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星空

これで最後です。

 「実は……好きな人ができたんだ」


 これしか思いつかなかった。

 森崎がぎょっとする。俺がここで真実を告白すると思ったのだろう。

 俺は続けた。

 「バイト場に新しく入った人でさ、フリーらしいんだよ。で、その人は彼氏ができたらその彼氏には他の女の子とあまり仲良く話しとかして欲しくないんだって。だから俺も……別に彼氏ってわけじゃないけどそうしようとしちゃってさ」

 とっさに思いついた嘘なのにすらすら出てくる。どうだ森崎、多少苦しいけどこれならバッチリだろ。

 「マジかよ、だったら言えよ。どんな子だよ、おい、詳しく話せ」

 男二人は食いついてきてくれた。森崎疑惑はどこへやら、話題は一気に架空の女の子の話になった。

 「俺が喋ったんだから次はお前等の番だろ」

 「別にねーし」

 これは福島。こいつは女気がなさすぎて、一時期俺との同性愛疑惑が冗談半分で囁かれた。秘密主義には見えないが、隠しているとすればそれはそれで大したものだ。誰か知ってる奴はいないのか?

 「知ってるだろ」

 こちらはブッチョン。ブッチョンは引退した四年の先輩と付き合っている。ブッチョンは語らないが何しろ四年の彼女さんがペラペラ話す。色々と紆余曲折があったようで、見聞きする方にとっては非常に面白い。

 「だからお前のことをもっと話せ」

 「わかったよ」

 この時点で森崎は何も言わず静かに立ち去っていった。俺はあることないこと想像上の女の子について話しながらも、目だけは森崎を追いかけ続けた。

 

 トイレと抜けだし俺は森崎を捜した。彼女は自分がいた島には戻らず、宴会場から姿を消してしまっていた。

 なんとなく嫌な予感はしている。……たぶん、怒らせた。

 森崎との関係を隠すためとはいえ、彼女の前で違う女の子が好きというのはマズかった。

 あの野郎ども、勝手に俺たちの仲が気まずいと勘ぐっておいて、本当に気まずくさせるなんて冗談じゃないぞ。

 どこ行った――?部屋じゃ……ないよな、もし部屋に戻っていたら他の女子もいるだろうし俺は訪ねることができない。つまり完全に拒否体制だ。話すこともできやしない、それだけは勘弁してほしい。

 本来なら頼りなしに見つけだすのがベストなのだろうが、サッパリ見当がつかないので俺は森崎の携帯に電話を掛けた。

 ――頼む、出てくれ。

 『もしもし』

 よかった!「どこにいるの?」

 『寒いです』

 通話はそこで切れた。

 寒い?外か!

 宿を出て外をぐるりと回ると、他の誰かに見つからないように気を使ってくれたのか一番暗い場所に森崎はいた。

 「森崎……」

 「先輩、寒いです」

 「あのさ、ごめんな?あんなの嘘に決まってるから」

 「だから先輩、わたし、寒いんです」

 「そうだっ、ごめん。俺の上着着てよ」

 「……もうっ!」

 そう言って森崎は俺に駆け寄り抱きついた。

 「――っ!そっか、そうだよな」

 「こんな恥ずかしいことするの初めてです。もう二度としませんから」

 「それじゃあ森崎は最初で最後を俺にしてくれたんだ」

 「言い方がヤラシイです」

 「ごめんなさい」

 服の上だからよくわからないが、この寒い中だ、森崎の体は冷えきってしまっているだろう。思わず抱きしめる腕に力がこもる。

 「先輩はバカです。女のわたしからこんなことさせるなんて」

 「ごめん、嫌がったらどうしようとか考えちゃって」

 「そんなことを考えるのがすでにバカなんです」

 「ごめん。……さっきのことも怒ってるよな?」

 「怒ってませんけど……傷つきました」

 「ごめん……俺、最低だった」

 「もういいです。わたしとのことを隠そうとしたことくらいわかってます」

 「それでもあの嘘はついていい嘘じゃなかった」

 「もういいですってば。嘘なんでしょう?そんな女の子いないんですよね?それとも、いるんですか?」

 「いるわけないよっ、俺が好きなのは森崎だけだから」

 「そういうことは言わなくていいです」

 恥ずかしいですから、という声は森崎が俺の肩に口を押しつけて喋ったせいでくぐもりよく聞きとれなかった。

 「森崎、好きだ」

 「……わたしもです」

 「ちゃんと言ってよ」

 「……好き、です」

 「ありがと」

 ひとりでさんざん悩んでいたのがバカみたいだ。

 神様、ここですよね?ここしかないですよね?

 「なぁ森崎、ここからする事は一つしかないと俺は思うんだ」

 「わたしだってそれくらいわかります……」

 酒臭かったらどうしようとか、うまくできるだろうかとか、そんなことは唇を交わした瞬間に頭から消し飛んでいた。

 

 最愛の人と並んで見上げた夜空は満天の星がこれでもかと敷き詰められていた。こりゃ宇宙人は間違いなくいる。

 「とんでもなく星が見えるな」

 「空気が澄んでいるのもありますけど、やっぱり山は凄いですね」

 「これで流れ星でも流れたらロマンチックなのにな、ってそれは虫がよすぎるか」

 「先輩っ!」

 見た。願いを三回なんてとてもじゃないが無理だったけど、神様……、最高です!

   

 翌日、俺と森崎は何事もなかったかのようにみんなと同じくスキーを楽しんだ。中には二日酔いで死にそうな表情を浮かべる奴もいたが見なかったことにしよう。

 

 忘れがたい合宿はとりあえず無事に終了したが、その帰りのバスの中福島とブッチョンは俺の前の席で何やら密談を交わしていた。

 「昨日の話って嘘だよな」

 「絶対嘘だろ、バイト場に好きな子なんて今まで一度も口にしていなかったし、思えば突っ込み所も多々あった」

 「じゃあ森崎とマジでなんかあるな」

 「間違いないだろ。昨日の夜だってトイレとか言ってしばらくあいつ消えてたろ?怪しすぎるって、あのとき森崎だっていなくなってたんだぞ」

 「マジでか」

 「二人付き合ってんのかな」

 「直接本人に訊く必要があるな」

 二人は座席の背もたれから身を乗り出し、後ろに座る俺に振り返った。

 「昨日の夜どこいって何してた」

 「………」

 「聞こえてんだろ」

 「………」

 「うわ、寝た振りかよ」

 ありえねえだろ、バレバレなんだよという文句は聞き流し、俺は頑なに寝た振りを続けていた。行きの酔った振りといい、バスの中では振りばかりだ。

 悪いが絶対に話さない、昨夜のことは俺と森崎二人だけの秘密だ。――などと思いつつ、頭の片隅では『逆に怪しまれることしてどういうつもりですか』と森崎に怒られるシーンが目に浮かんでいた。

最後まで読んで下さりありがとうございました。

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