13 放課後、変わったものと変わらないもの
文化祭が終わって、いつもの日常が戻ってきた。
──はず、だった。
「おはよう、黒瀬」
「……うん」
返ってきたのは、いつもよりほんの少しだけ柔らかい声。
たったそれだけのことなのに、胸の奥がくすぐったくなる。
いや、正直、期待してたんだ。
文化祭のあのあと、もう少し仲良くなるんじゃないかって。
だけど、黒瀬は相変わらずツンが多め。
“ちょっとだけ距離が近くなった気がする”……それくらいの変化。
「なに、にやけてんの?」
「え、いや別に」
「気持ち悪い」
「……はいはい」
そのツッコミが妙に心地いい自分が、いちばん気持ち悪い気もする。
◇
昼休み。
佐伯が机をドンと叩きながらニヤニヤしてきた。
「おい蓮、あのあとどうだったんだよ~?」
「“あのあと”ってなんだよ」
「とぼけんな、文化祭の夕方だよ。黒瀬と二人で話してたろ?」
「別に普通に話しただけだって」
「へぇ~? その“普通”が一番怪しいんだよなぁ」
佐伯の追及に、俺はジュースのストローをくわえたまま視線を逸らす。
こういう時の彼の勘の鋭さ、ほんと厄介だ。
「てかお前さ、わかりやすいんだよ。
今、名前呼ばれただけで顔ちょっと赤くなってるし」
「なってねぇよ」
「なってるなってる。……あー、青春だなぁ」
佐伯は楽しそうに笑いながら、唐揚げをつまんだ。
俺は机に突っ伏す。
「お前さぁ、俺の恋路を観察して楽しいか?」
「最高に楽しい」
「性格悪っ」
「親友だろ? 見守ってやってんだよ」
言いながら、こいつは本気でニコニコしてるからタチが悪い。
◇
放課後。
教室にはもう、俺と黒瀬の二人だけ。
外はオレンジ色に染まり、カーテンがゆっくり揺れていた。
「……帰らないの?」
黒瀬がノートを閉じながら俺を見る。
「もうちょっと残って課題やる」
「ふーん。真面目なのね」
「いや、これ提出明日なんだ」
「ギリギリじゃない」
「お互い様だろ」
黒瀬が少し笑った。
その笑顔が、ほんの数秒だけど、息を呑むほど綺麗だった。
「……なに?」
「いや、笑うとき可愛いなって思って」
「~~っ!」
黒瀬の顔が一瞬で真っ赤になる。
「な、なに言ってんのよ!」
「いや本当のことを──」
「うるさい!」
教科書でペシッと叩かれる。
けど、その仕草にもどこか照れが混じっていて、
俺は思わず笑ってしまった。
「もう、バカ」
「俺、褒めただけなんだけどな」
「……そういうの、ずるいの」
小さく呟いて、黒瀬は顔を背けた。
でも、その耳の先まで真っ赤になっているのを、俺は見逃さなかった。
◇
帰り際、並んで昇降口を出る。
夕暮れの風が心地いい。
「ねぇ、相沢」
「ん?」
「その……文化祭のとき、ありがと」
「改まって言われると照れるな」
「こっちのセリフ」
笑い合ったその瞬間、
黒瀬が小さく、だけど確かに言った。
「……また、一緒にどっか行ってもいいよ」
「え?」
「いや、別にデートとかじゃなくて! 友達として! そういう意味で!」
早口で言い訳しながら、
黒瀬は鞄を抱えて走り出した。
「おい、待てって!」
「待たない!」
追いかける俺。
夕暮れに二人の影が重なる。
少しずつ、でも確実に変わっていく日常。
それが今、やけに眩しく感じた。
 




