初恋の記憶
「おれ、綾音が好きなんだよね」
それは、3時間目の前の休み時間、かっちゃんから受けた相談だった。
かっちゃんは、背が高くてイケメンで、おれが憧れる存在。中学で初めて友達になった。
綾音は、幼稚園から同じだった。
「漢字わかるんだ! すごいね!」
おれは、幼稚園の園庭の土に、漢字を何個か書いて見せたんだ。
そうしたら、褒められた。
夏休みの夜には、親同士で約束してくれて、公園によく遊びに行った。一緒に花火もした。
夜にパチパチと光る花火は綺麗で。
その中で、綾音は言ってくれた。
「私ね、将来透くんと結婚するの」
「おれも、綾音ちゃんと結婚する」
そんな会話を、よくしていたんだ。
いつも一緒で。
幼稚園で、一緒にアゲハ蝶を捕まえたりとか。
どっちが硬い泥団子を作れるか勝負したりとか。
「よっしゃー、おれの方が硬いの作れた〜」
「うーん、もう一回やる!」
小学校に入ってからも、ずっと一緒で。
「綾音っていう名前はね、美しい音っていう意味なんだよー」
「へー、そうなんだ! いい名前だね」
小学校に入ってからも、何回か公園には遊びに行って。
高学年になるに連れ、次第に、おれは、綾音を意識するようになっていった。
小学校の文化祭の日。
「透、そんなおしゃれな服、持ってたんだ」
「うん、持ってた」
こんな会話をした時は、少し嬉しかった。
「中学に入ったら、勉強、ついていけるかな」
「ついていけるさ。綾音なら」
「そっか」
「うん」
そして、おれたちは卒業式を迎えた。
「ねえ、透。一緒に写真撮ろ!」
「いいよ!」
そうして2人で撮った卒業式の日の写真は、おれの机の上に、今でも飾ってある。
そして、中学の入学式。
おれは、綾音に会った。
ショートヘアに、セーラー服を着た綾音は、一段と大人に見えた。
「フフ、似合う?」
「うん、めっちゃ似合ってる……」
「透も、制服にあってるよ!」
「……ありがと」
この時からだろうか。
おれは。
綾音のことが。
好きだ、って思っていた。
綾音の気持ちは、わからない。
でも、おれは確かに、綾音のことが好きだ。
「わー! おんなじクラスだね! 透!」
「本当だ! 同じクラスだ!」
「これで、勉強は心配いらないかなー。幼稚園の頃に漢字がわかった透が一緒だし」
「ちょっとは勉強しなよー」
そして、中学校でのの生活が始まった。
「おれは勝也、よろしく! かっちゃんって呼んで!」
「おれは透。よろしくね!」
かっちゃんは、気さくに話しかけてくれて、すぐに友達になることができた。
そのかっちゃんが。
綾音のことが好きなんて。
ちょっとだけ、ショックだな。
部活からの帰り道。
おれは、同じ部活の達也と一緒に帰っていた。
「なあ、達也」
「なに」
「自分の好きな人を取られた時って、どんな気分」
「それは、うーん、なんていうんだろう、消えたくなるっていうか、とにかく、辛いよ」
「そっか」
そこへ。
かっちゃんの声がする。
「お! 透じゃん」
「かっちゃん」
「ちょっとこっちこいよ」
「わー! 達也じゃあね」
「うん、じゃあね」
そのまま、おれはかっちゃんに連れられて、いつもの神社に行った。
おれたちは。
おれと綾音と真矢とかっちゃんは、いつもこの神社に集まって、少しだべる。
中1になってから、そういうことが多くなって、中学生になったんだなあと日々実感する。
「かっちゃん、好きな人とかいるの?」
綾音が、そう、かっちゃんに質問する。
「いや、秘密!」
「そっか」
綾音が、ヒョイっと顔をこちらに向ける。
「じゃあ、透は?好きな人とかいないの?」
「……いや、おれも秘密」
「じゃあ、真矢は?」
「私は……最近、彼氏できたんだよね!」
「「「え、そうなの!?」」」
「うん。実はね、文化祭の準備を付き合ってくれる斉藤さんのことが好きでね。告白されて、オッケーして」
真衣が照れる。
「まじか、そんなの、そんなの聞いてないよ!真衣すごい!いいなー、私も彼氏欲しいなー」
綾音がポニーテールを揺らしながらぴょんぴょんする。
「そのうちできるよ」
おれは、他人事のようにそう突き放してしまった。
夕日が暮れ、星が出てきた。
「ねえ、もう帰らなきゃ、宿題やらなきゃまずくない?」
真矢がそう質問をする。
「まあ、大丈夫っしょ」
かっちゃんはすごい陽気な感じで返事をする。
かっちゃんからは、もっとここにいたいって言う気持ちが伝わってきた気がした。
「星が綺麗だね」
綾音は、夜空を見つめる。
その横顔は、鼻筋が透き通って、とても綺麗で。
今すぐにでも、抱きしめたくなるような、そんな横顔で。
「本当に、綺麗だね……」
そう、かっちゃんは言う。
かっちゃんは、とってもイケメンで、背が高くて、本当に、綾音にぴったりな感じがする。
「ねえ。かっちゃんと綾音って、なんかお似合いだよね」
そう、真矢が呟く。
真矢は、おれの気持ちを知りながら、それを言ったのかな。
そんなことはわからない。
2つ縛りが、真矢のあざとさを暗示させる。
それでも、真矢は、この質問をしたんだ。
「かっちゃんは、綾音のことをどう思ってるの」
かっちゃんは、顔がめちゃくちゃ赤くなる。
綾音は、ショートヘアでうつむき、横顔が少し隠れる。
かっちゃんと綾音は、2人対峙する形になる。
かっちゃんが、告げる。
「綾音……好きです。付き合ってください」
綾音は、首を縦に振る。
真矢とおれは、顔を合わせる。
まさか。
こんなことになるとは。
いや。
わかっていたけれど。
わかっていたけれども。
真矢は。
大きな声で、笑いながらこう告げた。
「ハグしちゃえよ!」
2人とも、めちゃくちゃ照れる。
その時。
おれは。
あんまり、見たくなかったけれど。
かっちゃんが。
綾音に向かって走り出し。
そのまま、思いっきり。
綾音を、抱きしめた。
そして、ぎゅーってして、離さなかった。
おれは、思いっきり唇を噛みながら、真矢の方を向いた。
真矢は、口を手で押さえながら、照れながらその様子を見る。
そのあと、綾音を離したかっちゃんは、「柔軟剤の匂いー!!!」と叫んだ。
おれと真矢は爆笑した。
「なんだそれー!」
「なんだその感想ー!!」
そのまま、おれと真衣は自転車で帰った。
綾音とかっちゃんは、手を繋いで。
2人で、帰った。
「ねえ、真矢」
「ごめんね、私。あの2人に、幸せになってもらいたくて」
「いや、綾音も気持ちに応えていたし、おれが負けただけだよ。大丈夫、おれも、いい人見つけるから」
おれと真矢は、ゆっくりと帰った。
「ねえ、少し寒くない?」
おれは、そう告げる真矢に、学ランを着せてあげた。
「……ありがとう」
「これで、あったかい?」
「うん、あったかいよ」
真矢は、ふふっと笑って、自転車を漕いだ。
「透って、私の彼氏より優しいかも」
「なんだそれ」
2人で笑い合った。
でも。
そんな言葉では、おれの傷は癒えなかった。
幼稚園の頃からの記憶。
一緒に過ごした記憶。
一緒に公園に行ったり、遊びに行ったり。
小学校もおんなじで。
おれたちは、ずっと一緒にいた。
それが。
まさか。
中学に入ってすぐに仲良くなった、かっちゃんに。
おれの友達の、かっちゃんに。
綾音を、取られるなんて。
思わなかった。
おれは、自転車を漕ぎながら、涙を流した。
「……泣いてるの? 透」
「泣いてないよ」
「泣いてるじゃん」
「泣いてないよ」
「おれ、本当は辛いよ。おれ、なんか、フラれてないのに、フラれた気分」
「そっか……」
あれからずっとずっと経った今でも思い出す、鮮明に覚えている、初恋が消え去った夜の記憶。
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