表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。  作者: 甘酢ニノ
第5章 ツンデレの『好き』が聞けるまで、俺はあきらめない。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/62

56 言えなかったこと、聞けなかったこと

翌朝の空気は、いつもよりひんやりしていた。

校門をくぐった瞬間、蓮はなんとなく胸の奥がざわつくのを感じた。


(昨日の黒瀬……やっぱ、機嫌悪かったよな)


図書室でのあの沈黙。

背中を向けたまま帰っていった姿。

どれを思い返しても、喉の奥が重たくなる。


ホームルーム前。

黒瀬は席につき、いつも通り教科書を机に出していた。

けれど――いつもよりわざとらしいほど“普通”を演じているのがわかった。


「……よ」


蓮が恐る恐る声をかける。


「おはよ」


黒瀬は、それだけ。

視線も合わせてくれなかった。


(あ〜……うん、これは完全に怒ってるやつだ)


理由はわかる。

昨日の咲との会話。

あれを誤解されたのかもしれない。


「黒瀬、昨日――」


「始まるよ、チャイム鳴った」


その一言で会話を切られる。

蓮は椅子に座りながら、心の中で小さくため息をつくしかなかった。



「黒瀬、今日も勉強見てもらっていいか?」


蓮は、いつものように声をかけてみた。

黒瀬は数秒黙り――そして。


「今日はいい。自分でやりなよ」


「いや、自分でやったら混沌が生まれるんだけど」


「……知ってる」


「じゃあ見てくれよ」


「……気分じゃないの」


淡々とした声。

けれど、その言葉が蓮には鋭い棘のように刺さる。


「……昨日のこと、怒ってる?」


黒瀬の肩が、ぴくりと揺れた。


怒ってないと言うのか、怒ってると言うのか――

どっちかでいい。

曖昧にされるのが一番きつい。


だが、返ってきた言葉はそのどちらでもなかった。


「怒ってない。ただ……」


「ただ?」


「わかんない。自分でも、よくわかんないの」


黒瀬は目を伏せる。

黒髪が頬にかかり、その表情は読めなかった。


「でも……昨日、相沢くんと咲が一緒に出ていくの見たら……なんか、胸が変になった。

 それが嫌で……自分でも、わけわかんないの」


(それ……いや、ほぼ答え出てない?)


蓮の頭の中にはそんなツッコミが浮かんだが、もちろん口には出さない。

代わりに、ゆっくりと言葉を選んだ。


「咲とは、なんもねえよ。誤解すんな」


「……誤解なんてしてない」


「じゃあなんでそんな顔するんだよ」


「知らない!」


黒瀬が珍しく声を張った。

教室が一瞬静まり返る。


彼女自身も驚いたのか、唇を噛んで視線をそらした。


「……私、帰る」


カバンを掴んで立ち上がると、そのまま早足で教室を出ていった。

蓮は追いかけようとしたが――足が止まった。


(……追いかけて、いいのか?)


迷いが胸に石のように重くのしかかる。



黒瀬はひとり、校舎裏のベンチに座っていた。

夕日が差し込むオレンジ色の光の中。


手の中で、ぷりん太のマスコットをぎゅっと握りしめている。


(……また、言っちゃった)


本当は怒ってなんかいない。

ただ、胸の奥が苦しいだけ。


咲と蓮が話しているのを見た時のあの気持ち。

あれは“嫌”とは違う。

もっと、こう……刺さるような……。


(これって、なんなの。なんで私、こんなに……)


自分が自分じゃないみたいで、怖かった。


すると――影が落ちた。


「黒瀬」


振り返らなくてもわかる声。

相沢蓮。


黒瀬は驚き、目を見開いた。


「なんで……」


「探したに決まってるだろ。あんだけ怒って帰ったら、心配するわ」


「怒ってなんか――」


「怒ってなきゃ、あんな声出さねえよ」


図星をさされ、黒瀬は再び言葉を失う。


蓮は少し息をついてから、黒瀬の隣に座った。


「……俺、説明するから」


「説明?」


「昨日、咲に呼ばれた理由。誤解されんの嫌だし」


黒瀬はぎゅっと唇を結んだ。

ぷりん太に視線を落としながら、小さくうなずく。


蓮は簡潔に話した。

咲は葵に感謝してたこと、蓮への気持ちは整理がついたこと、黒瀬の“昔”を気にしていたこと――全部。


黒瀬は黙って聞いていた。

長い沈黙のあと、ぽつりと言う。


「……そっか。咲、本当にいい子だよね。私なんかより」


「お前、何言ってんだ」


蓮はすばやく言葉を返した。


「俺は黒瀬のこと、ちゃんと見てるから」


「……っ」


「咲のことも、友達としては大事だけど……黒瀬が“変な顔”してる方が何倍も気になる」


黒瀬は耳まで真っ赤になった。

それでも視線は上げない。


蓮は続ける。


「昨日、黒瀬が黙って帰ったの……正直、めちゃくちゃ堪えた」


「……ごめん」


「謝るなよ。怒っててもいいから、言えよ。黙って離れんな」


黒瀬の肩が小さく震える。

しばらくして、ようやく顔を上げた。


「……言えるわけないよ。そんなの」


「なんで」


「だって……だって私……」


声が震えた。

蓮はそっと、彼女の手元のぷりん太を見つめる。


赤いリボンが夕日に照らされ、揺れていた。


黒瀬は、そのリボンを指で触れながら、絞り出すように言った。


「人を好きになるのが……ずっと怖かったの。

 だから……簡単に言えるわけないじゃん……」


蓮の胸がぎゅっと縮む。


「黒瀬……」


「ごめん……ほんとは、もっと……っ、素直になりたいのに……!」


涙がこぼれる。

黒瀬が見せる涙は、きっと誰にでも見せるものじゃない。


蓮はその横顔を見て、ゆっくりと言った。


「……じゃあさ」


「……?」


「無理に言わなくていいから。

 ゆっくりでいいから。

 “好きになるのが怖くなくなるまで”、一緒にいていいか?」


黒瀬の目が大きく揺れた。


「……なんで、そんなこと……」


「決まってんだろ。お前が……大事だからだよ」


沈黙。

風が、二人の間をそっと吹き抜ける。


黒瀬は、涙を指で拭いながら、小さく微笑んだ。


「……ばか」


「それ、褒め言葉?」


「……秘密」


その笑顔は、初めて見せるような柔らかさだった。


蓮の胸のざわつきは、いつの間にか静かに溶けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ