第65話 毒に倒れたエレイン(2)
「うう…」
私は全身が燃え上がるようなひどい渇きを感じながらやっと目を覚ました。
まるで霧が立ち込めていたかのようにぼやけていた私の視野に、徐々に見慣れない場所の天井が見えた。
ここは皇室狩り場の兵舎ではないように一目で見ても高級な天井の壁紙のようだった。
「わぁ、目が覚めた!エレイン!」
グレース公爵の嬉しい声が私の頭蓋骨を「ガンガン」と大きく響いた。
「大丈夫か?」
かすかに震えているハエリス公爵の声にやっと両目に力を入れた。
ぼやけていた視野に次第に焦点が当てられると、悲惨な没後のハリス公爵が一目で入ってきた。
猛獣の血まみれのよろいを着ているハエリス公爵が心配そうな表情で私を眺めていた。
私は体中に力が全くなかったけど、やっと力を出して起き上がって座った。
「あの…。み、水を」
「うん!待て!」
グレース公爵が部屋のテーブルの上に置いてあったやかんから水を注いで私にコップを渡した。
私がガタガタ震える手でコップを握ろうとすると、ハエリス公爵がコップを受け取って水を飲ませた。
「体の調子はどう?大丈夫か?」
私はむしろハエリス公爵に大丈夫かと聞きたかった。
「はい、大丈夫です。グ…レース公爵閣下、ご無事だったんですね。良かったです。ダルニング皇子様も無事ですよね?」
「うん。僕たちは皆無事だよ。これは全部エレインのおかげだよ…、僕たちを助けようとしてこうなったと聞いたよ。ありがとう、エレイン」
グレース公爵の大きな瞳に涙が浮かんで、たちまち涙がぽろぽろ落ちた。
私はすすり泣くグレース公爵のか細い肩を軽く叩いてあげた。
「私は大丈夫ですよ。もう治りました。心配しないでください」
「うん!エレインがまた目を覚まして本当に嬉しいよ!!」
「な…何日経ったんですか?あと、ここはどこですか?」
「3日経った。ここは僕の領地の屋敷だよ。皇居まで移動するとエレインが大変そうだったから、ハエリス兄様とこちらに連れてきたの….。猛獣たちが人を攻撃するとはね。それでもエレインのおかげでこの程度で事が収まったみたい」
グレース公爵は私にその間のことをじっくりと説明してくれた。
私は彼の説明を聞いてそれでも幸いだと思い、ゆっくり頷いた。
いきなりグレース公爵が横目でハリス公爵を何度もちらっと見つめた。
しばらく悩んでいた彼がぎこちない笑みを浮かべながら、渋い表情で口を開いた。
「僕は下に行って、カル兄様とセレナ姉さんを呼んでくる…」
グレース公爵がまるで逃亡するかのようにさっさと部屋から抜け出した。
私は首を回して、私の傍に座っているハエリス公爵をじっと見つめた。
ハエリス公爵の黒真珠のような黒い瞳の中には、多様な感情が入り混じっていた。
彼は目で私を描くようにとめどなく見つめ、何度も開けない口を開こうとしていたけど、結局開けなかった。
いつも冷静に見えたハエリス公爵から一度も見たことのない姿だった。
これまで水を一口も飲めなかった人のように、彼の顔はとてもやせて見えた。
「大丈夫ですか?少しでも寝たんですか?顔色があまりよくないです」
心配そうな私の言葉に彼はやっと口を開けて私に聞いた。
「エレイン。君が…、俺の邸宅で働いた時にさ…」
「はい?」
ハエリス公爵のからからに乾いた唇が何だかぶるぶる震えているようだった。
これ以上言葉を続けられない彼が心配で、慎重に近づいて彼の顔をじっと撫でた。
「ハエリス公爵閣下、もう私は大丈夫です。だから心配しないでください」
赤くなった彼の目もとから涙が流れ出て、私の手の甲の上にぽたぽたと落ちた。
私は驚いた表情でハリス公爵の顔をじっと見つめた。
彼は自分の心臓のあたりを強く握り締めてまともに息を吐き出せなかった。
「公…爵閣下?だ、大丈夫ですか?」
「はぁ…。その時も…。毎回こうやって毒を飲んで…、苦しんだのか?」
ハエリス公爵が何とか吐き出した言葉に急に私息が詰まってきた。
私を見つめるハリス公爵の目つきがあまりにも悲しそうで何と言えばいいか分からなかった。
いつの間にか私の目からも太い涙がぽたぽたと落ちた。
(スッ)
私は彼を私の胸に深く抱いて、じっと彼の肩と背中を叩いた。
ハエリス公爵の熱い涙がいつの間にか私の胸元の襟に湿らせた。
「私は大丈夫です、ハエリス公爵閣下。本当です」
ハエリス公爵と私はしばらくお互いの体温を感じながら強く抱き合った。
まるで短距離競走をしたかのように、速くドキドキする心臓の鼓動がお互いにそのまま感じられた。
私はこの世で私のために涙を流してくれる人がいるということが、そしてその人が私の愛する人だということに感謝の気持ちを感じた。
やっと自分の感情を落ち着かせたハリス公爵が私の胸から抜け出して私の顔をじっとなでた。
「一体その毒は何で食べたの?エレイン」
「ごめんなさい。うっかりしていました。猛獣にだけ聞く麻痺毒を作るために、私が持っていたペパーミントキャンディを全部使ってしまいました」
「は?」
「麻痺毒を再び作る薬草はなかったのですが、グレース公爵閣下とダルニング皇子様がベテルニー山脈にいるというので。急いで毒を作るためにペパーミントキャンディを使い切ったのを忘れてしまいました」
「はぁ…。本当に、二度とこんなことは起きないで欲しい。俺の心臓が溶けてしまいそうだから!」
「心配かけて本当にすみませんでした…」
ハエリス公爵の乾いたざらざらした唇が私の唇の上に忍び寄った。
彼の熱い息遣いが私の頬に響いてとてもかゆかった。
(チュッ)
私とハエリス公爵は互いの息遣いを感じながら深い口づけをした。
カルロス皇太子とセレナを連れてくると言って出かけたグレース公爵はしばらく経っても来なかった。
おかげさまで、私は温かいお互いの体温を十分に感じることができた。
いつの間にか私の瞼が重く下がっているのが感じられた。
「私…、眠いです」
「うん、ぐっすり寝て。エレイン」
私を抱いていたハエリス公爵がベッドに私を寝かせ、ふわふわとした布団を胸まで引き上げてくれた。
「ハエリス公爵閣下…、もうシャワーもして食事も召し上がってぐっすり寝てください。お分かりですよね?」
「分かった。心配しないで寝なさい」
「はい…」
ハエリス公爵の口元に穏やかな笑みが浮かんだ。
深い眠りに落ちる中でも彼の笑顔が本当に素敵だと思った。
私が再び目を覚ました時は、ハエリス公爵はカルロス皇太子とともにすでに皇居に発った後だった。
おそらく、今回のベテルニー山脈で起きた事件のため、緊急な仕事を処理するために出発したようだった。
グレース公爵の邸宅に残っていたセレナは以前のように明るく親切にはしなかったけど、ある程度私が元気を出すまで黙々と面倒を見てくれた。
(コツコツ)
金髪の美しい白衣の天使セレナが薬を持って私を訪ねてきた。
「エレイン、もう体の体調はほぼ回復しているようだね…。本当によかったわ」
「ありがとうございます、セレナ様。おかげさまで大分良くなりました!」
セレナは持っていた薬を私に渡し、じっと私を見ていた。
私は少し不便だったけど、そぶりも見せずに薬を飲み終えた後、彼女に頑張って微笑んでみせた。
「今日、私はバルタン家に帰るの。もうある程度回復したようだから家に帰ろうと思ってるわ…」
「これまで私を治療してくださって本当にありがとうございました。セレナ様…」
私が丁重に頭を下げて挨拶すると、彼女は苦い笑みを浮かべながら私を睨んだ。
しばらくぬるく眺めていたセレナの目つきがまるで鋭い凶器のように冷たく変わった。
「あのね。私が助けたくない患者もいるということを今回初めて知ったわ…。フフッ」
セレナは氷のように冷たい目つきで私の姿をゆっくりとこき落としながら言った。
「エレインには感謝の挨拶は聞きたくないわ。エレインを助けたのは私じゃないから…. 。考えてみるとエレインは本当に運がいいわね。よりによってその毒の解毒剤をハリが持っているとは。そういえば、ハリの邸で使用人として働いていたエレインが偶然グレース皇子様を救ったということも、またその功で貴族だけができる保母の仕事もしたということも運がとても良かったわ。この程度なら運も能力と呼べるくらいだよ。これは羨ましいと言えばいいのか、呆れると言えばいいのか。今がぴったりだよ!エレイン。皇室のメイド!それなりに身分上昇したじゃないの? 遅れたけどおめでとう」
毒舌を浴びせる彼女に、私は何とも答えられず、つい唖者のようになってしまった。
しばらく呼吸を整えていたセレナは、華やかではあるけど、冷たさのこもった笑顔を浮かべながら口を開いた。
「エレイン、単刀直入に聞くわ…。ハリとどういう関係なの?あまりにも気になって我慢できないの」
セレナのエメラルドのような青い瞳が私の目を穴が空くほどじっと見ていた。
私は彼女の目を避けずに頑張って勇気を出して口を開いた。
「ハエリス公爵閣下と私はお互い愛しています」
彼女の顔に当惑とあっけらかん、そして嫉妬心が素早く通り過ぎた。
私の話があまりにもあきれかえってたのかセレナは大笑いをしながら首を横に振った。
「プハッ!何?あなたとハリは愛する仲だと?本当にあり得ない!あなただけの錯覚だろう?私の考えではあなた一人だけの錯覚のようだわ。ハリがあなたみたいなものを愛してるって?親もいない孤児に身分の卑しいあなたを?エレイン、私が一つ教えてあげようか?あなたはどうあがいても!」
興奮したセレナの声がどんどん高まると、私は淡々とした表情で彼女に言った。
「いいえ、セレナ様。教えてくれなくても結構です。そしてこれから私に忠告、助言しなくてもいいです」
「何?」
「私はセレナ様がこれ以上線を越えないでほしいです。ハエリス公爵と私の事は錯覚だろうが錯覚じゃないだろうが私の事です」
「は?何だって?」
セレナは当惑した表情で息をせかしたあと、私を睨みながら唇を噛みしめた。
私は心の痛む私の感情を頑張って隠し、彼女に無理やり微笑んでみせた。
私の一番好きなキャラクターだったヒロインのセレナと私は今日で立場が整理されそうだった。
創作者として彼女に申し訳ない気持ちがなくはなかったけど、この世界はすでに私が設定した世界からかなり離れた世界だった。
ハエリス公爵に対する私の気持ちと私に対する彼の気持ちが同じだからこそ、最善を尽くして愛を守りたかった。
「セレナ様、どんなに親しい間柄でも忠告や助言をするのは難しいことじゃないですか。ところで私とセレナ様。あまり親しくないと思いますが、なぜ様々な忠告や助言を口実におっしゃっているのか聞いてもいいですか?もしかして、ハエリス公爵閣下のことが好きなんですか?」
露骨な私の質問にセレナの美しい顔が醜く歪んだ。
私は、私の一番好きなヒロインの歪んだ顔を見て、心の片隅が寂しくなったけど、彼女の目を避けなかった。
彼女は両手をぶるぶる震わせ、私に口を開いた。
「あん、あんたは結局ハリの愛人にしかなれないのよ!そう!あんたが愛人の地位でも良ければ止めることはできないでしょうね。その地位もあなたには過分な地位だから…!愛だって??あんたはただ愛ごっこなんかをしてるのよ…。常識的に考えてみて!ベイリオ皇国の公爵がメイド出身なんかを?あり得ないんじゃない?」
心の片隅で彼女が私たち二人の愛を祝ってくれることを望んだ。
しかし、それは私のエゴイズムだということに気付くことができた。
こんなに美しいセレナが愛の前で醜く歪むことができたように、私も私の愛を守るために息を一度大きく出してはっきりと話した。
「セレナ様、これが線を越・え・て・るってことです。もうどうかおやめください…。私はセレナ様の話を聞いて行動する人形ではありません。私も私の感情があります」
今のセレナの話し方、行動が何だか前世の母が見えるようだった。
まるで巨大な嵐が吹き荒れたかのように部屋の中の空気が非常に冷たくなった。
セレナは自分の怒りに耐え切れず、部屋のドアをバタンと閉めて外に出ていった。
彼女が出ると、全身がぶるぶる激しく震えてきた。
頑張って堪えていたけど、全身の血がどっと抜けたようにぞくぞくと寒くなった。
セレナに全ての力を使い果たした私は、ほぼ倒れたかのように深い眠りに落ちた。
***
(ガチャン)
(ダダッ)
(ガーン)
リリア皇妃宮の寝室には、まるで地震でも起こったようにまともな什器が一つもなかった。
ローレン夫人と侍女たちは、リリア皇妃を止められず、状況が静まるのを待っていた。
しばらくした後、汗でびしょ濡れになったリリア皇妃が手を振りながら周りの侍女たちを追い出した。
彼女は隅が壊れているが、この中では座れる椅子に座ってしばらく息を整えた。
「ふぅ、そう、探してみましたか?」
「はい…、これです」
女中長のローレンが紐で結んだ薬草の山を慎重にリリア皇妃に差し出した。
リリア皇妃がその薬草をもらって優雅な身振りで匂いを嗅いだ。
「毒を作る腕が悪くないじゃない?あんな急迫した状況で…。そうだね、誰ですか?これ作った人?」
リリア皇妃が疑問を隠せず、ローレン夫人に聞いた。
「はい、皇室医員局バルカルン医員と申します。どうしましょうか。処理しましょうか?」
リリア皇妃は事がとても面白く進んでいるという表情で、気だるい笑みを浮かべた。
「ふーん。いや、とりあえず置いといてください。これくらいの実力だと使い処が多いからね…。バルカルン医員の弱点になるようなこと、好きなこと、嫌いなこと、家族関係、人間関係をすべて調べなさい。ひざまずいてでも服従させなければなりません。これだけの人材を得るのであれば、それほど損した商売ではありませんね」
リリア皇妃が座っていた椅子からすっと立ち上がった。
彼女はちぎれたカーペットの上をゆっくり歩いて、すぐに優しく微笑んだ。
「フッ、私たちが計画したことはそのまま進めなさい!ローレン」
「はい、かしこまりました。皇妃様!」
リリア皇妃が乱闘場になった寝室を離れると、侍女たちとメイドたちが入ってきて早いスピードで整理を始めた。
彼女たちは使い慣れた手つきで壊れた家具や什器を片づけ、新しいカーペットを敷いた。
長い時間ほこりを払い、乾いた雑巾をかけたら寝室ががらんと見えるほど綺麗になった。
皇妃宮の男性の使用人たちが一目で見ても古風な家具と什器を寝室の中に持ち込んだ。
いつの間にか乱闘場だった姿はすっかり消え去り、尊い皇妃が滞在する寝室に生まれ変わった。
侍女とメイドたちはまるで何事もなかったかのように皇妃宮の寝室のドアを閉めて出ていった。
翌日、リリア皇妃は両目を閉じて、ロッキングチェアに座ってのんびり日光浴を楽しんでいた。
ただのんびりと椅子に座っているだけだったが、気品のある彼女の姿は誰が見ても魅力があふれていた。
「コツコツ」
急に緊迫したノックの音が聞こえ、青白い顔色のローレン夫人が急いで入ってきた。
彼女はリリア皇妃のそばに近づき、ひそひそと耳打ちした。
美しいリリア皇妃の顔から、毒々しい表情が浮かんだ。
「ハリス公爵のそばには人材がかなり多いようですね。すべての痕跡と手がかりさえ見つからないとは…」
「はい、転勤で処理されていました。勿論新しく発令された勤務地に彼はいませんでした。近い家族や遠い親戚まで全部調べてみましたが、何の手がかりも見つけることができませんでした」
「はぁ…。ハエリス公爵、本当に物凄く邪魔ですね」
リリア皇妃がとても疲れているようにしかめ面をしながら両目を閉じた。
しばらく考えを整理していたリリア皇妃が、殺気のこもった冷酷な声で命を下ろした。
「そのバルカルンという医員…。世世界の果てまで追跡して必ず殺してください。必ず!」
「はい、かしこまりました。リリア皇妃様」




