12 手のひらの温度
文化祭二日目。
昨日の“机事件”のことが、クラスのちょっとした話題になっていた。
「相沢、お姫様抱っこは勇者すぎだろ!」
「してねぇ!」
「いやいや、あの体勢ほぼそうだったって!」
笑いながら茶化す佐伯に、
俺は机を軽く叩いて抗議する。
──でも、否定しながらも。
あの瞬間の黒瀬の表情が、どうしても頭から離れなかった。
怒って、泣いて、でも確かに俺の名前を呼んだ。
あんな顔、初めて見た。
◇
「……黒瀬、今日も来てる?」
「さっき、控え室で準備してたぞ」
佐伯がニヤリと笑って肩を叩く。
「行けよ。昨日のこと、ちゃんと話しとけ」
「……だよな」
◇
昼過ぎ。
控え室のドアをノックすると、
中で髪を整えていた黒瀬が、少し驚いた顔でこちらを向いた。
「……あんた、何の用?」
「昨日の、こと。ちゃんと謝っとこうと思って」
「もういいって言ったでしょ」
「でも、やっぱり言わせてくれ。俺、守るとか言っといて、
結果的に怖い思いさせたし」
黒瀬は少し俯いて、
ポニーテールの先を指でいじりながら言った。
「……怖かったのは、あの時だけ」
「え?」
「今は、違う意味で……ちょっとだけ、怖い」
そう言って、ちらりと俺を見た。
その瞳は、昨日よりもずっと真っ直ぐだった。
「なんか、胸の奥が変な感じするの。
あんたを見ると、落ち着かない」
心臓が跳ねる。
空気が、柔らかく震えた。
「それって──」
「言わせないで」
黒瀬がそっと指を唇に当てる。
近い。
手の甲が、ほんの少し触れた。
熱い。
「……葵」
気づけば、名前を呼んでいた。
黒瀬の瞳が一瞬揺れて、
でもすぐにいつもの強がった笑みを浮かべる。
「呼び捨てなんて、百年早い」
「いや、もう言っちゃったし」
「バカ」
小さく笑って、黒瀬は視線を逸らす。
頬がうっすら赤く染まっていた。
◇
夕方。
文化祭の片付けが終わり、夕焼けの教室。
窓際に並んで座る二人。
「……終わっちゃったね」
「ああ。でも、なんかもったいない気がする」
「ふふ。あんたにしてはロマンチックなこと言うじゃない」
「まぁ、祭りの魔法ってやつかも」
「じゃあ、その魔法、少しだけ続いてほしいわね」
黒瀬がそう呟いた。
その声は小さくて、
けれど、確かに俺の胸の奥に届いた。
◇
帰り際、廊下で別れ際の一言。
「相沢」
「ん?」
「……ありがと。昨日も今日も」
「おう」
「でも」
黒瀬は少しだけ、意地悪そうに笑って言った。
「好きとか、言ったら負けだからね」
そう言い残して、
ポニーテールを揺らしながら、夕焼けの中に消えていった。
俺はその背中を見送りながら、
笑って、呟く。
「……もう、十分負けてるけどな」
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
ツンデレ美少女・黒瀬葵と、平凡(?)男子・相沢蓮の少し不器用な恋、楽しんでいただけましたでしょうか。
ふたりの距離はようやく“恋の入口”まで来たところ。
第二章では、もう一歩踏み込んだ関係と、新たな波乱(?)が待っています。
もし「続きが気になる」「黒瀬が可愛かった!」と思ってもらえたら、感想や応援コメント、ぜひお待ちしています!
 




