11 涙と怒りの、その意味
文化祭当日。
教室は人でごった返し、装飾もにぎやかに仕上がっていた。
「黒瀬、こっちのポスター貼り直してくれ!」
「了解。……あんた、もうちょっと丁寧に貼りなさいよ」
いつも通りのやりとり。
でも、昨日の夜の“あの出来事”が頭をよぎって、
なんとなく、言葉の一つひとつが照れくさい。
黒瀬もそれを意識してるのか、少し視線を合わせてくれなかった。
◇
昼を少し過ぎたころ。
クラスの出し物の“お化け喫茶”は好評で、廊下には人の列ができていた。
「すごいじゃん、黒瀬。行列できてる」
「まぁ、私の看板デザインが良かったからね」
「自信満々だな」
「事実よ」
ツンだけど、どこか楽しそう。
そんな空気の中で、俺は久々に“いい時間”を感じていた。
──が。
突然、悲鳴のような声が上がった。
「ちょっ、机の脚、折れた!?」
慌てて振り向くと、黒瀬が置いていた展示物(ガラスの小道具)が傾きかけている。
「危ない!」
思わず駆け出して、支えようとした。
でも勢い余って、黒瀬の腕を掴んで倒れこむ。
ドンッ。
俺の腕の中に、黒瀬。
教室中が一瞬静まり返る。
「……っ、な、なにしてんのよ!」
「わ、わざとじゃない!」
慌てて立ち上がる俺の腕を、黒瀬がぴしゃりと払った。
「恥ずかしいでしょ、あんなの!」
「いや、本当に危なかったから──」
「そういう問題じゃない!」
声が、震えていた。
周りの視線。クラスメートの笑い。
黒瀬の肩が小さく震えて──
「……なんで、あんたは、いつもそうなのよ」
「……え?」
「何も考えてないくせに、勝手に突っ走って。
助けてくれても、こっちは……っ」
言葉が詰まり、
黒瀬の目に、ぽつりと涙が浮かんだ。
「こっちは……怖いのよ」
「怖い?」
「……心臓が、変なふうに鳴るから」
教室がまた、静かになる。
黒瀬は俯いて、震える声で続けた。
「そんなの、知らないのに……どうして、あんたなんかに……」
そこまで言って、唇を噛みしめた。
涙が一粒、頬を伝って落ちる。
「……ごめん」
俺はただ、その一言しか出せなかった。
「……謝らないでよ」
黒瀬が顔を上げた。
目の端に涙を残したまま、少し笑って言う。
「……謝られると、泣けなくなるでしょ」
その笑顔があまりに綺麗で、
俺は何も言えなかった。
◇
放課後。
教室の片隅、夕日が差し込む中で、黒瀬がぽつりと呟いた。
「……ありがと。さっき、守ってくれて」
「いや、俺の方こそ、ごめん。無茶して」
「ううん。……相沢、らしいと思った」
黒瀬は目を伏せて、少し照れたように微笑む。
「次、何かあっても……もう少し優しく、守ってよね」
そう言って立ち上がると、
夕日の中に溶けるように出て行った。
俺はその背中を見つめながら、
胸の奥に芽生えた“好き”という言葉を、
まだ飲み込むことしかできなかった。




