第75話 カルロス皇太子の心の方向
(カッカッ)
まぶしい日差しが古風な家具でいっぱいの広い部屋を華やかに照らした。
部屋の中には柔らかそうな緑色の羊毛カーペットが大理石の床の上に敷かれていたが、そのカーペットを金髪の美少女がゆっくり踏んでいた。
彼女は不安そうな表情で部屋をぐるぐる回りながらとても焦っていた。
どれだけ部屋を歩き回ったのか。足首がずきずき痛むころ、部屋のドアをたたくノックの音が聞こえた。
(トントン)
「セレナお嬢様!」
セレナの侍女メリーが緊迫した表情で部屋に入ってきた。
「そう!!他の友達から連絡は来たの?」
セレナが気になる表情で聞くと、メリーは切ない目で首を横に振りながら言った。
「ブリンお嬢様、デイジーお嬢様、レッシャーお嬢様、フレンディお嬢様まで全員連絡が取れません。セレナお嬢様が送ってくれた手紙もすべて戻ってきました。万が一のため、各家門のメイドさんに聞いてみたら、お嬢様たちは皆1年間自宅外出禁止だそうです。一体どういうことなのか私もよくわかりません」
セレナの美しい顔に一瞬呆れた表情が浮かんだ。
彼女はずきずきと痛んでくる自分の頭を両手で押さえつけ、鋭い叫び声で叫んだ。
「うわぁ!ハリ…! どうして私にこんなことができるの?」
セレナは厚く膨らんでいる唇をかみしめながら、今後どのように行動すべきかを考えた。
まず、これからハエリス公爵の目にそれる行動をしてはいけないようだった。
これまで「ハリ」と愛称で呼んできたが、ハエリス公爵はベイリオ皇国を前後から牛耳る権力の実力者だった。
彼がこのような稚拙な方法で、親しい友達に恥をかかせるとは思わなかった。
今後、社交界でどのように顔を映せばいいか、頭の中が真っ暗になった。
両親もいない孤児出身で、外見も自分と比べてはるかに劣るエレインにハエリス公爵を奪われるとは到底信じられなかった。
「これまで何も知らないふりをしていたのに、私が知らないうちに後ろでハリに取り憑かれたの?本当にずる賢いわね!エレイン!!」
どのくらいの時間が経ったのだろうか。乱れた頭の中の考えをすべて整理したセレナが、自分を待っていた侍女メリーに言った。
「メリー。皇居に人を送ってカルに私の言葉を伝えて。明日エレルマンにあるボルシェ書店の前で会おうねと。できるだけ早く」
「はい、かしこまりました。お嬢様」
急ぐセレナの言葉にメリーは首を大きく頷きながら外に出た。
(カッカッ)
セレナは部屋の真ん中にあるサファイアの宝石で飾られた全身鏡の前に行った。
バラの花のように華やかで美しい自分の姿が鏡に映った。
幼い頃から周りの人たちに「美しい、綺麗だ、愛らしい」という言葉を耳にたこができるほど聞いて育った。
人々がよく言う「心にもないお世辞」ではなく、自ら見ても自分は珍しい美人だった。
「そうだ、逆に良かったわ…、セレナ。ハリよりカルの方が黄金の縄だったのに、私が馬鹿みたいに感情に巻き込まれたわ。でも今からでも遅くない。ごめんね、カル。切ないカルの気持ちをようやく受け止めることになって」
翌日の朝早く起きたセレナは、豊かな泡風呂で1日を始めた。
侍女メリーが牛乳とハチミツを混ぜて彼女の顔と体に丁寧にマッサージをしてくれた。
元々良い肌だったが、真心を込めた人の手が加わってセレナの肌がキラキラでつやつやした。
セレナはカルロス皇太子のことを考えながら、多くのドレスやアクセサリーを身に着けてみた。
「派手すぎるわね。意外とカルが派手なのを嫌っているようだったわ。私は派手なのが好きだけど、しょうがないね」
セレナは自分が持っている服の中で最も地味な空色のワンピースを選んだ。
緑色のルビーがちりばめられたリボン装身具で髪を整えた後、昨年カルロス皇太子がプレゼントしてくれたペンダントネックレスを首にかけた。
率直にあまり気に入らないペンダントネックレスだったが、それでもこんな重要な日に緊要に使うことができて幸いだと思った。
彼女は前もって待機していたバルタン侯爵家の馬車に乗ってエレルマンにあるボルシェ書店に出発した。
馬車の中でカルロス皇太子とどのように1日を過ごすか緻密に計画を立てた。
彼の心の中に当然自分がいることを確信しているが、なぜか不安な気分になった。
エレインを眺めていたカルロス皇太子の目つきがなんとなく妙だったからだ。
「まさか。違うよね…?」
心がぎこちなくなったが、手鏡で自分の顔を確認したら心配になった心が一気に消えた。
(ガタガタ)
(ヒヒーン)
待ち合わせ場所に馬車が止まると、セレナは乳母の手を握って馬車から優雅に降りた。
ボルシェ書店の前で背の高い美男子のカルロス皇太子が先に来て待っていた。
セレナは明るい笑顔でカルロス皇太子に手を振った。
「カル!私が来たよ!本当に久しぶりだね」
「うん!本当に久しぶりだね。元気だった?セレナ?」
カルロス皇太子が明るい笑顔で彼女に安否を尋ねると、セレナは明るい笑顔で頷いた。
「うん、元気だよ!こうやって一緒に市内に出るのは久しぶりだよね!でしょ?」
「そうだね。今日ボルシェ書店に一緒に行こうって呼んだの?」
セレナは可愛い表情でカルロス皇太子の片腕にそっと腕を組みながら言った。
「いや!カルと久しぶりにデートしたくて!」
豊満な彼女の胸がカルロス皇太子の腕に当たった。
カルロス皇太子がぎこちない表情でセレナの腕を慎重に抜いて言った。
「あの…、どうも不便だな。俺たち楽に歩こう、セレナ」
「うん、分かった…」
以前ならとても喜ぶずなのに、カルロス皇太子の表情は冷たかった。
心の中に何か分からない不安が芽生えたが、セレナは強いて首を横に振った。
⦅まさか?カルまで?あり得ないわ。しっかりしろ、セレナ⦆
久しぶりに会った2人はボルシェ書店に立ち寄って本を見て街を歩きながら5月の暖かい日差しを満喫した。
「カル、これはどう?すごく不思議でしょ?」
「お、本当に不思議だね?」
「これはとても綺麗だわ!一つ買おうか?どう?」
「うん。セレナに似合いそうだね」
セレナとカルロス皇太子は、お互いに楽しく街を歩き回りながらデートを楽しんだ。
突然足を止めたカルロス皇太子が、あるところをじっと眺めた。
「なんで?カル?何かあるの?」
セレナの目にはエレルマン市内を見物するエレインとキャサリン伯爵夫人の姿が見えた。
二人はまるで親友のように楽しそうに笑っていた。
「カル?あそこにエレインとキャサリン伯爵夫人がいるんだね?」
「うん、そうだね」
セレナは不快な感情を隠しカルロス皇太子に尋ねた。
「カル?なんだかエレインを見てるみたいだけど?まさかエレインに興味あるの?」
「あ、いや。ただ久しぶりでね…。グレースが皇居を去り、一緒に過ごす機会がなかったんだ」
「そう?あ、そうだ!カル、ハリとエレインが付き合ってるの知ってる?私はその話を聞いて本当にびっくりしたのよ」
セレナがカルロス皇太子に話を切り出すと、彼は苦笑いしながら言った。
「知ってる。2人ともすごく幸せそうだったよ。腹立つな」
「何?」
「フッ、何も。セレナ。俺たち、何か美味しいものでも食べに行こうか?」
「うん…、いいね。私、この前カルが美味しいと言ったサンドイッチ屋さんに行ってみるわ」
「え?本当?どうしたの?セレナ、俺はちょっと慣れないんだけど?」
驚いた表情でカルロス皇太子が問い返すと、セレナは彼に愛嬌を振りまきながら言った。
「カル、私貴族家のお嬢さんではあったみたい。正直、外で売っている食べ物は全部不潔でまずいと思ったんだよ?ところでこの前リドンを食べてみたら本当に美味しくてね?今度はサンドイッチ屋に行ってみる!連れて行って」
「おお、そうなの?世の中に美味しい店がたくさんあるって。よし!俺についてきて、セレナ」
カルロス皇太子が笑顔で頷くと、セレナも綺麗に笑ってみせた。
***
私とキャサリン伯爵夫人はカルロス皇太子が教えてくれたサンドイッチ屋の前に立っていた。
キャサリン伯爵夫人が凄く当惑した表情で私に問い返した。
「わぁ、本当に虚しい。エレイン?ここが本当に美味しいお店なの?」
「うん!見た目はちょっと虚しく見えるでしょ?でも本当に二人が食べて一人が死んでも分からないくらい美味しいサンドイッチグルメ店だよ!」
「本当?」
「うん!私だけを信じて!!」
(チリン)
店内に入ったキャサリン伯爵夫人は微妙な表情で店をくまなく探した。
どうも店が大分古くて、到底私の言葉が信じられないという様子だった。
(チリン、チリン)
その時、ちょうどサンドイッチ屋に入る一組の美男美女が、私の目に入ってきた。
すらりとした美男子カルロス皇太子と空色のワンピース姿の美しいセレナだった。
「こんにちは、カルロス様!セレナ様!」
私は外なので皇居の礼儀を省いてカルロス皇太子に先に挨拶をした。
私のそばで訳もわからず立っているキャサリン伯爵夫人に耳打ちでカルロス皇太子の身分を話した。
キャサリン伯爵夫人が驚いた表情でカルロス皇太子に挨拶した。
「こんにちは。カルロス様、私はフィオール伯爵家のキャサリンです。 ところで隣にいらっしゃる方は…?」
「こんにちは。私はセレナと申します。キャサリン伯爵夫人!この前の誕生日パーティーで簡単に挨拶を交わしましたよね。覚えていますか?」
やっと自分の誕生日パーティーで赤いドレスを着たセレナを思い出したのか、キャサリン伯爵夫人が小さく頷いた。
「あ!覚えています。バルタン侯爵家の令嬢でしたよね?お会いできて嬉しいです」
「はい、私もです」
店が狭くて、私たちは4人が一緒に同じテーブルに座ることになった。
私は元メイドらしく古いテーブルの上に食器を綺麗にそろえた。
私の向かい側に座ったカルロス皇太子が優しく微笑みながら、こんな私を見守っていた。
「ここをたまに思い出すんです。カルロス様のおかげで良いところを知ることができて良かったです」
冷気がぽろぽろと落ちる目で私を見つめるセレナの視線に思わず喋った。
カルロス皇太子がにっこり微笑みながら私に言った。
「そうだね、俺も良く思い出してたよ…」
「あれ?前に二人きりでここに一緒に来たことあったの?」
セレナは私とカルロス皇太子を交代で見つめながら、とても気になる表情を見せた。
カルロス皇太子が小さく頷きながらセレナに答えた。
「うん。去年セレナの誕生日プレゼントを選んでる時、エレインに助けを求めたの。今セレナがかけているそのネックレスね」
「あ…そう?これをエレインと一緒に選んだんだね。ふーん。エレインは全ての男に優しいみたいだね」
セレナは自分の首にかかっているペンダントネックレスをいじくりながら私に明るい笑顔を見せた。
一見すると私をほめる言葉のようだけど、彼女の言葉の中にはとがったとげが巧妙に隠れていた。
男たちは気づかないけど、女たちは十分に理解できる陰口だった。
キャサリン伯爵夫人がセレナの言葉を聞き取って不快な表情で口を開いた。
「誕生日プレゼントを買いに一緒に行ったことで、全ての男に優しいと言うなんて、ちょっと無礼ですね。セレナ様」
キャサリン伯爵夫人が鋭く切り返すと、私とカルロス皇太子の立場が少し困惑した。
「お客様、お待たせしました。さあ、どうぞ」
サンドイッチ屋の店員が盆にサンドイッチと飲み物を持って私たちのテーブルに持ってきてくれた。
ちょうど店員がサンドイッチを持ってこなかったら、雰囲気がシベリアの真ん中にいるようだっただろう。
「さあ、一度食べてみて。キャサリン!」
私はくやしい表情のキャサリン伯爵夫人にハムチーズサンドイッチを渡した。
キャサリン伯爵夫人が私にサンドイッチを受け取って注意深く一口かんだ。
彼女の目はその瞬間、目に見えるほど大きくなった。
「わぁ!」
「ほら、凄く美味しいでしょ?」
「うん!めっちゃカリカリしてる!中はしっとり柔らかいし。エレインの言葉が合ってた!」
大げさにはしゃぐキャサリン伯爵夫人を見ていたセレナが、負けないようにサンドイッチを大きく一口食べた。
「あらまあ!カル!」
「ほら、凄く美味しいでしょ?セレナ?」
カルロス皇太子がにっこり笑いながら彼女に聞いた。
セレナは頷きながら満開の花のように彼に明るい笑顔を見せた。
「うん!凄く美味しい!私たち、また今度来ようね!」
「うん!いいよ!」
私は二人を見つめながらカルロス皇太子の愛を応援すべきかどうかわからなかった。
いつからか彼女が少し変わったようでカルロス皇太子がとても惜しかった。
⦅まあ男女のことは当事者同士で何とかするよね…?⦆
まるで私の考えを読んでいたかのようにカルロス皇太子が私をじっと見つめていた。
自分の感情を表に出さないように努力したけど、彼は何か非常に残念そうに見えた。
私はカルロス皇太子が何を残念がっているのか分からなくて、気まずい笑みを浮かべざるを得なかった。
⦅今日に限ってサンドイッチが口に合わないのかな?私は美味しいのに⦆
サンドイッチが口に入るのか鼻に入るのか分からないくらい気まずかった食事の時間が終わり、私たちはお互いに挨拶をして別れた。
私とキャサリンは通りの屋台で買った冷たいお茶を持って木陰のベンチに座った。
次第に初夏が近づいてくるように感じられるほど正午の日差しは熱かった。
「あ、涼しい」
「うん。もうすぐ夏が近づいてくるみたい。結構天気が暑いようだね」
キャサリン伯爵夫人が氷の入ったお茶を一口飲んで急に私に聞いた。
「あの、ところで…、エレイン。カルロス皇太子殿下と何かある?」
「え?プッ」
(ゴホンゴホン)
私は飲んでいた冷たいお茶を口の外に吐き出し、キャサリン伯爵夫人を荒唐無稽な目つきで眺めた。
目を細めたキャサリン伯爵夫人が私の姿を上下に見ながら言った。
「カルロス皇太子殿下がエレインを見る目つきがまるで愛する女性を見ているようだったよ。多分私の考えでは間違いないと思う!」
「いや、全然!絶対!そしてその方が好きな方は別にいらっしゃるよ」
「え?可笑しいな? 違うと思うけど?男女の間でないことはないのよ!私が思うに、エレインとカルロス皇太子殿下とお互いの気持ちさえ通じれば終わりだと思うけど?エレイン、カルロス皇太子殿下のことをどう思う?」
キャサリン伯爵夫人がきらきらと目を覚まして興味深い表情で私に尋ねた。
「うーん…、ただ皇太子殿下の身分を捨ててみればいいお兄様のような感じ?」
「わぁ、エレイン。ちょっと空気読めなさすぎじゃない?可哀そうなカルロス皇太子殿下!ツッツッ…」
キャサリン伯爵夫人が低くため息をつき、カルロス皇太子を残念がった。
誤解が深まったらだめだと思い、私はやっと勇気を出して彼女に言い出した。
「キャサリン、私…」
「うん!」
「つ…付き合う人いるの!」
キャサリン伯爵夫人がとても気になるという目つきで私にさっと近づき、質問を浴びせた。
「おぉ!本当に?それは誰?もしかして私が知っている人なの?どんな人?気になる。教えて」
「うん。この前キャサリンの誕生日パーティーでお会いしたことあるでしょ?」
「誰?」
「ハ…エリス公爵閣下」
「え?プッ!ごほんごほん」
今度はキャサリン伯爵夫人が冷茶を口から噴き出した。
ひどくむせたのか、咳き続けたキャサリン伯爵夫人が辛うじて咳を止めた。
彼女はハンカチで流れる涙をぬぐっていつの間にかきらきらとした目つきで私を見つめた。
「わぁ!やばい。エレイン…!そ、その!ハエリス公爵閣下?」
「う、うん…」
「エレイン!最近化粧品何使ってるの?香水は?普段肌の管理はどうしてる?」
キャサリン伯爵夫人が突然私に多くの質問を一気に投げかけた。
何だか冷や汗が私の背筋に乗ってだらだら流れているような気がした。




