20 壊れそうな笑顔
翌朝。
黒瀬葵は、いつも通り完璧に髪を整え、
いつも通り冷静な顔で登校した──つもりだった。
けど、教室のドアを開けた瞬間、
目に飛び込んできた光景で、その“いつも通り”は崩れた。
「だからさ、白川。あの映画、思ったより面白かったな」
「でしょ? 私、ああいうテンポ好きなんだ」
相沢蓮と白川咲。
ふたりが並んで笑っていた。
黒瀬は、なぜか心臓が一拍、跳ねた。
「……映画?」
気づけば、声が漏れていた。
咲が笑顔のまま振り向く。
「あ、黒瀬さん。おはよ! 昨日ちょっとだけ相沢くんと話しててね。
“次観るなら何がいいか”って──」
「ふーん、そう」
黒瀬は短くそう言って、自分の席に向かった。
心のどこかで、何かがざらついていた。
(映画、だって? いつの間にそんな話を……)
◇
一限目の数学。
先生の声は右から左へ抜けていく。
ノートを取る手が止まって、つい隣を見てしまう。
相沢は、真剣な顔で問題を解いている。
咲は、少し離れた席からちらちらと彼を見て、微笑んでいた。
(……なんなのよ、あの距離感)
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
“ムカつく”のか、“悲しい”のか、自分でも分からない。
◇
放課後。
黒瀬が鞄を肩に掛けた瞬間、
教室の外から、咲の声が聞こえた。
「相沢くん、ちょっとだけいい? 相談、昨日の続き」
「ああ、わかった」
──“続き”。
その言葉が、やけに重く響いた。
黒瀬は無意識に、廊下の隅に立っていた。
(……別に気になるわけじゃない。けど……)
ふたりは窓際で並んで話していた。
咲は笑顔で身を寄せ、蓮は少し照れたように視線を逸らしている。
その光景が、やけに眩しく見えた。
「……何それ」
小さく、唇が震えた。
◇
帰り道。
夕焼けが街を染めている。
黒瀬はスマホを取り出して、相沢のLINEを開いた。
何か言おうと思っても、文字が浮かばない。
──『あんた、白川と仲良すぎ』
──『別に気にならないけど』
──『……やっぱ、ムカつく』
入力しては、消して。
結局、画面を閉じた。
(どうしてこんなに、胸が苦しいんだろ)
強がってるつもりだった。
でも本当は、怖かった。
あの人が、自分の知らない誰かと笑っているのが。
風が髪を揺らす。
涙なんて、絶対に落とさない。
そう決めていたのに──
「……っ、ばか」
その小さな声は、夕焼けに溶けて消えた。
 




