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俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。  作者: 甘酢ニノ
第3章 デレ期、来たかもしれません。(ただしツン付き)

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26 風の中の横顔

朝のグラウンドは、いつもより騒がしい。

テントの下では放送委員がマイクテストをして、応援団が声を張り上げている。

体育祭の空気って、どうしてこうもソワソワするんだろう。


「おーい蓮! 走る前にストレッチしとけよ!」

佐伯がタオルを首にかけて、笑いながら寄ってくる。


「おう、ありがとな。お前は騎馬戦だっけ?」

「そうそう。俺、上に乗る方な。まあ、華麗に落ちてくる予定だけど」

「落ちる前提かよ」


そんな軽口を交わしていると、視線の端に黒瀬の姿が見えた。

白いTシャツに紅組のハチマキ。

普段の制服姿とは違って、やけにまぶしい。


「……なに見てんだよ。黒瀬か?」

「べ、別に」

「いやいや、完全にそうだろ」

佐伯はニヤリと笑って、肘で俺の脇腹をつつく。

「お前、リレーで黒瀬と同じチームなんだろ? やるじゃん」

「やるもなにも、勝手に決められただけだって」


言いながらも、胸のあたりが少しだけ落ち着かない。

あの“約束”を思い出す。

──『リレー、出て。サボったら許さないから』

黒瀬があの時、真剣な顔で言った言葉。

不思議と、あの声が背中を押してくれている気がした。


 


やがて、リレーの順番が近づく。

トラックの脇に並ぶと、ちょうど黒瀬が隣のレーンに立っていた。

ハチマキを結び直す彼女の横顔は、まるで戦う前の騎士みたいに静かだ。


「……緊張してる?」

思わず声をかけると、黒瀬はちらりとこちらを見て、小さく眉をひそめた。

「別に。勝つだけ」

「へぇ、頼もしいね」

「当たり前でしょ。……あんたも、足引っ張らないでよ」

「プレッシャーかけるなよ……」


けど、その声はどこか柔らかかった。

いつものトゲの中に、少しだけ優しさが混ざっている。


 


スタートのピストルが鳴る。

地面を蹴った瞬間、歓声が遠のいて、風だけが耳を抜けた。

足の裏の感覚が軽い。前を走る赤いハチマキ──黒瀬の背中が、少しずつ近づいていく。


──バトンを渡す瞬間。

黒瀬が一瞬だけ振り返った。

その瞳に映る自分が、なぜか鮮明に見えた。

時間が少しだけ、止まった気がした。


「行け!」

黒瀬の声が、すぐ隣で響く。

バトンを受け取った俺は、全力で地面を蹴った。


結果は──僅差で勝利。

歓声が上がる中、俺は膝に手をついて息を整えた。

その横で、黒瀬がタオルで額の汗をぬぐっている。


「やったな」

「……まぁ、悪くなかったわね」

少し照れくさそうに笑う彼女を見て、胸が熱くなる。


 


そのとき、風が吹いた。

黒瀬のカバンから、何かが落ちた。

地面に転がった小さな光──ぷりん太のキーホルダー。


「あ、それ……」

拾い上げようとした俺の手より早く、黒瀬がサッと手を伸ばして隠した。

「見ないで」

その声が、いつもよりずっと小さくて、震えていた。


「別に、見ても──」

「やめて。……お願い」


一瞬、目が合った。

その瞳の奥に、涙のような何かが揺れた気がした。


「……わかった。見なかったことにする」

そう言うと、黒瀬は小さく息をつき、

俯いたまま「……ありがと」とつぶやいた。


それ以上、何も言えなかった。

ただ、夕陽に照らされたその横顔が、いつもよりずっと儚く見えた。


 


(あいつ、やっぱり何か抱えてるんだよな)


胸の奥に残るざらつきと共に、

俺はその後ろ姿を、ただ静かに見送った。

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