第67話 ハエリス公爵の失踪(1)
(ゴーゴー)
その日は春雨が空からまるで滝のように降る日だった。
私はいつものようにダルニング皇子のお茶と茶菓をキッチンで一生懸命準備した。
数日前、皇室の医員局でギランス王国だけで自生するという貴重なオクバッキの茶葉をもらってきた。
外見は前世のわらびのような形をしているけど、よく乾かしてお茶としたら苦い香りと味がまるで緑茶に似ていた。
ダルニング皇子の口にも合いそうで、ナッツ入りクッキーをオーブンで焼き上げ、苦々しいオクバッキのお茶を濃く淹れた。
「フッ。ダルニング皇子様のお口に合えばいいな」
私はワゴンの上にお茶と茶菓を載せてダルニング皇子のいる書斎に向かった。
「ザーザー」
「今日に限って本当に雨がたくさん降ってるね。うう。寒い」
皇子宮の廊下の窓には、まるで真夏に降る梅雨のように雨水が激しく当たっていた。
「ピカッ」
その時、カメラのフラッシュが爆発するように周囲が光り輝いて、やがて天地を揺るがす雷の音が大きく鳴り響いた。
「ゴロゴロ!」
私はちらちら光る稲妻に一瞬閉じた目を再び開けた。
私の目にはグレース公爵が雨に塗れたまま廊下に一人立っているのが見えた。
私は自分が何か見誤ったのかと思い、服の袖で両目をこすって、廊下を見返した。
「グレース公爵閣下!」
私はすぐにワゴンを立てて、素早く彼のところに駆け付けた。
グレース公爵が雨にびしょ濡れになり、全身を震わせながら寒がっていた。
どんなに長い間雨に降られたのか、彼の肌と唇が真っ青になったようだった。
私は急いでスカートのポケットからハンカチを取り出してグレース公爵の顔を拭いた。
「グレース公爵閣下、一体何があったんですか?なんでこうしてるんですか!私が乾いたタオル持ってきます。一旦早くダルニング皇子様の部屋に入って暖かい暖炉で体を温めてください」
私はグレース公爵の腕を急いでつかんで、彼をダルニング皇子の書斎に連れて行こうとした。
しかし、彼はその場に立ち往生して悲しい眼差しで私を眺めた。
一瞬、私の心の中からある不吉な予感がした。
「エレイン…」
グレース公爵の丸くて大きな目から大粒の涙がとめどなく落ちた。
私はさっき雨水をふいてびしょ濡れのハンカチを絞って流れる彼の涙をふいてあげた。
やっと自分の感情を落ち着かせたグレース公爵が口を開いた。
「エレイン。ど、どうしよう。僕の兄様が、ハエリス兄様が•••。消えたんだって」
「え?」
急に私の心臓が地面に「ドン」と落ちるような気がした。
私は震える眼差しでグレース皇子の真っ青な唇がまた開くのを黙って待っていた。
「今このことは極秘だから何人かだけ知っているけど…。エレインには必ず言わなければならないと思ってそれで駆けつけたよ。カル兄様が、ハエリス兄様を探しに行くと思う」
彼の言葉に私は足に力がなくなりつい床に座り込んでしまった。
「エレイン!大丈夫?」
グレース公爵が私を心配そうに見つめながら途方に暮れた。
私は必死になってグレース皇子を見つめながら、震える声で口を開いた。
「どこへ…、どこで消えたのかご存じですか?グレース皇子様?」
「うん…。フェルデン王国の国境で」
いつもハエリス公爵に会うたびにぐずぐずしていたけど、それでも兄が自分のために全身を捧げて守ってくれていることをよく知っていたようだった。
私はぶるぶる震えているグレース公爵をじっと抱え込んでいた。
「エレイン、僕怖いよ…。ハエリス兄様が…、すごく会いたい」
「大丈夫です。何事もないはずです」
私は頑張って落ち着いて笑みを浮かべながら、グレース公爵をダーニング皇子宮の書斎に連れて行った。
ダルニング皇子が書斎に入ったグレース公爵を見てびっくりして戸惑った。
私は客の部屋の浴槽にお湯を注いだ後、後のことはドロシー夫人とメイドのセリンに頼み、カルロス皇太子のいる宮を訪れた。
急いでベイリオ皇居を去ろうとするカルロス皇太子とその騎士たちが見えた。
「カルロス皇太子殿下!」
皇太子の宮の廊下で立っている私を発見したカルロス皇太子の顔が固くなった。
「ちょっとここで待機してくれ…。お入りください。エレイン」
カルロス皇太子は私を自分の執務室に連れて行った。
彼は「何か気に入らない」という目つきでしばらく私を眺めて、薄くため息をついた。
「エレイン。もしかして、ハエリス公爵の知らせを聞いてやってきたの?」
「はい…」
「はぁ…。グレースに極秘だと言ったのに。ふぅ…、そう。そうなったよ。今一週間目、ハエリス公爵が皇居と連絡がとれてないんだ。それで今確認しに出発中だったよ。ハエリス公爵に大したことはないだろうから心配するな、エレイン」
カルロス皇太子が慌てて立ち上がった。
「俺はもう出発しなければならない。事案がちょっと急だから」
「ちょっと待ってください、殿下」
急いで出発しようとするカルロス皇太子をつかまえて、勇気を出した。
「殿下…。私も一緒に行っていいですか?」
カルロス皇太子の青緑色の両目に、まるで花火が「パッ」と跳ねるようだった。
「はぁ、ずっと気になってたんだけど…。ハエリス公爵とどんな関係なの?エレイン?正直に言ってほしい」
真摯な彼の表情に私は勇気を絞り出してカルロス皇太子に答えた。
「ハエリス公爵は…、私が愛する男です」
「何?」
私の返事がとてつもなく荒唐無稽だったのか、カルロス皇太子の体が一瞬揺れた。
「大丈夫ですか?殿下?」
私が心配しながら聞くと、カルロス皇太子が気を取り直して苦笑いしながら私を眺めた。
「はぁ…。やばいな」
「…?」
「見た目と違って本当に素直すぎるね。エレイン?愛する男だから、ハエリス公爵を探しに行きたいということ?」
「はい…、本当に心配になりますので。私も一緒に行きたいです。殿下」
「はぁ、まさかエレインの一人だけの感情ではなく、ハエリス公爵とすでに心を分かち合ったのか?」
カルロス皇太子の青緑色の緑眼が私をじっと見つめていた。
なんだか彼の眼差しが悲しすぎて、一瞬変な気分になった。
⦅まさか…?⦆
カルロス皇太子がセレナを大変愛していることをよく知っているので、ふと思い浮かべる考えを強いて吹っ飛ばした。
「はい、お互いに愛し合ってます。殿下」
「はぁ…、エレイン!それ知ってる?俺は今ものすごく大きな傷をついたよ」
「はい?」
何か前後の意見が合わないこの状況が頭の中でよく理解できず、カルロス皇太子をじっと眺めた。
いつの間にかカルロス皇太子がいたずらそうな表情をし、首を横に振って笑った。
このすべてが彼の意地悪だと気づいた私は胸をなで下ろした。
一瞬カルロス皇太子が私を「理性として思っているのではないか」というとんでもない気がしたけど、幸いにも私の勘違いだった。
「はぁ、そう…。一緒に行こう、エレイン」
「ありがとうございます。殿下…」
私はダルニング皇子に休暇を申請し、簡単な服に着替えた後、カルロス皇太子とともにフェルデン王国の国境に向かうことになった。
「パカラッパカラッ」
ベイリオ皇国の皇室にも領地ごとに連絡所があったけど、ハエリス公爵の連絡所よりは数と規模はそれほど大きくなかった。
私たちは5日間馬と馬車に乗り継いでフェルデン王国の国境に到着することができた。
国境にあるベイリオ皇国の連絡所に到着した私たちは、そこの人から様々な情報を得ることができた。
カルロス皇太子の黄金ドラゴンの騎士団の一人が彼に報告した。
「殿下、ハエリス公爵はフェルデン王国の国境を2週前に通過したようです」
カルロス皇太子とヤン男爵はしばらく何かを相談して商団に偽装してフェルデン王国の国境を越えることになった。
私たちは偽装用馬車と荷車を引いて国境でさらに1日走り、フェルデン王国の「デルテニング」という都市に到着することができた。
フェルデン王国の国境に位置し、あらゆる商業が発達した規模の大きな都市だった。
異国的な都市の風景と人々の変わった身なりが非常に見慣れない感じがした。
カルロス皇太子の随行員であるヤン男爵の言葉によると、フェルデン王国は領土の2/3が草原と砂漠だという。
独特なことにフェルデン王国は10種類の部族が連合した連邦国だった。
一つの家門が国家を治めるのではなく、10の部族長がすべて王だと言った。
だから、ある意味力の弱い10の小国が一丸となって一つの国になった独特な形の国だった。
フェルデン王国は、前世のアラブ古代国家のように、街ごとにドーム状の建物の屋根が随所に目についた。
通りを通る女性の伝統服飾が少し変わっていたけど、胸を布で包み込み、素肌が現れたへその下に長いスカートをはいた。
ややもすると非常にエッチな服装になるけど、幸い上着は肌の透け感の少ない薄いカーディガンに腰を長い紐で結んだ。
男性たちは頭巾をかぶり、紐で鉢巻を巻いたけど、伝統模様のシャツとズボンを履くとても手軽な服装だった。
なぜか男性の服は前世でアラブ圏の人々が着ていた服と凄く似ているように見えた。
この世界に憑依し、一度もベイリオ皇国から抜け出したことのない私は、他国の文化がとても興味深く感じられた。
「殿下。そちらにご案内します」
カルロス皇太子の側近であるヤン男爵が私たちを都市郊外のある邸宅に案内した。
おそらくフェルデン王国のベイリオ皇国の秘密支局のような所だった。
大邸宅ではなかったけど、外から見ると準貴族や庶民の中産層が住む平凡な邸宅に見えた。
邸内にはいくつかの部屋とシャワールームが設けられていて、おかげで久しぶりにさっぱりと洗えた。
シャワー後、私が持ってきた服の中で、一番綺麗なものに着替えてみたら、数ヵ所穴が開いていた。
どうやら乾燥した砂漠の砂風で布がかなり裂けていた。
どうすればいいのか困っていたところ、ヤン男爵の随行員が、私の部屋の宿舎にフェルデン王国の伝統衣装を持ってきた。
「どうしよう。これをどうやって着るの?」
胸を覆う包帯のような長い布地を持った私は、全身鏡の前でしばらくびくびくした。
穴がいくつも開いている服を着ているが、この服を着ているが、なぜかあまり差がなさそうだった。
しかし、フェルデン王国に来たので、フェルデン王国の伝統衣装を着るのが正しいような気がして、勇気を出して一回試着することにした。
自分で着てみたら思ったよりもっと派手だったで仕方なく長いカーディガンの紐を最大限強く締め付けている。
前世でも一度も着たことのないビキニ水着を(?)着た感じだった。
幸いにもスカートが足首まで長く来るということが、私の心のささやかな慰めになった。
着飾った私はカルロス皇太子とヤン男爵がいる会議室の前に立った。
「トントン」
ヤン男爵がドアを開けて私の姿を確認した後、私に道を開けてくれた。
カルロス皇太子とヤンは、洗う暇がなかったのか、着ていた服のままフェルデン王国の地図を見ながら話し合っていた。
カルロス皇太子が会議室の中に入った私をじっと見つめていたところ、突然顔が真っ赤になって顔を背けた。
私は気まずい顔をして彼に気まずそうに笑った。
「殿下、服がちょっとあれですよね。私も着ながら、すごく恥ずかしかったんです。でも、ここはこういう着方なので私も仕方がなくて」
「そ、そっか。分かった」
カルロス皇太子が恥ずかしさを収拾し、ぎこちない表情で席に座れと言ってくれた。
私は注意深く会議のテーブルの椅子に座りカルロス皇太子、ヤン男爵と向き合った。
「今、ハエリス公爵の連絡が途絶えた時点について議論していたよ。ハエリス公爵が新年祭の事件を直接調べていたけどね。エレインのおかげで誰かの計画で事が起こったことを把握したけど、今このすべては極秘だよ。特にベイリオ皇国の中央貴族15人が死亡し、150人の騎士、兵士が死亡したり怪我をしたからね。見過ごせる事案じゃないんだ。全てのことに慎重でなければならない」
「はい」
私はカルロス皇太子の話を聞いてじっくり考えた。
背後に母親のレインネ皇妃の死とグレース公爵の中毒、そして数多くの事件が繋がっているため、ハエリス公爵の心が非常に焦っていたようだった。
カルロス皇太子が慎重な表情で自分の言葉を続けた。
「その時毒を広げた群れの一部を山でやっと捕まって尋問する時に、ここ「デルテニング」という都市の名前が出たんだ。あの時計画を主導した人員の名簿の一部を持った商人が存在すると言ってたんだ…。我々はついに敵の頭をつかめるのではないかと期待した。ところで、もしかしたら敵の罠ではないかと思い始めたんだ…」
カルロス皇太子の言葉に私の心臓がドンと底に落ちたようだった。
ドキドキする気持ちを頑張って落ち着かせた私はカルロス皇太子に聞いた。
「それでは、ハエリス公爵閣下と騎士たちはどこにいるのでしょうか?もし敵につかまっていたら…」
「時間の都合上、まだ商団の監獄みたいな所にいるんじゃないかな?」
「では、商団の名前はご存知ですか?」
「うん。ジュディオ商団ってフェルデン王国で規模が少しある商団だよ」
「そうなんですね…。それでは潜入するつもりなのですか?」
私の質問にカルロス皇太子が突然ため息を深くついた。
彼の隣に座っていたヤン男爵が代わりに口を開いた。
「皇居ほど警戒が厳重で、この人員では潜入できません。万が一無理に潜入して問題が起きて国家間の問題になると…。それが本当に困難な状況です」
固い私の表情を眺めたカルロス皇太子が真剣に口を開いた。
「心配するな、エレイン。俺たちもどうにか方法を探しているから。明日ジュディオ商団に大きな宴会が開かれるらしいから、とりあえず俺たちは何人でも入ってみようと思う」
「殿下。じゃ、私に行かせてください」
カルロス皇太子が突然声を荒げて深刻な表情で話した。
「ダメだよ、エレイン!ここまで来ただけでも、エレインがどれだけハエリスを好きか分かる…。でも、絶対にダメだよ。 自分を守る力もない勇気は勇気ではない。無謀なだけだよ。ややもすると他の人まで怪我をしかねないんだ!」
私はカルロス皇太子を見つめ、真剣に口を開いた。
「殿下、私が一番得意なのは解毒ではありません…」
「何?」
「私は毒を一番上手く作ります…。今までお話ししない理由は、あまり毒を使うことがなかったからなんです。明日、私が宴会に入って睡眠毒を撒きます。市販の睡眠毒より100倍効果があるはずです。その隙を狙って殿下と騎士たちが監獄や商団を捜索してください」
私の言葉にカルロス皇太子とヤン男爵の瞳が大きく揺れた。
しばらく深く沈黙していたカルロス皇太子が再び口を開いた。
「それでもどうやって潜入しようと思ってるの…?商団で身分を徹底的に確認して、私たち側の人員も命をかけて入るんだ。もしエレインが睡眠毒を作ってくれたら私たちがかけてみるよ…」
「恐らく短い時間に少人数では行事に来た人を全員中毒させることはできないと思います」
「では、エレインにはどんな方法があるの?」
カルロス皇太子が疑問な目つきで私をじっと眺めた。
「はい、それで私が踊ってみようかと思います」
「え?ダンス?」
カルロス皇太子とヤン男爵は当惑した表情で私を眺めた。




