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押し付けられたミス

第2話では、主人公が初めて「怒り」という感情に触れます。前世では怒鳴られた経験がなく、理不尽とも無縁だった彼にとって、黒岩の言動は未知の刺激です。ミスを押し付けられ、人格を否定され、それでも感情の扱い方がわからない。そんな彼の胸に、初めて小さな熱が灯ります。一方で、家に帰れば家族の光があり、怒りの熱と温かさが混ざり合う。第2話は、主人公の心が動き出す“最初の一歩”を描いた回です。

第2話 ──押し付けられたミス


 翌朝。会社のエレベーターに乗り込むと、すでに数人の社員が乗っていた。皆、無言でスマホを見つめ、目の下には深いクマ。肩は落ち、背中は丸い。(……今日も、こんな空気か)前世の職場は朝から明るかった。今世はまるで別世界だ。エレベーターの扉が開くと、社員たちは一斉に散っていく。俺も自席に向かおうとしたその時──「久遠くおん!」背後から、あの声。振り返ると、昨日怒鳴り散らしたパワハラ上司・黒岩くろいわが立っていた。「ちょっと来い」短く、低い声。怒鳴り声よりも怖い。俺は黙ってついていく。向かった先は昨日と同じ会議室。黒岩はドアを閉めると、いきなり机に書類を叩きつけた。「これ、どういうつもりだ」書類には、昨日俺が作成した報告書。「数字が違う。ここだ」(……いや、これは俺じゃなくて前任者のデータだろ)「お前が確認しなかったせいで、全部やり直しだ。どう責任取るつもりだ?」「……確認はしました」「言い訳すんな!!」怒鳴り声が炸裂する。昨日より強い。胸の奥に“ざらつき”が生まれる。(……これは、怒りか?)黒岩はさらに畳みかける。「お前みたいなやつがいるから、俺がどれだけ苦労してると思ってんだ!」(……いや、それは違うだろ)黒岩は続ける。「俺が若い頃なんて、もっとひどかったんだぞ。怒鳴られるのは当たり前。書類投げられるのも当たり前。それに比べりゃ、お前なんてまだ甘いんだよ!」(……それ、パワハラだぞ)胸のざらつきが熱に変わる。黒岩は俺の顔を覗き込む。「お前みたいな無能は、怒鳴られなきゃ動けねぇんだよ」その瞬間──胸の奥で何かが“カチッ”と音を立てた。(……ああ、これは怒りだ)人生で初めて、はっきりと“怒り”を自覚した。だが俺はまだ言葉にできない。黒岩は俺の沈黙を“服従”と勘違いし、鼻で笑う。「わかったら、さっさとやり直せ」「……はい」声は昨日より低かった。黒岩は気づかない。俺は会議室を出た。胸の奥で熱がくすぶっていた。


 席に戻ると、隣のデスクの若い社員・佐伯さえきが小声で話しかけてきた。「……大丈夫ですか?」「大丈夫だ」淡々と答える。佐伯は不安そうに眉を寄せた。「黒岩さん、最近ひどくて……。僕も昨日、資料のことで怒鳴られて……」(……やっぱり、他の社員も被害者か)前世の人事経験が働く。(典型的なパワハラ上司だな)だが俺はまだ怒りをどう扱えばいいかわからない。「久遠さん、無理しないでくださいね」「……ああ」胸の奥の熱はまだ消えない。


 昼休み。俺は一人で屋上へ向かった。風が吹き抜ける。空は青い。(……怒りって、こんな感じなのか)胸の奥がざわつく。熱い。落ち着かない。だが嫌ではない。むしろ“生きている”と実感する。前世の俺は感情が動くことがほとんどなかった。だからこのざわつきは新鮮だった。(……俺は、変わり始めているのか)その時、スマホが震えた。妻からのメッセージだった。『お昼食べた? 無理しないでね』胸の熱が和らぐ。(……ありがとう)『食べた。ありがとう』短い返信。それだけで胸が温かくなる。怒りの熱と家族の温かさ。その両方が俺の中で混ざり合っていく。


 午後の仕事を終え、家に帰る。玄関を開けると──「おかえり〜!」妻の声。子どもたちの笑顔。その瞬間、胸のざわつきが消えた。(……ここが、俺の帰る場所だ)夕食。子どもたちが今日の出来事を話し、妻が笑う。俺は静かに聞いている。昨日より胸が温かい。妻がふと俺の顔を覗き込む。「今日……ちょっと疲れてる?」「……少しだけな」「そっか。無理しないでね」胸の奥がまた揺れた。(……俺は、守りたいと思っているのか)家族を。この光を。そして、この光を奪おうとする黒岩に対して、初めて“怒り”を抱いた。


 その夜、布団に入り、今日を思い返す。黒岩の怒鳴り声。胸のざわつき。初めて自覚した怒り。そして家族の光。(……俺は、変わり始めている)前世では感じなかった感情が、今世では確かに芽生えている。怒りも、温かさも、全部ひっくるめて。(……二度目の人生は、前世よりずっと忙しいな)だが悪くない。むしろ少しだけ楽しい。明日も怒鳴られるだろう。理不尽もあるだろう。だが胸の奥の“熱”はもう消えない。──こうして、俺の心は少しずつ動き始めた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。第2話では、黒岩の「ミス押し付け型パワハラ」が本格的に描かれました。黒岩は悪意で動いているわけではなく、過去に受けた理不尽を“普通”だと思い込んでいる人物です。その歪んだ価値観が、主人公の胸に初めて怒りを生みました。前世では感じなかった感情が、今世では確かに芽生え始めています。怒りと温かさ、その両方が主人公を変えていく。次話では、黒岩のミスがさらに大きな問題を引き起こし、主人公の心がまた一段階動き出します。どうか、彼の歩みを見守っていただければ嬉しいです。

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