9 噂と、ささやかな事件
「なあ、相沢。最近、お前らいい感じだな」
──朝から佐伯がそれだ。
今日も安定のウザさである。
「“いい感じ”ってなんだよ」
「ほら、黒瀬。お前に対しての“ツン”が、ちょっと“デレ寄り”になってる」
「そんなデータどこで取ってんだ」
「観察だよ、愛の観察」
自信満々に言うな。
ていうか、何を観察してんだ。
◇
昼休み。
文化祭の準備もいよいよ佳境に入って、教室には画用紙と段ボールの山。
俺はポスターを壁に貼ろうとして──
「ちょ、ちょっと、それ斜め!」
黒瀬が駆け寄ってくる。
すぐ隣で、俺の手を取って角度を直した。
「……ほら、ちゃんと水平」
「ありがとう」
「ふふん、こう見えて几帳面なの」
いつもより少しだけ、声が柔らかい。
周りの空気が、なんとなく甘くなる。
「おーい、黒瀬! 相沢のこと好きなのー?」
……また佐伯か。
「ちょっ、黙れ!」
「な、何言ってんの!? 誰が!?」
黒瀬が真っ赤になって、ポスターで顔を隠す。
その姿を見て、クラスの女子たちが「え〜!?」と盛り上がる。
「……佐伯、あとで覚えとけ」
「いやいや、周りが騒いでるだけだって」
まったく反省してない。
◇
放課後。
静まり返った教室で、黒瀬と二人きり。
装飾の残り作業を片付けていた時、黒瀬がふとつぶやいた。
「……こういうの、悪くないわね」
「文化祭の準備?」
「うん。みんなで何か作るの、ちょっと楽しいかも」
窓の外はオレンジ色の夕焼け。
頬に反射する光がきれいで、俺は思わず見とれてしまった。
「……なに?」
「あ、いや。別に」
「ふーん。そういう“別に”は、信用しない」
そう言って、黒瀬はくすっと笑う。
その時、突然──
バタンッ。
ドアの音が響いた。
慌てて振り向くと、強風でドアストッパーが外れ、
鍵がカチャンと閉まる音が。
「……え?」
「ちょ、ちょっと待って。これ……」
試しに開けようとするが、びくともしない。
教室の中、二人きり。
外はもう薄暗く、誰も残っていない。
「まさか、閉じ込められた……?」
黒瀬が目を丸くして俺を見る。
息が、少し近い。
「え、いや、その、どうする?」
「……別に、焦っても仕方ないでしょ」
そう言いながらも、黒瀬の声は微妙に震えていた。
沈黙。
時計の秒針だけが、カチカチと響く。
「……ま、まぁ、これも“青春イベント”ってやつかもな」
「うるさい」
即答。
でもその顔は、ほんの少しだけ笑っていた。




