6 黒瀬葵、文化祭モードになる
文化祭準備一日目。
教室の黒板には「出し物:喫茶店」と大きく書かれていた。
「ねぇ、喫茶店ってさ……またベタだよな」
「だよなー、去年もやったし」
男子がぼやく中、黒瀬が手際よく進行表を作っていた。
実行委員らしく、まるで先生みたいな采配。
──ただし、俺の扱いだけは別格。
「そこ、ぼーっとしないで。机運んで」
「はいはい」
「“はい”は一回」
「はい」
どんな軍隊だよ。
でも、真剣に指示を出してる顔は、正直ちょっと見惚れる。
完璧で、きれいで、でもどこか必死で。
「……なに、見てるの?」
「いや、頑張ってるなーと思って」
「は? 別に、普通でしょ」
頬が、少しだけ赤い。
ぷいっと顔を背ける仕草が、ツンデレ教科書の表紙レベルだった。
◇
昼休み、飾りつけの材料を買いに行くことになった。
当然のようにペア分けのくじを引いたら──
【黒瀬】×【相沢】
「……あのさ、これ絶対先生が仕組んだだろ」
「……さぁ?」
黒瀬は視線を逸らした。
耳がほんのり赤いのを、俺は見逃さなかった。
◇
商店街の100円ショップ。
紙ナプキンや風船を選んでると、黒瀬が真剣な顔で悩んでいた。
「どっちのリボンがいいと思う?」
「え、珍しい。意見聞いてくるなんて」
「……別に。どうでもいいけど」
「どうでもいいなら聞かないでしょ」
「うるさい」
口ではツンツンしてるけど、
その指先がリボンを比べる姿は妙に可愛い。
「じゃあ、こっち。黒瀬の髪に合いそう」
「え……? な、なに言って──!」
黒瀬が一瞬、動きを止めた。
目を丸くして、すぐ顔を逸らす。
「そ、そういうこと言うと……誤解されるでしょ」
「誤解って、誰に?」
「……あたしに」
その小さな声は、雑踏の中でもはっきり聞こえた。
心臓が、ちょっとだけ速くなる。
◇
帰り道。
手に持った紙袋が、二人分の影をつくって揺れていた。
「……ねぇ」
「ん?」
「文化祭、ちゃんとやってよ」
「もちろん。黒瀬の隣で恥かけないように頑張るよ」
「べ、別に隣とか言ってないけど!」
そう言いながら、彼女は小さく笑った。
その笑顔は、今まででいちばん“普通の女の子”だった。




