22 告白の夜
放課後の校舎は、もう静かだった。
夕焼けが窓を染め、教室の影を長く伸ばしている。
黒瀬葵は、職員室に提出物を出した帰りに、
廊下の角で足を止めた。
──聞こえたのは、誰かの声。
「……相沢くん、今いい?」
白川咲だった。
その声の柔らかさだけで、なぜか心臓が嫌な音を立てる。
黒瀬は無意識に、足を止めていた。
曲がり角の向こうから、二人の声が聞こえてくる。
「どうしたの? また相談?」
相沢の声が、少し笑っていた。
「うん……相談。というか──」
咲の声が、震えた。
一瞬、風が通り抜けて、廊下の蛍光灯が小さく唸った。
「──私ね、相沢くんのこと、好きになっちゃった」
息が止まった。
ほんの数秒、世界が止まったみたいだった。
黒瀬の手から、持っていたプリントが一枚、床に落ちた。
「……咲」
相沢の声。驚いて、戸惑って、でも優しい。
「ごめん、困らせたくて言ったわけじゃないの。
でも、もう隠せなかったの」
咲の言葉は、震えながらもまっすぐで、
黒瀬にはそれが、あまりに綺麗に聞こえた。
“ちゃんと伝えられる子”。
自分にはできなかったことを、
彼女は簡単にやってのける。
黒瀬は、壁に手をついた。
爪が少しだけ食い込んで、痛かった。
「……そっか」
相沢の小さな声。
その響きが、
“拒絶”でも“受け入れ”でもないのが、
かえって苦しかった。
──もし、あのとき勇気を出していれば。
そんな考えが頭をよぎる。
(でも、無理よ。私なんかが言えるわけない)
気づけば、
頬を伝っていたのは、ひとすじの涙。
「……最低」
誰に向けた言葉かも分からない。
ただ、唇が勝手に動いた。
黒瀬は、そっと後ろを向いて歩き出した。
足音を立てないように。
まるで、その場にいた証を消すみたいに。
廊下の端に差し込むオレンジ色の光が、
涙に反射して滲んだ。
(もう、笑えないかもしれない)
そう思った瞬間、
心のどこかで“何かが壊れる”音がした。
──静かな、痛い夜だった。
 




