14 デートじゃない、だから緊張なんてしてない
「──で、どこ行くんだ?」
「別に、どこでもいいけど?」
休日の駅前。
制服じゃない黒瀬葵がそこにいた。
白いブラウスにカーディガン、ゆるいデニム。
普段のきっちりした印象と違って、ちょっと大人っぽい。
「お、おう……なんか、いつもと雰囲気違うな」
「悪い意味?」
「いい意味」
「……あ、そう」
黒瀬が耳の後ろを少し触る。照れてる。
いや、可愛いって思ったけど、それ言ったらまた怒られるやつだな。
「で、本当にどこ行くんだよ」
「映画でも見る?」
「え、デートっぽいな」
「違うって言ってるでしょ」
俺が笑うと、黒瀬がぷいっと顔を背けた。
その頬がほんのり赤くなってるのを、サングラス売り場のガラス越しに見てしまう。
◇
映画館の中。
並んで座る距離が、なんか近い。
スクリーンに光が走るたび、彼女の横顔が一瞬照らされる。
長いまつげ。微かに動く唇。
──落ち着け俺。映画見ろ。
「ねぇ、相沢」
「なに」
「ポップコーン、食べる?」
「あ、もらう」
指先が、ほんの一瞬触れた。
ドクン。心臓の音が大きくなったのは、絶対俺だけじゃないと思う。
けど、黒瀬は映画に視線を戻したまま、何事もなかったように言った。
「……この主人公、ちょっと相沢っぽい」
「どのへんが」
「鈍感で、気づかないとこ」
「それ褒めてないよな」
「ふふ、でしょ」
笑う声が、映画の音よりも近くに感じた。
◇
映画が終わったあと、外に出ると夕方の風が心地いい。
「結構よかったな」
「うん。思ったより面白かった」
黒瀬は小さくうなずいて、前髪を押さえた。
「ねぇ、あんたってさ」
「ん?」
「女の子と二人で出かけるの、慣れてるの?」
「いや、初めてだな」
「……ふーん」
なぜか嬉しそうに微笑んで、すぐそっぽを向く。
「なに?」
「別に。なんでもない」
そのあと、カフェに入って軽くお茶をする。
話す内容はくだらないのに、なぜか楽しい。
黒瀬が少しずつ笑うようになっているのが、何よりも嬉しかった。
◇
帰り際、駅の階段の上。
電車が来るアナウンスが響く。
「今日はありがと。……その、楽しかった」
「俺も」
「デートじゃないけどね」
「うん、デートじゃない」
二人で笑う。
でもその笑いの奥には、確かに何かがあった。
電車が来て、黒瀬が一歩踏み出す。
その瞬間、振り向きざまに──
「……また、誘ってもいい?」
言葉が風に溶けていく。
扉が閉まり、電車が走り出す。
残された俺は、呆然と立ち尽くしていた。
笑いながら、胸が妙に痛くて、でも温かかった。
「──デートじゃない、か。
どこがだよ」
 




