10 夜の教室と、隠してた素顔
「……鍵、開かないな」
「やっぱりね」
ドアノブを回す音が、虚しく響く。
校舎の外はもう真っ暗。廊下の蛍光灯だけが淡く光っている。
「職員室に誰かいればいいけど……」
「多分、もう帰ってるわね」
黒瀬はスマホを取り出して、ため息をつく。
画面には「電波なし」。
――マジか。
「一応、連絡してみる?」
「無理。圏外」
「……映画かよ」
「静かにして。怖くなるじゃない」
いつもより、声が小さい。
完璧超人・黒瀬葵の、珍しく頼りないトーン。
「……別に、怖いわけじゃないけど」
「今、完全に“怖い”って顔してたぞ」
「してない!」
強がる彼女の頬が、ほんのり赤い。
窓の外では風がごうっと鳴り、木の枝が影を揺らす。
気づけば、二人の距離は机ひとつぶん。
「……ていうか、なんでこんな時間まで残ってたの?」
「リボンの確認。あんたが結び方下手だから」
「おい」
「冗談よ」
黒瀬が笑う。
その笑顔が、教室の明かりに照らされて少し柔らかく見えた。
◇
時間が経つにつれ、だんだん静かになっていく校舎。
時計の針が、カチカチと音を立てている。
黒瀬は自分の腕を抱くようにして、ぽつりと言った。
「……暗いところ、あんまり得意じゃないの」
「え?」
「小さいころ、停電の時に一人で部屋に閉じ込められて。
それから、ちょっとだけ……怖い」
そう言って、視線を落とす。
黒瀬がこんな風に“弱音”を吐くのは、初めて見た。
「……じゃあ、今も結構怖い?」
「……少しだけ」
ほんの少しの沈黙。
俺は迷った末に、机の上のランタン型の照明をつけた。
柔らかな光が広がる。
「これなら、ちょっとはマシだろ」
「……うん」
黒瀬の表情がふっと緩む。
光の中で、彼女の髪がきらりと光った。
「ありがと。相沢」
「お、おう」
“相沢”を、やけに優しく呼んだ気がして、心臓が跳ねた。
「ねぇ」
「ん?」
「……あんたってさ、意外と優しいのね」
「意外と、って何だよ」
「だって、いつもヘラヘラしてるから」
「ひどいな」
黒瀬が小さく笑って、机に頬を乗せた。
「……ねぇ、ちょっとだけ、こうしててもいい?」
光に照らされた横顔は、いつもの“完璧”じゃなかった。
ただの、年相応の女の子の顔。
「……ああ」
俺は、黙ってうなずいた。
教室の外では、秋の風がそっと鳴っていた。
◇
十分後。
ガチャ、とドアの音がして、用務員のおじさんが顔を出した。
「おい、お前ら。まだ残ってたのか」
「す、すみません!」
慌てて立ち上がる俺たち。
黒瀬は少し照れくさそうに笑い、髪を耳にかけた。
「……変な夜だったけど、悪くなかったかも」
「そうか?」
「うん。あんたと一緒だったから、かな」
その言葉に、
俺の心臓が一瞬、止まった気がした。




