塩谷くんは優しい人
今日は、いつもと違った。
日の当たる暖かい、窓際の私の後ろは、人気者の塩谷くんの席。いつもなら、周りに可愛い子達がいて、賑やかなのに。今日は、なぜだか誰も集まっていなかった。
いつも登校が早い塩谷くんがいなくて、いつも集まっている女子達は、それぞれの席で楽しそうにお喋りしている。
自分の席に座れたのは良かったけど……塩谷くんは、お休みなのかな。机の横には鞄も掛けられていないし、ロッカーも教科書が積んでるだけ。
不思議に思いながらも、私は席に着いて、1限の準備をしてから、窓の外を眺める。朝、席に座って見る景色は久々で、何だか変な感じがする。亜子ちゃんもまだ来ていないし……。
暇だから、図書室にでも行こうかな。昨日の続き、読めていないし。
比較的静かな教室から出て、すれ違った先生に挨拶して、もっと静かでお気に入りの場所へ。
朝だから鍵が閉まっていると思って、途中で職員室に寄ったんだけど、もう鍵は誰かが借りたみたい。
「あれ、見つかった」
図書室のドアは開いていて、足を踏み入れてすぐ、誰かの声がした。
「塩谷くん……」
案の定、いたのは塩谷くんだった。昨日と同じ場所にいたけど、今日は起きていたみたい。
「昨日、ごめんなさい……起こしちゃって……!」
「うわ、急に謝られてびっくりしたよ。風で起きただけだから、大丈夫」
そう言って微笑む塩谷くんに、私もびっくり。だって、教室でいつも見ていた塩谷くんとは別人みたいだったから。
休み時間に囲まれている塩谷くんは楽しそうじゃなくて、女子にも塩対応。
こんな、綺麗に口角上がるんだなぁ……。
「今日は、どうしてここに?」
横に鞄もあるから、直接来たんだろう。
「いつも、俺のせいで佐藤さん席座れてないでしょ?」
塩谷くんはそう言って、横の席を引いて私に座らせてくれた。
私が困ってたから、集まらないようにしてくれた……?
塩谷くんって、とっても優しい人なんだな。たまに会話が聞こえてくるけど、そこから読み取れる塩谷くんといえば、「そう」とか「へぇ」とかしか言わない、塩対応な人だった。
けど、こんなに優しくて、暖かい人なんだ……。ちょっと、いや、結構意外。それに案外話しやすい。
「いつもごめん」
「いえっ、大丈夫です。ありがとう、ございます」
申し訳なさそうにする塩谷くん。私は、緊張して全然喋れない。よく使う典型分しか言えてない。
「ここ、良いよね。人いなくて、静かで。俺、よくここで寝てるの」
「そうなんですか……」
「佐藤さんも、よくいるよね。」
やっぱり、私が気付いていないだけでいたんだ……。私、変な独り言とか言ってないよね? でも、寝てるって言ってたし大丈夫かな。
「はい。静かで、過ごしやすくて……好きです」
「俺も。教室だと落ち着けないから」
やっぱり、1人の時間を邪魔しちゃってるよね……!
「私、教室戻りましょうか? せっかくの1人の時間ですし……」
席にも座れるし、静かに勉強でもしていれば時間も過ぎる。席から立ち上がろうとした私を、塩谷くんが止めた。
「ううん、大丈夫。ていうか、いてほしい」
低い声のトーンで、上目遣いで、そんなこと言われたら、誰だって頷いちゃうよ。
本人がそう言うなら、いさせてもらおう。
また座ったは良いものの、話題が何も思いつかなくて、1人でそわそわしてしまう。人との沈黙って、ちょっと苦手……。
「そういえば、私の名前知ってたんですね」
昨日から疑問に思っていたこと。
「いやいや覚えてるでしょ。去年もクラス一緒だったしさ」
「でも、話したことはないですし……?」
「クラスメイトの名前くらい、ちゃんと覚えてるよ。佐藤さんだって覚えてるじゃん」
それは、貴方が有名人だからです。とは言えなくて、そうですね、と返す。
去年も同じクラスではあったけど、席替えで近くになったことはなかったし、名簿でも、前後にはならなかった。囲まれていたのは前もそうだったけど、普通に席には座れたから、特に何とも思っていなかった。
「俺、佐藤さんと話してみたかったから」
「えっ……?」
突然呟かれたその言葉に、驚きを隠せない。
「だから、話せて嬉しーよ」
嬉しそうに笑みを浮かべる塩谷くん。彼から、目が離せなくなる。時間が、止まったみたいに。
そんな私を現実に引き戻したのが、朝休みが終わるチャイムの音。
「あ、そろそろ戻ろうか」
「はい」
椅子を引いて、鍵を閉めて、私たちは教室に戻った。
私は、塩谷くんと少し離れて歩いた。塩谷くんは目立つから、廊下を歩くだけで注目される。なのに、私なんかと歩いていたら、勘違いされそうだったから。塩谷くんは、何も気にしていなさそうだったけど。
教室に入るなり、女子達が塩谷くんの元に駆け寄った。塩谷くんは気を遣ってくれたのか、本鈴がなるまで席に座らず、私はそのまま座ることが出来た。
いつもと違う場所で囲まれていた塩谷くんは、やっぱりさっきとは別人だった。