エピローグ その一言で世界が変わる
朝――。
相沢蓮は校門の前に立っていた。
いつもより早く家を出たが、それでも胸の鼓動は落ち着かない。
(今日で終わらせる。
いや、始めるんだ。黒瀬との……ちゃんとした関係を)
昨日の黒瀬の涙と笑顔が、脳裏に浮かぶ。
あの表情を、何度でも見たいと思った。
十分ほど待ったあと――
「あ……相沢くん」
黒瀬葵がやってきた。
制服姿、髪はいつもより丁寧に結ばれていて、手には大事そうにぷりん太を抱えている。
蓮を見ると、恥ずかしそうに微笑んだ。
「……おはよう」
その声だけで、胸が熱くなる。
蓮は軽く頷き、言った。
「昨日の続き、話そう」
黒瀬は小さく息をのみ、
「うん」と頷いた。
二人は校庭裏の、小さな桜の木の下へ向かった。
春が少しだけ残した花びらが地面に散っていて、人はいない。
黒瀬は両手でぷりん太を抱きしめ、ぎゅっと胸に当てた。
「……なんか、緊張するね」
「俺もだよ」
「相沢くんでも?」
「お前の前だと、全部バレる気がして」
黒瀬はふっと笑った。
蓮は深呼吸し、正面から黒瀬を見る。
もう逃げない。
心臓がうるさくても、震えていても……言わなきゃいけない。
「黒瀬。
俺、お前のことが……好きだ」
黒瀬の肩がピクリと震えた。
蓮は続ける。
「昨日言ったこと、全部本気だ。
無理してるお前も、笑ってるお前も、泣きそうなお前も……
全部、俺の好きな黒瀬葵だ」
黒瀬はゆっくり顔をあげる。
その瞳は揺れて、うるんで、でもまっすぐ蓮を見ていた。
蓮は一歩近づいた。
「だから……俺と、付き合ってください」
黒瀬の手が震え、抱えていたぷりん太のリボンが揺れた。
そして――
「……わたしも、好き」
か細い声。でも、しっかり届く声。
「ずっと……ずっと、相沢くんのことが好きだった。
怖かったけど、言うの……ずっと言えなくて。
でも、相沢くんが昨日……“全部見てる”って言ってくれたから……」
涙がぽろりと落ちる。
「もう、隠せないって思った。
だから……わたしでよければ、お願いします」
蓮はゆっくり黒瀬の手を取った。
とても小さくて、温かかった。
「よろしくな、黒瀬」
すると黒瀬は涙を拭いながら小さく笑った。
「……葵、って呼んでほしいな。
特別なときだけでいいから」
蓮は思わず固まった。
「……葵」
黒瀬の頬が一気に赤くなる。
「ひゃ、ひゃい……!」
蓮の胸の奥がじんわり熱くなる。
(ああ……好きだ。ほんとに、こいつの全部が好きだ)
少しして黒瀬が言う。
「その……手、つないでもいい?」
「もうつないでるけど?」
「ちがっ……登校しながら、って意味!」
「……いいよ。むしろ、つないでほしい」
黒瀬はさらに真っ赤になりながら、そっと蓮の手を握り直した。
ぎゅっと、頼りなげに、でも確かに。
二人は並んで歩き出した。
校舎に向かう道は、何度も歩いたはずなのに、
今日はまるで違う場所みたいだった。
黒瀬がぽつりと言う。
「……相沢くん。これから、いっぱい迷惑かけると思う。
ポンコツだし、不器用だし、すぐ泣いちゃうし……」
「いいよ。全部面倒みる」
「……じゃあ、相沢くんも……私に甘えていいからね?」
蓮が足を止める。
黒瀬も止まり、不安そうに見上げる。
蓮は優しく笑った。
「葵。これからよろしく」
黒瀬の顔がぱっと笑顔になり、
風が花びらを運んで二人のまわりをふわりと舞う。
二人の影は、日の光に重なって伸びていた。
――こうして、蓮と葵の長いすれ違いは終わり、
二人の恋がやっと静かに始まった。
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