第73話 三流小説のハッピーエンド
ハエリス公爵の失踪事件は幸いにも大したことのない(?)ハプニングに終わった。
いつの間にか時間が早く流れ、季節の女王と呼ばれる5月になった。
私はいつもより早朝に起きて化粧をし始めた。
白いフリルが少し派手に入ったブラウスに普段目立つことを心配して着なかった華やかなピンクのスカートを着た。
そして鏡を見ながら薄ピンクのネックブローチをつけて身なりをよく触った。
「あっ!うっかりするところだった…!」
私はベッドの横の小さなテーブルの引き出しを開けて、黄色の錠剤が入った瓶を取り出した。
(コロコロ)
瓶の中に入った黄色い錠剤を数錠水なしでのどに飲み込んだ。
ハエリス公爵と過ごした初日の夜は幸い安全な日だったけど、皇子宮に帰ってきた私は直接避妊薬を作って服用していた。
たびたびではなかったけど、その日以来、ハエリス公爵と私は時々一緒に夜を過ごしたからだった。
当然、私はハエリス公爵と私に似た子供を産みたいけど、まだ私の体は妊娠する準備ができてなかった。
このため、私たち二人に子供ができないように気をつけていた。
突然彼と一緒に過ごした2日前の夜を思い出すと、体中が赤くなりそうだった。
ハエリス公爵はまるで猫が掻いているかのように私の体のあちこちを彼の歯で軽く噛んだ。
あまりにも弱く噛んでいたので、あまり痛くはなかったけど、噛んだところがかゆくて、すごく妙な感じだった。
しかし、ハエリス公爵は何か私に色んな事をしたがっていて、熱心に我慢しているようだった。
なぜなら、上から私を眺める彼の表情がまるで飢えたオオカミのような表情だったからだ。
強烈な彼の目つきがまるで私を飲み込みそうな気がして、もしかしたら私が彼に徐々に捕食されているのではないか。という気がした。
「あら!何してんだ私!早く急がないと!」
私はいつもより速い足取りでダルニング皇子ドレスルームに向かった。
色々悩んだ末、高級感あふれる様々な模様がほのかに入った黒色の燕尾服と白いシャツを選んだ。
ダルニング皇子の寝室に到着すると、すでに目が覚めたダルニング皇子が綺麗に洗って私を待っていた。
私は燕尾服とシャツをダニング皇子に着せ、彼の髪と身なりをよく触ってあげた。
「わぁ!かっこいいですね!ダルニング皇子様!」
「本当?そう見える?」
「はい!勿論です!おば様の結婚式で一番素敵な紳士はダルニング皇子さんになると思います」
「フフッ!ありがとう。エレイン」
今日はダルニング皇子の末の叔母キャサリン王女の結婚式に出席する日だった。
キャサリン王女はフェルデン王国第3部族出身の王女だった。
本国ではなく他国での結婚だったため、ジュリエ皇妃とダルニング皇子は普段よりもっと気になるようだった。
キャサリン王女の母親出身が微賤であるため、自国で適当な結婚相手がいないため、他国のフィオール伯爵と格を下げて結婚することになった。
たとえ母は違っても、第3部族出身のジュリエ皇妃は同じ国に嫁いだ異母弟の結婚を気にせざるを得なかった。
しかし結婚式が始まってもいないのにジュリエ皇妃はもう疲れた表情になった。
まだ結婚式も挙げていないキャサリン王女をめぐり、貴族たちがあちこちで口をつついたからだ。
ジュリエ皇妃とダルニング皇子、そして私を乗せた馬車は、フィオール伯爵家のセベルチャン城に到着した。
城壁の上につたもみじがかなり趣きがあり、古風な雰囲気が漂っていた。
城の入り口には結婚式に出席する貴族の馬車で門前払いをした。
「エレイン!ダルニング!」
馬車から降りてみると、遠くに素敵な燕尾服を着たグレース公爵が見えた。
彼のそばには白い皇室の制服を着たカルロス皇太子もいた。
「久しぶりだね!ダルニング! エレイン!」
「兄様!先に来てましたね!」
「こんにちは、殿下!」
1ヵ月ぶりに会ったカルロス皇太子は、どこが痛かったのか、非常にやせて見えた。
「殿下…?今までどこか具合が悪かったんですか?顔色がちょっと悪いですね」
カルロス皇太子がにっこりと薄く笑いながら、私に近づいて耳元でささやくように言った。
「エレイン。君のせいで俺が大分痛かったんだ!」
「え?」
私が驚いた目でカルロス皇太子を眺めると、まるで冗談だったかのように片方をウィンクしながらほのかな笑みを浮かべた。
フィオール伯爵家の屋外に設けられたウエディングホールには、多くの貴族が親しく語り合って結婚式が始まるのを待っていた。
結婚式のゲストの中で最も目立つ人はやはりセレナだった。
彼女は春の花を思わせるピンクダイヤモンドの刺さった派手なドレスを着ていた。
ほれぼれする金髪を上手に編み上げた後、細工師が美しい髪飾りを挿したけど、一層成熟したように見えた。
多くの男性の視線がウェディングホールのゲスト席で一人で輝いているセレナに注がれた。
セレナは彼らの視線を適当に無視し、親交のある貴族の令嬢たちと話を交わした。
その時、フィオール伯爵家の男の侍従がダルニング皇子を確認し、私たちに近づいた。
「ダルニング皇子様、お会いできて嬉しいです。さあ、こちらへどうぞ」
私とダルニング皇子は、フィオール伯爵家の男の侍従の案内でウェディングホールに設けられていた貴賓席に座ることになった。
騒がしかった雰囲気がだんだん頻繁になっているのを見ると、もうすぐ結婚式が始まるような気がした。
今日、ハエリス公爵は多忙で結婚式の本式は出席できず、夕方にアフターパーティーに出席する予定だった。
私は幼くてアフターパーティーに出席できないダルニング皇子を連れて午後、再び皇居に戻らなければならなかった。
ハエリス公爵に会えなくて残念ではあったけど、2日前に彼と一緒に過ごしたので、これといった未練はなかった。
突然その夜のことを思い出すと、私の全身が熱くなるように暑くなった。
「エレインどこか痛い?顔がよく熟したトマトのように真っ赤だよ!」
「い、いえ。ダルニング皇子様。大丈夫ですよ。もうすぐ結婚式が始まりますね」
(パチパチパチ!)
フィオール伯爵家の屋外ウェディングホールで華やかで盛大な結婚式が始まった。
新郎は整った外見の素敵な男性で、新婦は異国的な外見が目を引く美しい女性だった。
政略結婚だったけど、二人の表情は明るく幸せそうだった。
結婚式の式の間中、私は心をこめて二人の幸せを願った。
結婚式の本式が終わった後、ゲストたちは主催側で準備した昼食を野外ホールで行っていた。
「ホホッ。見たの?恥ずかしくもなかいみたいだったよ?むしろ物凄く喜んでなかった?」
「まあ、半分の血でベイリオ皇国の伯爵家の長男を得たなら成功したんじゃない?」
「ホホホ。そうだよ。キャサリン王女の実母が洗濯していた女中出身なんだって?」
「プフッ、レベルの低い洗濯物を洗っていた女中にさわってできた子なんて!フィオール伯爵様も息子さんの結婚をさせる時、とても傷ついたでしょうね」
私は硬い表情のダルニング皇子を切ない目つきで眺めた。
ジュリエ皇妃は伯爵夫妻に会いに行き、私たちは遅い昼食を食べていた。
ダルニング皇子の叔母キャサリン伯爵夫人を悪口を言う貴族の令嬢たちと私たちはお互いに離れた場所にいた。
しかし、声が大きいのか、彼女たちの声が遠くからもはっきりと聞こえた。
恐らく彼女たちはダルニング皇子が自分たちの話を聞いていたのかよく分かっていないようだった。
「あの、ダルニング皇子様…」
「もう帰ろう。エレイン」
「はい、そうしましょう…」
人々で賑わうウェディングホールで、私たちは幸いカルロス皇太子とグレース公爵を見つけることができた。
3人は野外ウェディングホールに設けられたティーテーブルに座って明るく笑いながら会話を交わした。
私は親しい3人の兄弟と少し離れてじっと見ていた。
「あれ?久しぶりだね。エレイン?」
華やかなバラの花のようなセレナが爽やかに笑いながら私に近づいてきた。
「こんにちは、セレナ様!」
「ホホ!あんたも耳はあるから聞こえるだろ?今ひそひそ話している話よ…」
私は固い表情でセレナをじっと見つめた。
セレナは明るい笑顔で私のそばに寄り添って耳元に小さくささやいた。
「これがあんたの未来の姿だわ、エレイン…。ふっ!あ、これは助言とか忠告じゃないよ?余計な誤解はしないで」
いんぎんに怒らせるセレナの言葉に私の手に拳が自ずと握られた。
しかし、他人の良い結婚式の日に迷惑になりそうで、答えられないままじっと我慢するしかなかった。
セレナは私に対して露骨な笑い方をし、優雅な足取りで花嫁を悪口をしている群れに入って座った。
彼女たちは互いに和気あいあいと語り合って笑いの花を咲かせた。
昼食の時間が終わると、私はダルニング皇子とともに皇居に出発した。
フィオール伯爵家セベルチャン城にもうちょっといたら耳だけ汚れそうだった。
***
(ポヨロロン)
フィオール伯爵家セベルチャン城にいつの間にか夜が訪れた。
暗闇を照らすパーティー会場のシャンデリアの照明がとても美しく輝いた。
フィオール伯爵家の長男デーモンとフェルデン王女キャサリンの丁重な挨拶でアフターパーティーが始まった。
安らかなクラシック音楽が流れるパーティー会場には、キャサリン王女に対する悪口が依然として飛び交っている。
ハエリス公爵は洗練された紺色の燕尾服姿でテーブルに一人座って優雅な姿でワインを恍惚とさせた。
貴族たちの騒ぐ話が興味深く彼の周りを放浪したが、彼はまるで自分だけの世界にいる人のように一人で格好よく見えた。
多くの貴族の令嬢たちは、慕う目つきで、ハエリス公爵に近づくことはできず、唾をごくり上げていた。
その時、腰のくびれた白いイブニングドレスを着たセレナが、ハエリス公爵に近づき、彼の耳元に何かささやいた。
ハエリス公爵とセレナが席を共に立ち上がってどこかに向かうと、貴族令嬢たちのため息と嘆きが続いた。
二人の姿があまりにもよく似合っていて、口数の多い貴族の令嬢たちもむやみに口を開くことができなかった。
セベルチャン城の中の人通りの少ない庭園に、ハリス公爵とセレナが向かい合った。
白いイブニングドレスを着たセレナはやはり美しかったが、見違えるとまるで彼女が結婚した花嫁のように見えた。
「どうしたんだ?セレナ?」
美しいセレナの姿にも、あまり興味のないハエリス公爵が何気ない表情で彼女に話しかけた。
セレナは人を惑わすような魅惑的な笑みを浮かべながら、ハエリス公爵をじっと見つめた。
「ただ…。久しぶりにハリと2人きりでいていいね!ハリは私とこんなに二人きりでいるのが嫌なの?」
セレナはキツネのように愛嬌を振りまきながら微笑みかけた。
「ふむ、言うことないみたいだな。俺はもう帰ることにしよう」
ハエリス公爵が後ろを向いて数歩歩くと、すぐに彼女の背中に柔らかい女性の胸が感じられた。
セレナはハエリス公爵を後ろからぎゅっと抱きしめ、切ない声で口を開いた。
「行かないで。ハリ…。一緒にいたいの」
しかし、ハエリス公爵はまるでゴキブリが自分を触ったかのように真顔でセレナを引き離した。
「困るな。これからこういうことはないでほしい」
ハエリス公爵が断固たる表情でセレナに話すと、エメラルドのような彼女の目から澄んだ涙があふれた。
「ハリ、素直になろう…。私たちお互いに付き合ってはいないけど、お互いにときめいたことがあるじゃないの」
セレナの言葉にハエリス公爵が黙って頷いた。
彼女の美しい顔には一筋の希望の光が明るく輝いていた。
「私が遅れてごめんね。私はカルとハリと二人の中で到底誰一人だけを選ぶことができなかったの。二人とも私にはとても大切な人だったんだから…」
ハエリス公爵に哀れなまなざしを送ったセレナは自分の言葉を継いだ。
「でも、もう分かったわ。私の感情を…。ハリ。私は君を愛している。遅れてなから嬉しいな」
まるで一匹の蘭の花のように切ない表情をしていた彼女が、ハエリス公爵をじっと眺めた。
ハエリス公爵は困惑した表情でセレナに口を開いた。
「すまない、セレナ。俺は愛する人がいる…。君にもいい人ができることを願う」
丁重な彼の拒絶にセレナの美しい唇にくすくすとあざ笑われた。
「もしかしてメイド出身のあのエレインのこと?」
「知っていたんだな。そう。合ってる」
「ふっ、ハリ、それはないわ…。今日このパーティーに来て直接見て感じたことはない?公爵閣下とメイド出身の女性との愛なんて三流雑誌とか小説とかに出てくる話だよ!ハリ!ハリは三流小説の主人公じゃないだでしょう?私をまっすぐ見て。私は君に合う最高の女になってあげることができる。私たちバルタン家で君を支持すれば皇帝にもなれるのよ…。こんな私をそのまま捨てるのはもったいなくない?」
ハエリス公爵は冷たい目でセレナの頭の上からつま先まで目を通し、彼女の話に耳を傾けた。
セレナは真剣な表情で自分の言葉を続けた。
「ハリ。愛の遊びを続けたいなら、続けて。恐らくエレインはハリの愛人の地位も過分だろうね。二人の間に子供を産んだら私が育ててあげることもできるよ。半分の血だけの子でも、君の子なら私もある程度は責任取ってあげわ…。勿論、母がメイド出身の女だから、子供は正式な貴族爵位はもらえないけどね。まあ私たちの世界はみんなそうやって生きているんじゃないの?どう?これくらいの条件ならいいんじゃない?私は十分譲ったわ。ハリ」
ハエリス公爵の黒真珠のような黒い瞳に怒りの色が浮かんで消えた。
しばらく沈黙していたハエリス公爵が突然そっと微笑んだ。
彼の赤い唇の口元がそっと上がると、セレナの胸は絶えずどきどきした。
「セレナ…」
かすかに自分の名前を呼ぶハエリス公爵のセクシーな声にセレナは顔が熱くなるような気分だった。
何だか今夜、ハエリス公爵と濃い口づけをすることになりそうだという不思議な気がした。
セレナは唇を舌で軽くなめてしっとりさせ、奥ゆかしい目つきで彼を見つめた。
「うん、ハリ…。言って」
「俺がよく知らないから聞くけど、三流ロマンス小説に公爵とメイドと愛する素材がそんなにたくさんあるのか?」
突拍子もないハエリス公爵の質問にセレナはとても面食らった表情になってしまった。
ひっきりなしにどきどきしていた彼女の心臓に急に冷たい霜が舞い降りたようだった。
「た、たくさん出てくるよ。だから三流じゃない…?ハリはそんなことに気を使う必要はないわ。ハリは誰が何と言っても一流だわ。このベイリオ皇国で!」
(スタスタ)
ハエリス公爵はセレナに数歩近づいて彼女の耳元でささやくように言った。
「エレインと共にする愛なら何でも大丈夫。俺が三流小説の中でのメイドに狂った主人公の公爵でも俺は構わない。これからは三流小説を読みながら勉強をちょっとしてみなければならないな。それらの小説で公爵が愛するメイドに何をしているのかがとても気になるからな」
「な、何?頭大丈夫?ハリ、しっかりして!あの子と私たちは生きる世界が違うって…!みんな君をあざ笑うよ。エレインもあざ笑われるからね!二人が生んだ子供もあざ笑われるだろう!今日のキャサリン王女のようにね!」
セレナは訴える力のある声でハエリス公爵を説得した。
しかし、ハエリス公爵は冷たい目つきでセレナを見つめながら言った。
「俺は誰だ?セレナ…?」
「ベイリオ皇国ハエリス…こう、公爵閣下」
「そう。これから俺をハリと呼ばないでほしい。俺とエレインは平凡に結婚するし、俺たち2人に似た子供が生まれるはずだ。そして俺が持っている全てのものをその子に譲るよ。セレナ」
ハエリス公爵の言葉に美しかったセレナの顔は酷く歪んだ。
「ハエリス公爵閣下…、世の中は二人ともあざ笑うでしょう。後悔しませんか?二人が本当に幸せに暮らすことになると思いますか?」
セレナの言葉をじっと聞いていたハエリス公爵の鋭い目つきがまるで綺麗な半月のように曲がった。
「ふーむ…!三流小説ではそういう結末を普通こう呼ぶんだよね?」
「……?」
「ハッピーエンドだと…」
ハエリス公爵がセレナに向かって離れている所を指しながら口を開いた。
「さあ、俺はもう終わったし、あっちに行かないとね?」
「……?」
セレナが後ろを向くと、数人と楽しい会話を交わすカルロス皇太子が見えた。
ハエリス公爵はにっこり微笑みながらぼうっと立っているセレナのそばを悠々と通り過ぎた。
セレナはしばらくの間その場から動けず、自分のドレスの裾をぐちゃぐちゃに丸めた。




