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Fancy To See You Here.


 石でできているため古くて堅牢なだけが取り柄の冷たい建造物。堅牢さも経た年月で崩れかけている。近々柱を補強し内部の壁を壊して倉庫にするとかしないとか話があった。


「ここに誰かいるのか……?」


 なにかやらかしたのなら罪人の牢や、騎士団にも反省部屋という不名誉な地下牢もあるけれど。入れられるとしたら罪状は瑣末で、身分も低くはないのだろうか。


 肉や野菜果物の入った籠を抱えて、入口をノックする。返事はない。なんとはなしに腰に下げた剣の柄に手を乗せて、扉を開ける。鍵はかかっていなかった。


「おーい」


 声をかけながら、厨房に入る。これまでにも運ばれた食材がワークトップに残っていた。腐ったものはない。人がいることは間違いなさそうだ。そこに籠を残して、応接室や談話室などを一部屋ずつ開けて確認していく。新寄宿舎が完成したのはそう最近ではない。年単位で放置されているわりには埃が溜まっていなかった。


 シャーロはたまに同僚を訪ねて入る新寄宿舎しか知らず、ここが妙に小綺麗にしているのは掃除の手がたまに入っているのかもしれない、としか推測しなかった。


 階段を上がればベッドのある個室が並ぶ。途中の踊り場で立ち止まった。階段を登りきった先に、女性が出てきたからだ。

 足先へ伸びる黒いゆったりした外衣(チュニック)に胸下までかかる半円の肩衣(スカプラー)腰帯(シンクチュア)には十字架(ロザリー)と袋を下げている。白いベールは被らず黒い髪を晒していた。


「……なんでこんなところに聖職者(クラージィ)が」


 王宮の敷地内に王族専用の教会があるが、いるとしたらそちらだろう。例え散歩で出てきたとして、旧寄宿舎の内部にまで入り込まなければらない用事などありはしない。


「……こんにちは?」


 少女の一言で、シャーロは人間付き合いの基本を思い出した。咎人なら名前も知らずに関わり合いを避けた方がいいのだろうか、と迷う。


「ええ、こんにちは。ここに食糧を運ぶように言われました。あなた宛てで間違いないでしょうか?」


「あ、はい。私しかいないので、たぶん。ありがとうございます」


 なんとも曖昧な答えだった。


「厨房に置いてきてしまった。確認したければどうぞ」


 こっくりと頷く姿は幼く見えた。シャーロの隣に立つと頭一つ半は低く、成長期の妹よりも小柄だった。雰囲気は聖職者というより修行中の聖職者見習い(ノヴァイス)というのが似合う。それにしては見習い用の制服ではなく、正式な司祭平服(カソック)を身につけている。

 シャーロの騎士制服は白を基調として、平時なので装飾は最低限。騎士団員(ノーブル・ナイツ)に数えられてはいるがまだ若く下っ端で襟の星章も輝きが足りない。


 とはいえ二人並ぶと白黒の対比が美しかった。


 厨房のアイランドで、籠から食べ物を取り出して並べていく。シャーロは空になった籠を持ち帰らねばならないので待っている。


聖職者(クラージィ)がここでなにをしてるのか、聞いても?」


「何を……というか、とくに何をしろとも言われてないので、勝手にこの建物を掃除して回ってますが……」


「掃除か。罰でも受けているわけではなさそうですが」


 その口調は嘲りではなく純粋な疑問だったので、詮索されて嫌な気分にはならなかった。むしろ思いやりが垣間見えた。

 罰、ときいて少女は顎に人差し指を当てる。


「お城で高貴な方に不敬なことは言ってしまったかもしれません。が、特に誰にも咎められなかったので違うかな……?」


 深く突っ込むのは不毛な気がした。


「ここは不自由だろうに」


「不自由といえば……! ちょっと聞いてもいいですか?」


「何をききたいのでしょう?」


「ここ、お皿とかカトラリーはないんですか?」


 てっきり城内の様子でも聞かれるかと思ったが見当外れだった。


「あるんじゃないでしょうか?」


 人をここに住まわせるのなら配置されているはず、とシャーロは壁の上部にあるキャビネットを開いていく。彼女には背伸びしても手が届かなかっただろう。布に包まれたものが重ねて置かれている。大きさと形状からいって皿の類いだろう。


「これだと思います」


「ありました?」


 横で少女がワークトップに膝を乗せて登ろうとしていた。白い滑らかなふくらはぎが目の毒だ。シャーロの周囲にはこんな活発な女性はおらず度肝を抜かれる。


「おいっ!」


 思ったより腹から声が出た。

 少女は勢いよく振り返り、はずみで足を滑らせた。体が後ろへ倒れていくのでシャーロは腕を伸ばす。


 は? 軽、い。


 抱えた感触に胸を突かれる。成人男性と比べるのは失礼だろうが、普段の訓練で同僚たちを背負うことに慣れた身からすると、少女の重さはあまりにも頼りなく柔らかかった。


 静謐さに包まれる。彼女の清潔そうな香りのせいだろうか。しばらく感じられなかった安寧がここにある。

 とにかく好ましくて、離れがたかった。


 腕の中で少女は眉間にかすかにしわを寄せている。何度か瞬きをして、意識が戻ったような顔をした。近くで見ると血色が悪い。貧血でも起こしたようだ。かと思ったら顔を真っ赤にする。その変化に目を奪われた。


「下ろしても?」


「おおお、おろ、おろしてくださいっ」


 地面に足がつくなり男から二、三歩距離をとる。

Fancy To See You Here.

(こんなところで会うなんて。)

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