5 屋上で、風がいたずらをする
翌朝。
約束の時間より五分早く屋上に着くと、すでに黒瀬がいた。
制服のスカートが風に揺れて、朝日が髪を透かしている。
……正直、見惚れた。
「早いな」
「……あんたが遅いのよ」
「まだ約束の時間前だけど!?」
「そういうとこがムカつくの」
今日も安定のツンである。
けど、どこか様子が違った。
いつものピシッとした姿勢じゃなくて、少し落ち着かない。
「で、話って?」
「……その……」
黒瀬は言葉を詰まらせたまま、手に持っていたプリントを差し出した。
「これ、文化祭の実行委員の名簿。私、頼まれちゃって……」
「へぇ、すごいじゃん」
「すごくない。問題はそこなの」
プリントを覗くと──『クラス代表:黒瀬葵 補佐:相沢蓮』
「……え、ちょっと待て。なんで俺!?」
「担任が勝手に決めたのよ! “おまえら仲良さそうだから組ませた”って!」
「いや、仲良くないし!? というか誤解だし!?」
「……誤解、なの?」
小さな声。
思わず言葉が詰まった。
黒瀬は顔を伏せ、前髪の影で表情が見えない。
「……別に、あんたと組むのが嫌ってわけじゃないけど」
そのとき、突風が吹いた。
ぱさっと黒瀬の手からプリントが舞い上がる。
「ちょっ、風っ──!」
俺は慌てて紙を追いかけ、フェンス際まで走った。
そのとき、背中に軽く衝撃。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
黒瀬が風に押されて、俺の背中に倒れ込んできた。
そのまま、顔が数センチの距離。
時間が止まる。
黒瀬の睫毛が震える。
頬が、近い。
息が、かすかに触れた。
「……っ、ち、ちがっ! 事故だから! 今のはっ!」
「わ、わかってる! 俺も事故だってわかってる!」
二人で真っ赤になって距離を取る。
風の音だけが、やけにうるさく聞こえた。
沈黙のあと、黒瀬が小さく呟く。
「……ほんと、あんたといると落ち着かない」
「それは俺のセリフ」
そう言いながら、俺は思った。
“事件”なんて呼ぶほどのことじゃない。
けど、この朝から何かが確実に変わった。
──たぶん俺たちの距離が、ほんの少しだけ近づいた、みたいな。




