再開、そして
仄かに光る雪が降る森に囲まれた町。
年が明けたばかりの深い夜に、すべての住民は温めた布団にもぐり皆夢の中にいた。彼らの夢に出てきたのは一人の少女。シルバーのようにも見える薄灰色をした長い髪の少女が、城にある王の間の豪奢な椅子にちょこんと座っていた。しかしこの少女のことを知る者はいなかった。———たった一人の少年を除いて。
夜明けの時間とともに起きた城の伝達係が、町一番の大きな鐘を鳴らす。リーンゴーンと町中に響く鐘の音は、太陽の上らない薄暗いこの町にとって、一日のうちどの時間が来たのか知るための大切な音だ。この「朝日の時間」の音が鳴れば、城の使いたちが、町の決まったところへ火を付けて行ってくれる。太陽の上らないこの町では、松明と「雪火」がなければ外を出歩くことは難しい。
「おはよう、お母さん。朝だよ」
昂雪は朝の弱い母を起こすため、分厚い布団をはぎながら声をかけた。
「…うう、さむう…!もう朝かあ…」
寒さにもぞもぞと抵抗しながらも、母・雪乃は大人しく起き上がった。
母の目が覚めたことを確認した昂雪は、蝋燭の入ってない空のランプをいくつかとカーキ色の上着を羽織る。
「うん。ご飯テーブルに置いてるから食べてね。僕は今日の分の雪火を取りに行ってくるよ」
「寒いのに朝からありがとう。気を付けていってらっしゃいね。…そういえば…」
玄関のドアノブに手をかけたが、そういえば、と言葉を切った母のほうを見ると、戸惑った表情で言っていいものかと呟き、続けた。
「新しい王様、…あなた知ってる?」
昂雪には母の言わんとしていることがなんだか分かっていた。
「…ううん、僕も見たことない子だったよ」
首を振って否定した。
空のランプがカランと音を立てて揺れる。
「そっか」
母もそれで話を終わらせて、外へ出るよう促す。
「ま、気を付けて行きな」
「うん、行ってきます」
ドアノブをまわすと、キイという音とともに扉が開く。一歩踏み出せばザクっと雪の音がした。目の前には、暗闇に浮かぶ銀世界だ。
いつもと同じ景色。いつもと同じ日常。
いつものように、雪火が集めやすい場所まで歩いていく。
一つだけ違うのは、新しい王様のことだけだった。
「灰音…」
彼は知っていた。夢の中の少女のことを。
「会いたかった」
自分をぎゅうっと抱きしめる。彼女に会いたくてたまらなかった。
どこにいたんだろう。何を見てきたんだろう。どうやって、この町にきたんだろう。
きっと、お城へ行けば会える。
ざくざくと雪を踏みしめ歩きながら、彼女のことばかりが頭に浮かぶ。
やがて仕事場に着いた彼は準備を始めた。
「…でも、先に仕事をしないと、だな」
はやる気持ちを押さえつけ、手に持ったランタンをひとつずつ振り回して、雪火を集めていく。
いつもより急いだせいで、動きが雑になってしまったので、時間がかかってしまった。が、自由時間を少し過ぎたところで、なんとか集め終えた。
朝来た道を早足で家へ戻りながら、彼女のことを思う。
「ただいまお母さん!」
荒っぽくドアを開けて家に入ると、音に驚いた母が「ドアは優しく開けな!」と注意してくるが、聞き流しながらばたばたとランタンを置き足早に家を出た。
うちはお城から近いほうで、三つほど角をまがると、お城への一本道に出る。
息が切れるほど全力で走った。
やがて坂を上りきると、城門の前へたどり着いた。お城の衛兵は顔見知りのメィリーだった。
「こんにちは!」
思ったよりも大きな声が出て、メィリーが獣耳をパタパタと動かした。
「こんにちは、いつかの王様。中に用?」
無表情な顔で、でも返事をしてくれたのは、狼と狐の混血で亜獣人のメィリー。
「ご、ごめん。声大きくて…。そう、用があるんだ」
ふう、とため息をつきながらも、僕の用事が何かわかっている彼はすんなりと門を開けてくれた。
「…別にいいよ。あと、お姫様は王の間にいるよ」
「…!ありがとう!」
彼女がここにいる。そう決定づけられて、嬉しさのあまりまた声が大きくなってしまった。
メィリーは耳をかきながら、ふいっとそっぽを向いている。
「いいから。お姫様も待ってるんだから」
「うん、行ってくるよ」
もう一度ありがとうと言い、僕は開かれた城門を走って通り抜けた。
お城に入ってからは足音が響いてしまうので、歩きながら王の間を目指した。
それでもカツカツと響いているが、同じくらい心臓の音も耳の奥で響いていた。
灰音…。彼女は僕の初恋の女の子だ。銀色に輝く髪に、白い肌、透き通った青色の瞳を持つ、儚げな少女。
今の母に引き取られる前、真っ暗な森の中で出会ったのが初めてだった。
当時10歳だった僕も、今年で18になる。
「僕のこと、憶えてるかな…」
8年もたっていたが、夢の中の彼女は、成長して大人っぽくなっていたが、まぎれもなく灰音だと一目でわかった。
彼女のことばかり考えていると、いつの間にか王の間へとたどり着いた。
この城で城門の次に大きくて重厚な木の扉は、人一人通れるくらい開いていた。
そっと手にかけてみるが、緊張しすぎて中々動けなかった。
「…どうぞ」
固まっていると中から声をかけられた。
少し低くなっているけど、灰音の声だった。
「っ、お邪魔…します…!」
心臓は相も変わらず、ドクンドクンとうるさかったが、思い切って中に入った。
「…灰音…」
彼女の名をこぼす僕に、窓際に座っていた彼女はこちらを振り返り、ふわりと笑った。
「っつ…!」
「昂雪…、貴方だったの」
僕の名前を呼ぶ彼女。光に反射して銀髪が輝く。
「う、うん。驚かせてごめん。…僕のこと、憶えててくれたんだね」
「もちろん、憶えてたわ。来てくれてありがとう」
「ううん、こちらこそ」
灰音は手招きをしながら、こっちに来てくれる?と聞いてきた。
「うん!すぐ行くよ」
会えてうれしい!胸の中は喜びでいっぱいだった。
すぐに駆け付けた僕にありがとうと言い、灰音の顔はうっすら影を落とした。
「まずは謝らせて。ごめんなさい…」
唐突に謝られて僕は動揺する。
「あなたが過ごしてきたこの町を巻き込んでしまった。…数日後の戴冠式に、雪火が…」
悲しそうな声音に、大きな瞳には涙がたまっていた。
僕はおろおろして何も言えないまま、涙が一筋こぼれたところで、彼女は続きを振り絞った。
「…雪火が、止んでしまうのっ…」




