43 夜の秘密、届かない指先
校外学習の夜。
部屋の明かりが消えたあとも、蓮は眠れなかった。
(……なんか、心臓がうるさい)
隣で寝息を立てる男子たちの間を抜けて、そっと布団を抜け出す。
廊下には、かすかな足音。
角を曲がった先で、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「……黒瀬?」
驚いたように振り返った黒瀬が、慌てて口元に指を当てる。
「しーっ! 起きてるのバレたら怒られるでしょ」
「おまえこそ何してんだよ」
「ちょっと……外の空気、吸いたくなって」
その声が、どこか寂しそうだった。
蓮は一拍おいてから「俺も行く」と呟いた。
二人で非常口を抜けると、夜風が頬を撫でた。
遠くの街明かりがぼんやりと光り、虫の声だけが静かに響く。
「……星、きれいだな」
「うん。こんなに見えるの、久しぶりかも」
中庭のベンチに腰を下ろす。
黒瀬の肩が、すぐ隣にあった。
「なんか、あんたって不思議」
「なにが」
「近くにいると安心するのに……心臓が落ち着かない」
蓮は息をのんだ。
黒瀬の横顔は月明かりに照らされ、少し照れているように見えた。
「……それ、俺のセリフかも」
「え?」
「最近、黒瀬のことばっか考えてる。理由は……わからないけど」
黒瀬の手が、ぎゅっと制服の裾を握った。
沈黙。
風の音だけが、二人の間を抜ける。
「……そういうこと、簡単に言わないでよ」
「ごめん。変なこと言った」
「変じゃない。ただ……反応に困るの」
少し俯いたまま、黒瀬は指先でベンチをなぞる。
その距離、ほんの数センチ。
触れたら壊れてしまいそうな静けさ。
「黒瀬」
「なに」
「手……冷たくない?」
「へ? あ、ちょっとだけ」
蓮は一瞬迷ってから、そっと手を差し出した。
黒瀬は戸惑ったように見つめ──けれど、ほんの一瞬だけ、指先が触れた。
温かい。
それだけで、息が詰まりそうになる。
すぐに黒瀬が小さく笑って、手を離した。
「もう大丈夫。……ありがと」
「……ああ」
夜空に一筋の流れ星が走る。
どちらも言葉を失って、その光を見上げた。
「ねえ、もし願いごとが叶うなら、なに願う?」
「黒瀬は?」
「秘密。……言ったら叶わないでしょ」
黒瀬の笑顔は、いつもより柔らかかった。
けれどその瞳の奥に、ほんの少しだけ切なさが混じっていた。
宿舎に戻る途中、黒瀬がふと立ち止まる。
「今日のこと、誰にも言わないでね」
「わかってる」
「……ありがと」
その言葉を残して、黒瀬は振り返らずに廊下を歩いていく。
月明かりに照らされた背中を見つめながら、蓮は思った。
(たぶん、もう“友達”って言葉じゃ足りない)
胸の奥が、静かに、でも確かに熱くなっていった。




