45 それでも笑う理由
午後の自由時間。
班ごとに分かれた生徒たちは、思い思いの場所へと散っていった。
咲たちの班も、一応「観光地散策」という名目で歩き出したが──。
「黒瀬、どこ行きたい?」
「んー……別に、どこでも」
その言葉に、咲の胸が少しだけチクリと痛む。
“どこでもいい”──その無関心は、咲に向けたものではない。
きっと、隣を歩く蓮を意識しているからだ。
黒瀬は何気ない風を装っているけれど、咲にはわかる。
あの距離の取り方、視線のそらし方。
(葵、やっぱり……あんた、蓮くんのこと──)
「ねえ、ソフトクリーム食べよっか!」
咲は空気を変えたくて、無理に明るく声を出した。
黒瀬は一瞬きょとんとしたあと、小さく笑って頷いた。
「うん、いいね」
並んでソフトクリームを受け取る。
蓮は抹茶、咲はいちご、黒瀬はバニラ。
その並びがまるで昔からの三人組みたいで、少しだけ嬉しくなる。
──けれど、それも一瞬だった。
風に飛ばされそうになったナプキンを、蓮が黒瀬の手からさっと取った。
「ほら、危ない」
「あ、ありがと……」
その何気ないやり取りを見ただけで、咲の胸の奥がずきりと痛む。
ほんの一秒の仕草に、目を逸らしたくなる。
(あーあ。私、ほんとに鈍感だったな)
黒瀬の気持ちにも、蓮の変化にも、ずっと気づかないふりをしていた。
気づいたら、手を伸ばす場所にもう“二人の世界”ができてる。
「咲?」
「え、なに?」
「ソフト、溶けてる」
蓮の指摘で、慌てて舐める。
甘い味が、やけに苦い。
そのあとも観光地を歩いたが、どこへ行っても心ここにあらずだった。
神社で写真を撮るときも、土産屋を回るときも、黒瀬と蓮の自然な会話が耳に残る。
(あんなふうに笑えるんだ、葵……)
学校ではあんなに不器用なのに、今の黒瀬は柔らかい。
蓮と一緒にいると、安心してるみたいに見える。
夕方、集合場所に戻ると、空はオレンジ色に染まっていた。
その光の中で、黒瀬が蓮に話しかける。
「さっきの写真、あとで送って」
「わかった。……変なの送るなよ」
「送らないって!」
咲はそのやり取りを見つめながら、ふっと笑った。
無理やり作った笑顔。
けれど、その笑顔だけは絶対に崩したくなかった。
(私が笑わなきゃ、だめなんだ)
夜。
宿に戻り、部屋の灯りが消えたあと、咲はスマホを開いた。
ホーム画面には、いつの間にか撮られていた三人の写真。
咲の間に、黒瀬と蓮が並んで写っている。
三人とも笑っていた。
指で黒瀬の顔をなぞる。
(葵、よかったね。やっと、素直になれたんだ)
小さく息を吐いて、スマホを伏せた。
目頭が熱くなったけど、涙は流さない。
泣いてしまったら、たぶん全部終わってしまうから。
隣の布団では、黒瀬が小さく寝息を立てていた。
その寝顔を見て、咲は小声で呟く。
「……私、負けたよ」
けれどその声には、どこか清々しさもあった。
自分の想いを隠すことも、守ることも、もうやめようと思った。
(好きって言葉、たぶんもう使えないけど)
(それでも、あの二人のことをちゃんと応援できるようになりたい)
月明かりが障子の隙間から差し込み、静かに咲の顔を照らす。
その光の中で、咲は小さく笑った。
「……ほんと、バカみたい」
そう呟いて、やっと目を閉じた。
──そして、その笑顔のまま眠りについた。




