35 届かない距離
週末。
少し曇りがかった空の下、相沢蓮は駅前の時計台の前で腕時計を見た。
「……まだ約束の五分前か」
風が吹き抜け、シャツの裾が軽く揺れる。
ふと顔を上げると、向こうから二人並んで歩いてくる姿が見えた。
黒瀬葵と白川咲。
どちらもいつもより少しだけ服装に気合が入っている。
「おまたせ」
黒瀬がそう言って小さく息を整える。
その隣で、咲が柔らかく笑った。
「おう。……なんか、二人ともおしゃれだな」
「そ、そう?」
黒瀬は思わず頬を触る。
「私はいつも通りだよ」と咲が言う。
(いや、絶対いつも通りじゃないだろ)
蓮は心の中でそうツッコミを入れつつも、口には出さなかった。
なんとなく、今日の空気を壊したくなかったから。
三人でショッピングモールを歩く。
休日のモールは家族連れやカップルでにぎわっていて、店内には甘い香りが漂っていた。
咲が雑貨屋の前で足を止める。
「ねえ、これかわいくない?」
「……リボンのヘアゴム?」
「うん。葵、こういうの似合いそう」
「え、あ、私? 別に……そういうの、つけないし」
黒瀬は慌てて視線をそらす。
けれど、ほんの少し頬が赤くなっていた。
(ああ、やっぱ黒瀬ってそういう顔もするんだな)
蓮はなんとなく目を逸らした。
気づけば、自分の方が照れている。
それを見ていた咲は、小さく笑っていた。
けれどその笑みの奥に、わずかな痛みが見え隠れしていた。
フードコートで昼食をとることになり、三人はそれぞれ別の店に並んだ。
戻ってきてからも、話題は他愛ないことばかり。
「ねえ、これ食べる? ポテト余っちゃった」
「え、俺? じゃあもらう」
咲と蓮が自然にやり取りをする。
その光景を見ているだけで、黒瀬の胸がざわついた。
(咲と蓮が話してるだけで、胸が苦しい……なんで)
自分でもよくわからない。
でも、心のどこかで“モヤモヤ”という言葉が繰り返されていた。
咲が席を立つ。
「飲み物、おかわり取ってくるね」
「うん、気をつけて」
咲が離れると同時に、蓮が黒瀬の方を見た。
「……なあ、黒瀬。なんか元気なくないか?」
「別に」
「嘘。顔に出てる」
「……っ」
黒瀬はストローをいじりながら、視線を落とした。
しばらく沈黙が続く。
やがて、ぽつりとつぶやく。
「……だったら、あんたが原因」
「は?」
「なんでもない!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向く黒瀬。
蓮は思わず小さく笑った。
「はは……やっぱ、黒瀬ってわかりやすい」
「な、なにそれ! バカにしてるの!?」
「いや、そういうとこが──なんか、いいなって」
「っ……!」
黒瀬の手がピタリと止まる。
胸の奥が、ふいに熱くなった。
その瞬間──
少し離れたところで、咲が戻ってきていた。
トレーを持った手が、わずかに震える。
蓮の笑顔。
葵の赤くなった頬。
その光景が、目に焼き付いて離れない。
「……ごめん、氷こぼしちゃった」
咲は何事もなかったように笑って、席に戻る。
けれど、その声はどこか掠れていた。
蓮は気づかない。
黒瀬も気づかない。
──ただ一人、咲だけが。
三人の間に流れる“届かない距離”を、痛いほど感じていた。
その日の帰り道、夕焼けの街に三つの影が並んで伸びていく。
けれど、ほんの少しだけ──一人分の距離が空いていた。




