18 ツンデレ、休日に尾行する。
日曜の午前。
珍しく早起きした理由は、何となく──というか、たぶん、直感。
黒瀬葵はスマホを見ながら呟いた。
「……なんで朝から“咲”のストーリー更新してるのよ」
画面には、“ショッピングモールなう⭐︎”の文字。
そこに、ぼんやりと映り込む男の背中。
──それ、相沢じゃない?
一瞬、心臓が跳ねた。
(違う……たぶん、似てるだけ。似てるだけ……)
そう言い聞かせながらも、
気づけば着替えて、髪を整えて、家を出ていた。
「……別に、確認するだけ。確認。勘違いだったら笑えるし」
完全に言い訳である。
◇
ショッピングモールに着くと、
本当にいた。
白川咲と、相沢蓮。
二人並んで、笑いながら歩いている。
(……うわぁ、本当にいた)
喉が乾くような感覚。
でも、目を逸らせない。
「……ちょっとだけ、見て帰る」
そう言いながら、黒瀬は柱の影に隠れた。
──五分後。
「なんか見てるこっちの方が怪しい気がしてきた……」
それでも足は止まらない。
咲が蓮の腕を軽く引く。
「ねぇ、あっち見よ?」
「お、おう」
その瞬間、黒瀬の胸がちくっとした。
(なにそれ……腕、引く必要ある?)
自分でも驚くほどムカッとして、
つい追いかける足が早くなる。
◇
「うわっ……!」
人混みの中、黒瀬の肩が誰かにぶつかった。
バランスを崩して、前に倒れかけ──
「危ない!」
腕を掴まれた。
あの声。
「……相沢?」
「黒瀬!? なんでこんなとこに……」
「ち、違うのよ! その、偶然で──」
「偶然にしては、三回くらい目が合ってたけどな」
「っ……見てたの、知ってたの?」
「最初からな」
蓮が少し苦笑する。
その表情が優しすぎて、黒瀬は言葉を失った。
「別に、心配とかしてたわけじゃないの。ただ──」
「ただ?」
「……見てたら、イライラして」
「イライラ?」
「……咲が悪いのよ、なんか楽しそうで」
蓮はぽかんとした顔をしたあと、
ゆっくりと笑った。
「黒瀬、もしかして……嫉妬してる?」
「し、してないっ!」
「顔、めっちゃ赤いけど」
「うるさい!」
黒瀬はその場にしゃがみこんで、膝を抱えた。
「もう知らない……」
その姿に、蓮は苦笑しつつ、
そっと自販機のココアを差し出した。
「甘いのでも飲め。落ち着け」
「……ありがと」
缶を受け取る黒瀬の手が、ほんの一瞬、蓮の指に触れる。
その小さな接触に、二人とも微妙に息を止めた。
(やば……心臓、速い)
「な、なんか今日は……変な日ね」
「そうかもな」
咲が遠くからこちらに気づき、手を振る。
黒瀬は条件反射のように立ち上がり、
「……やっぱり私、帰る!」
と言い残して早足で去っていった。
去り際、顔は真っ赤のまま。
「黒瀬、完全にバレてるぞー!」
蓮の声が響いて、
モールの空気が少しだけ暖かく感じた。
◇
その夜。
ベッドに寝転んで、黒瀬はスマホを見つめていた。
通知欄には、咲の新しい投稿。
『今日は楽しかった~⭐︎ 相沢くん優しい♫』
その下に、“いいね”を押した自分の指が震える。
「……なにやってんの、私」
枕に顔をうずめて、声にならない呻きを漏らす。
だけど、どこか、嬉しそうでもあった。
 




