何時になったら俺に嫌われてるって理解するんだ? ほんと、イラつく……」
エネオットのぼやきに、チェポンが『う~ん』と唸った。
「もう交流は全部行ってないんだよね?」
「まぁな」
「んじゃ贈り物もしてないんだよな?」
チェポンの言葉に、エネオットはハッとした様に目線を横に流した。
「まさか……」
そのまま固まってしまったエネオットに、チェポンの方が首を傾げる。
覗き込んでくるチェポンを無視して、エネオットは唐突に立ち上がった。
「まさか使用人の誰かが俺には内緒で、勝手に何か届けてるんじゃないだろうな…。
いや、もしかすると母上や父上の指示か…くそ、どうしたら…」
チェポンが再び『う~ん』と唸る。
「それ、もしかしたら誤解させてるのかも」
「誤解…?」
「そう!」
チェポンが突然芝居掛かった仕草でセルフハグをする。
「『きっとまだ殿下に愛される未来があるはず!!』な~んて、エネオットからの愛の告白を待ってるんだよ、きっと!
女の子だなぁ~可愛らしい所あるじゃん!」
深く考えていないのだろう…チェポンはうんうんと笑顔で頷いた。
エネオットはそれが正解だと言う様に、両手を握りしめる。
「マジかよ……。
俺に愛される未来なんかないのに、どんだけ夢見てんだ…。
俺の好みはあんな取り澄ましたムカつく女じゃない。
あんな風に人を見下すような目をした女なんか、願い下げだって」
「そんなに嫌だって言うんなら、エネオットの方から婚約破棄するんじゃダメなのか?」
まるで幼子のようにコテリと首を傾げるチェポンに、エネオットは盛大な溜息を吐いた。
「それが出来れば苦労はないんだよ。
父上も母上も、それだけは絶対に許さん…の一点張り。
王族がなんだって臣下の顔色を窺わないといけないのか、心底わからない。
でもそれ以前か……あっちが諦めてくれれば…」
エネオットは何かが引っ掛かったように、自分の言葉を繰り返す。
「諦めて……そうだよ。
あの女が自分は愛される事はないって、諦めてくれればいいんだ!」
一人で力説し一人で納得するエネオットに、チェポンはきょとんとしたまま……けれど黙ったまま大人しくしていた。
「そうだな…。
そう、他に恋人を作るとかどうだろう。
あ~予算を使い切るとかも良いな。あいつに贈り物なんかさせないように、恋人に全部使い切ってしまえば……そう、そうだよ!
おい、チェポン」
急に名を呼ばれて、チェポンは『へ?』と声を漏らす。
「なんとしても明日は学院に行くぞ。
俺好みの女を探すんだ」
「エネオット好みかぁ……あ、そう言えば今日、学院の庭で1年の女の子と知り合ったよ」
『なんでお前が…』と言いたそうに、エネオットは眉間の皺を深くした。
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