33 嘘つきなキーホルダー
放課後の帰り道。
ゆるい坂道を下りながら、黒瀬はカバンにぶら下がった“ぷりん太”のキーホルダーを指でなぞっていた。
小さなキャラの表面は、少しだけ色がくすんでいる。
それでも、手触りは変わらずあの日のままだ。
(あのときのリボン……ちゃんと守れてるかな、私)
体育祭のとき、あのリボンを「願掛け」みたいに使ってから──
なんとなく、このキーホルダーにも“意味”を持たせてしまった気がする。
(この子が、私の気持ちを全部知ってるなんて……笑える)
そんなことを考えていた矢先。
「おーい、黒瀬ー!」
後ろから聞こえた声に、心臓が跳ねた。
振り返ると、自転車を押しながら蓮がこちらに歩いてくる。
「一緒に帰る?」
「……別にいいけど」
「お、ツンが復活した」
「今のはツンじゃなくて“普通”」
そう言いながら、黒瀬は前を向く。
蓮が小さく笑う音が、すぐ後ろから聞こえた。
いつの間にか、こうして並んで歩くのが“いつも”になっていた。
最初は気まずくて仕方なかったのに、いまは──なんだか自然だ。
「なあ、それ」
蓮が、黒瀬のカバンに目を向けた。
「ぷりん太、だろ? 大事そうにしてるな」
「……まあね」
「なんか、前よりも色あせた?」
「……気のせい」
言葉を濁しながら、黒瀬はそっとぷりん太を指先で隠した。
夕方の光が反射して、少し曖昧な笑みが浮かぶ。
(色あせてなんかない。ただ……泣きすぎた日があっただけ)
「大事なもんなの?」
蓮の問いかけに、黒瀬は少しだけ間を置いてから答えた。
「うん。……嘘つきだから」
「え?」
「なんでもない」
風が二人の間を抜けていく。
街路樹の葉がさらさらと揺れ、どこか優しい音を立てた。
蓮はそれ以上、何も聞かなかった。
けれど、ほんの少しだけ視線が黒瀬に向けられているのを感じる。
(まただ。あの目……まっすぐ見ないでよ)
心の中でそう呟くのに、頬の熱は誤魔化せない。
「黒瀬」
「なに」
「ぷりん太、似合ってるな」
「っ……な、なにそれ」
「いや、素直な感想」
「そんなの、言わなくていい!」
黒瀬が顔を赤くして前を向いたまま、足早に歩く。
蓮は苦笑しながら、自転車を押して追いかけた。
沈黙が続く。
けれど、その沈黙は嫌じゃなかった。
信号の前で足を止めたとき、黒瀬はふとキーホルダーを見下ろした。
(嘘つき、ね……)
昔、友達とお揃いで買った“ぷりん太”。
「この子をつけてる間は、好きな人に絶対バレないおまじない」
──そんなことを信じてた時期もあった。
でもいまは、その“嘘”が少しだけ苦しい。
(だって、もうバレてもいいって思ってる自分がいるから)
信号が青に変わり、黒瀬はそっと歩き出す。
蓮の足音が、すぐ隣で並んだ。
「なあ、黒瀬」
「ん?」
「前よりも、よく笑うようになったな」
「っ……そ、そんなことない」
「ある。……たぶん、いいことだと思う」
「うるさい」
口ではそう言いながらも、黒瀬の唇の端は小さく上がる。
夕暮れの光がその頬を照らし、まるで嘘のように柔らかく映った。
(嘘つきなのは、きっとこのキーホルダーじゃなくて──私の方)
そう思いながら、黒瀬は“ぷりん太”をぎゅっと握りしめた。
風が頬をすり抜ける。
それでも、沈黙は不思議と心地よかった。




