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The Genesis.

「すぐ夕餉ですが、それまでゆっくりなさるとよろしいでしょう。私も少し失礼します」


 高齢の身体で動き回るのは辛かっただろう。これでドラマだか映画だかは撮影終了だろうか。

 そこからはメイドが部屋に連れていってくれた。


「お湯をご用意しております。お使いになりますか?」


 湯を使う、という言い回しを理解しきれずに生返事をすると、服に手を掛けられ脱がそうとしてくるので、お風呂なのだと気づいた。

 その先は丁重にお断りし、ひとりでお風呂に入ったところで、これは現実なのではなかろうかという考えがいよいよ頭をもたげた。というのも、こんな高そうな香りの入浴剤を、カリナは使ったことがない。


 これで夕餉というものがコンビニ弁当だったら笑い飛ばしてやる。

 と意気込んでいたら、豪華なコース料理だった。カリフラワーのスープがムースみたいで美味しかった。オレンジ色のフィサリス(ほおずき)の実が乗ってる料理なんて生きてきて初めて見た。食べたことない味がした。認めよう、これは夢ではない。

 一晩かけて、質問を考えて紙に書き出した。


 翌日にも教皇は行動を共にしてくれるようだった。朝から朝食にお迎えに来てくれた。


「私、お芝居をしているのだと思いたかったんです。でもこれは現実のようなので、しっかり向き合っていきます。つきましては質問をさせてください」


 朝食が終わりお茶を出されたタイミングで質問を書き連ねた紙を渡した。フェリシッシムスは目をしばしばさせて、紙を近づけたり遠ざけたりしている。


「これは、読めません。文字なのでしょうが」


「えっ」


 会話が通じているものだから、読み書きも日本語で通用すると疑いもしなかった。

 愕然としているところに、フェリシッシムスが紙とペンを、と侍従に要求する。

 カリナが読みやすいようにお手本のような字を大きく書いてくれていたが、今度はカリナが読めない。


「……これは?」


「カリナさまのお名前です。見本にして練習なさるとよいでしょう。これから人前で誓約書やら契約書にサインする場面が必ず出てきます」


「なるほど……ありがとう、ございます?」


「読み書きも後々習えるように手配しましょう。早くこの世界に馴染めますよう、私もお力添えします」


 フェリシッシムスはカリナの渡した紙を返した。


「それで、何をおききになりたかったのでしょうか?」


「この世界の成り立ちとは、神はどういった存在でしょう」


 古くは三千年前、としわがれ声から一変して玲瓏に流れ出した。聖職者見習いから始めてからというもの彼はこれまでに幾度説教をしただろう。


「はじめに神が異世界より聖女を呼び寄せ娶りました。神が手にした二つの聖杯を、聖女が聖なる力で満たします。二柱が聖杯で乾杯したとき、この世界が生まれました。人が増え国が成り立ちます。二柱から生まれた九柱のお子たちが各地に向かわれました。娘神たちはその身の姿を変え聖杯と成られました。神は娘神たちの守護する各地を巡り、その都度聖女が杯を満たし、乾杯をしました。神と聖女は終いに男子の一柱をもうけ、これをこの国の王に据えました。神は国王にひとつの聖杯を下され、この国を任され天へと昇られました」


 意味はわかるが、頭に染み込んでいかずに真顔でいた。


 ファンタジーな創世記だった。

 男神の子々孫々、いわく王族は人と交わるうちにその寿命を短くし、ついには人と変わらなくなった。人と違う点があるとすれば、世界の終わりになれば魔の穢れをその身に一手に引き受けること。それが次世代の聖女を喚び寄せる時期なのだと知らせる。


「王は神の直系の末裔です。聖女は異世界から()ばれます。私たち聖職者(クラージィ)は教会に属し、聖女の力をお借りして人々に施します」


 聖女が召喚されたときに必ず尋ねる。「神を信じ、その責務を果たすか」と。


「聖女の、私の責務とはなんですか?」


「世界の浄化です。聖職者たちはわずかなお手伝いしかできません」


 カリナは腰に下がる袋に手を置いた。そこには魔の浄化に使用した聖杯(チャリス)が収められている。並んで十字架(ロザリー)があった。


「十字架を身につけるのは……?」


「神が空を十字に切り開いた空間から聖女を呼び寄せたと言われています。聖なる象徴の形です」


 聖なる力を模したそれを聖職者は身につける。


「魔、というのは」


「この世の悪であり、害であり穢れであり、どこからともなくあらわれるものです。魔は魔と引き合い、これが凝り固まると形となり動き出し人や動物を襲い穢れを撒き散らす」


「それが、魔物ですか?」


 フェリシッシムスは肯定した。


「我々は魔獣と呼びます。獣のような姿をしていますから。逆に自然に生きる動物が稀に聖なる力を溜め込んだものを聖獣と呼びます。通常なら聖獣がその地に集う魔を祓って平和を保ちます。しかし彼らは聖水が枯れたのと同時に何年も目撃されていません」


「聖獣は絶滅してしまったんですか?」


「残念ながら。中庭に聖杯がありましたね」


 はい、と言いながらカリナは思い出す。


「同じものがこの世界の各地に十あります。聖女さまにはその杯を満たしていただきたい。それが世界の浄化につながります」


「旅をして回るんですか?」


「はい」


「フェリおじいちゃまも一緒に?」


 残念そうに首を振る。


「できるなら着いていってさしあげたいが。年老いたこの身には難しい仕事です」


 そう言われて、無理強いはできない。


The Genesis.

(創世記)

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