16 咲のからかい
「ねぇ黒瀬、相沢くんっていつもあんな感じなの?」
昼休み。咲が、何気ない風を装って黒瀬に話しかけた。
蓮は購買へパンを買いに行っていて、今は女子ふたりだけの時間だ。
「“あんな感じ”って?」
「なんか優しいし、反応も面白いし。つい、からかいたくなるタイプ?」
黒瀬は、チラッと窓の方を見た。
蓮が外を歩く姿が見えて、ほんの少しだけ表情が揺れる。
「別に。普通のクラスメートよ」
「ふぅん。ほんとに?」
「……なによ」
咲は唇の端を上げて、少し悪戯っぽく笑った。
「だってさ、前の学校の男子が相沢くんみたいに優しかったら、たぶん私、告白してたと思うなーって」
「はぁ? なにそれ」
「冗談だよ」
「冗談に聞こえないんだけど」
黒瀬は顔を背ける。
けど、その耳の先がほんのり赤いことに、咲はちゃんと気づいていた。
◇
購買帰りの蓮が戻ると、咲がすぐ声を上げた。
「あ、相沢くん! メロンパン買えた?」
「お、よく分かったな。ラスト一個だった」
「やった、半分ちょうだい」
「え、また!?」
「いいじゃん、仲良くシェアしよ?」
咲がパンをちぎろうと身を乗り出す。
距離が近い。
髪の香りがふわっと漂って、蓮は思わず固まる。
その光景を見た黒瀬が、机をコツンと指で叩いた。
「……食べ物の貸し借りなんて、子どもっぽいわね」
「え、でも黒瀬もこの前──」
「な、なによ!」
「いや、俺のプリン食ったじゃん」
「……あれは賞味期限切れてそうだったから、味見してあげただけ」
「え、優しさ?」
「違う!」
ツン全開。
でもその反応があまりにも分かりやすくて、咲は小さく吹き出した。
「ねぇ、黒瀬って相沢くんといる時、ちょっと可愛いね」
「っ……!?」
「ほら、ツンツンしてるけど、なんか嬉しそう」
「う、嬉しくなんか──」
黒瀬は言葉を飲み込むと、ぷいっと窓の方へ向き直った。
蓮はその背中を見ながら、苦笑いする。
「なんか俺、犬のしつけでもされてる気分だな」
「そうね。あんたには“おすわり”くらいがちょうどいいかも」
「……ひでぇ」
咲はそのやり取りを楽しそうに眺めていた。
──そして、静かに確信する。
黒瀬葵は、自分にとって“恋のライバル”になる。
◇
放課後、帰り道。
咲が蓮の横に並んで歩いていた。
「ねぇ、黒瀬のこと、好きなの?」
「え?」
あまりにもストレートな質問に、蓮は足を止めた。
「ち、違うって! そういうのじゃなくて」
「ふーん。でも、“違う”って即答できないあたり、もう半分好きでしょ」
「ちょっ、勝手に決めんな!」
咲がくすっと笑う。
「いいじゃん。誰かを好きになるのって、悪いことじゃないよ?」
「……お前、ほんとマイペースだな」
「うん。好きな人のことは、ちゃんと見てたいから」
その言葉の“好き”に、蓮は一瞬だけ心が跳ねた。
けど、彼女の横顔はあまりにも自然で、
その笑顔の奥にある想いには──まだ気づけなかった。




