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その公爵様とメイドの事情  作者: ロマンスメーカー
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第62話 血のにじむ前夜祭 (2)

挿絵(By みてみん)


(バタバタ)


強い風が吹きつけると、色とりどりの華やかな皇室の模様が描かれた旗が竿の上ではためいた。

雲一つなく清明で、冷たい冬空の下には、数多くの皇室の馬車が並んでどこかへ向かった。


「パカラッパカラッ」


私は、ドレニー皇妃と女中長のフロス夫人や側近の侍女とともに皇妃専用の馬車に乗っていた。

馬車の中は保温されておらず、人の息がもくもく吹き出ていた。

私はシルク製のポケットに保温効果に優れた小豆を入れて温かい天然カイロを作った。

温かい炭が入った桶から私が作った天然カイロを取り出し、ドレニー皇妃と女中長のフロス夫人、そして側近の侍女に順に渡した。

目の下の愛嬌ホクロが魅力的なドレニー皇妃が、天然のカイロと私を交互に見つめながら、興味深い表情で言った。


「これは凄く暖かいわね…。この中に入っているのはまるで穀物の種のようだが、ぬくもりが長い間いって本当に温かいようだわ」


「はい、皇妃様。 中に入っているものはポンティン(小豆)と言います。このように熱で温めると、ほのかに熱気が長く続く性質があります。こんな寒い天気に外で活動するのに役立つと思っていくつか作ってみました」


「おぉ!そうなのか!このポンティンが入っているポケットも本当に綺麗だねわ!」


ポケットがとても味気ないようで花と蝶々を刺繍してみたけどおかげで高級な感じがした。

彼女はカイロのポケットを何度もいじくりながら私に話しかけた。


「後でいくつか作ってほしい!周りの人にプレゼントしたいからね」


「はい、わかりました。皇妃様」


ドレニー皇妃は、私が作った天然カイロを両手に包み、ガタガタする窓の外をじっと眺めた。

40代後半だったけど、30代後半のように若くて美しいドレニー皇妃は馬車に酔っているのか、いつの間にか深い眠りに落ちた。

私たちは半日間馬車に動けず、索漠とした冬景色を眺めながら退屈に移動した。

いよいよ馬車が皇室専用の狩場のあるホンス伯爵の領地に到着したようだった。


「ウォオオ」


「ドレニー皇妃様、もう到着のようです」


「ううん。そうなの?到着したんだね。はあー、疲れた」


ドレニー皇妃はうっすらとした表情で気だるくあくびをし、フロス夫人の手を取って馬車から降りた。

私も彼女たちと一緒に馬車から降りて、皇室専用の狩場の風景に見とれていた。


(ハタハタ)


果てしのない広い平野に皇室と各家門の旗が立てられている兵舎が秩序整然としていて、その姿は壮観だった。

かつての皇室救恤所のボランティアの時の規模とは比べ物にならないような気がした。

広い平野の裏には一目で険しく見える峰が高くそびえていた。

草食動物たちが多く棲んでいて狩りをするのに良いとされているベテルニー山脈だった。

ベテルニー山脈には猛獣がたくさん住んでいて、良質な猛獣の皮を取るために山脈に入った猟師たちが猛獣によく命を落とす所でもあった。

私は十分に着こなしたのに、険しいベテルニー山を眺めていると、なんとなく骨身にしみる感じがした。

ドレニー皇妃を皇妃専用の兵舎に案内した私は、炭と薪をもらいに兵舎の外に出た。


「わあ!エレイン!元気だった?」


私に嬉しく話しかけてくるグレース公爵の声が多くの兵舎の間から聞こえてきた。

彼がどこにいるかよくわからなかったので、私はその場から立ち止まってあたりを見回した。

その時、兵舎の角で明るい表情のグレース公爵が嬉しそうに手を振って僕に近づいているのが見えた。

彼のそばにはダルニング皇子もいたけど、2人とも藍色の皇室専用の狩猟服を着ていた。


「はい!グレース公爵閣下!公爵閣下もお元気でしたか?」


「うん!僕は勿論元気だったよ!」


「あの…、ところで今日お二方も狩りに行かれるんですか?ベテルニー山脈は非常に危険だと聞いていますが」


心配な私の言葉に、グレース公爵とダルニング皇子の表情が一瞬で暗くなった。

グレース公爵はとても落ち込んでいる様子で私に話した。


「うん。僕たちも狩りに行かなきゃいけないらしいよ…。今日は新年祭だから外せないんだ。それでもベテルニー 山には深く入らなければいいから心配しなくていいよ。エレイン」


「はい、そうなんですね…。グレース公爵閣下、くれぐれもお体にお気をつけてください。ダルニング皇子様も体に気をつけてください!分かりますよね?」


「うん。心配してくれてありがとう。エレイン!」


「うん。ありがたい、エレイン。グレース兄様、そろそろ行かないとですよ。皆集まったようです」


「ううん…」


ダルニング皇子の催促の言葉にグレース公爵は両頬を膨らませた。

グレース公爵は狩りに行きたくないのか、ため息を深く出しながら言った。


「うん、分かった。行こう、ダルニング。エレイン、後でね!」


「はい!山に深く入らないで下さいね ! お分かりですよね?」


「うん!分かったよ!」


二人は私に手を振りながら、数多くの騎士が集まっている皇室専用の狩場に向かった。

なんだか今日に限って私の心が理由もなく不安ですごくはらはらした。


「ドンドン、ドンドン」


大きな太鼓の音が皇室専用の狩場に勇壮に鳴り響いた。

ゲリマン皇帝と8人の公爵、1人の皇子はベイリオ皇国の主要貴族の家門と一つのチームになって計10チームを作った。


(ハタハタ)


10本の色とりどりの旗が激しい冬風に荒く翻った。

狩りの採点方式は、どのチームがどれほど多くの動物を捕まえるかと、どれほど捕まえにくい動物を捕まえたかが評価の基準だった。

猛獣1匹に10匹の普通の草食動物をとったと計算されて、今日の狩りはかなり荒れそうになった。


「ハハハ、毎年新年祭を行うたびに、今年はどのチームが勝利するのだろうか。とても気になるな。昨年は、ハエリス公爵が勝利を手にしただろう?今年はどのチームが勝利を手にするのか、一度見守ることにしよう。この笛を10回吹けば狩りは終わる。さあ!これからが始まりだ!」


(プー)


ゲリマン皇帝の簡単な言葉が終わると、巨大な角笛の音が皇室専用の狩場に長く響き渡った。

10チームはそれぞれ異なる地域に分け、本格的に狩りを始めた。

私は遠くからハエリス公爵とカルロス皇太子そしてグレース公爵の後ろ姿をじっと見つめた。

彼らはそれぞれ上手に馬に乗り、私の視野から素早く消えていった。

男たちがみな狩り場に出ると、いつの間にか広い平野地帯には静けさが漂っていた。


***


「ホホホ!ゲツェール令息が 私に何て言ったか知ってますか?」


「何て言ったんですか。ジェルニ令嬢! とても気になりますわ」


「ホホホ!何と言ったかといいますと…」


一緒に新年祭の猟場に出た女性貴族たちは、同じ身分の人が集まって雑談をしたり、面白いゲームをして遊んでいた。

私は熱く温めた炭をドレニー皇妃の兵舎内に入れておき、兵舎の裏側にある簡易テントで待機した。


「ピュー」


ベテルニー山脈で冷たい風が簡易テントを軽く吹き抜けた。

簡易テントの中には薪を焚ける火鉢があって、思ったより寒くなかった。

私は赤いまきの炎をぼんやりと眺めながら時を過ごした。


「エレイン?」


その時、簡易テントのカーテンが開けられ、白いキツネの毛の飾りと美しい騎馬服姿のセレナが私を訪ねてきた。

私は立ち上がって少し驚いた表情でセレナを迎えた。


「あ!セレナ様?ここに何のご用ですか?」


セレナはとても美しい笑顔で微笑んで私に話しかけた。


「うん。退屈だったから来てみたよ!エレイン、私ここに座ってもいい?」


『ああ!はい。こちらにお座りください」


私は簡易テントに置かれた椅子をもう一つ持って彼女に広げた。

彼女はとても優雅な身振りでその椅子に座った。


「少々お待ちいただけますか?温かいお茶をご用意いたします」


うん!ありがとう!エレイン」


簡易テントだったけど、幸い簡単な茶を用意する茶器がちゃんと準備されていて、暖かいお茶を彼女に渡すことができた。

私が渡したコップを受け取ったセレナはふうふうと息を吹きかけながらお茶を一口飲んだ。


「うん!お茶の味がすごくいいね!これは何のお茶なの?」


「はい。ビリオの実の種でたてたお茶ですよ。種を炒めるとビリオの花の匂いがしますけどね?そこに蜂蜜を入れて食べると風邪の予防に良いです」


真剣に私の言葉を聞いていたセレナは奥ゆかしいお茶の香りを嗅いだ。

何度も感嘆詞を連発していた彼女は、お茶を飲み干してから、空いたコップを簡易テーブルに置いた。

私は彼女が私に何か言いたいことがあって来たようだったので黙って待っていた。

セレナはお茶を飲み終えた後、精一杯さわやかな笑顔を見せながら私に話しかけた。


「お茶本当にごちそうしたわ。エレインは上手なことが多いと思う。凄く羨ましい」


「ああ、そんなことないですよ、セレナ様。小さな才能に過ぎません。さて何の事で…」


「私が急にここにやってきたのが 気になったんだね?実は私、人には言えない悩みがあるんだけど、誰に話せばいいのか分からないんだ。よく考えてみると、私の周りに知っていることがたくさんあるエレインが思い浮かんできてね?だからエレインなら、 私の悩みを解決することが出来るんじゃないかな?という気がしたの。ふふっ。エレイン、私の悩み相談聞いてくれる?うん?」


セレナの言葉に色々悩み、慎重に頷いた。


「ありがとう、エレイン。エレインなら私の悩みを聞いてくれると思ったわ。うむ、もしかして知ってる?カルとハリが私のこと凄く好きってこと…」


私は彼女の言うことに何と言ったらいいかわからず、じっと彼女の話に耳を傾けた。

セレナはとても真面目な顔で私に話した。


「実は私も二人が大好きなんだ…。昔から」


「ああ、はい…」


「しかし二人は私にとって本当に家族のような大切な人たちなの。それで私は誰も失いたくなくてその選択を延ばしたの。私が一人を選んだらもう一人が苦しいだろうし、もう一人を選んだらもう一人が苦しむだろうからね…」


美しいセレナの顔には、何とも言えない切なさと寂しさが浮かんできた。

じっと私を見ていたセレナはとても気になった顔で私に話しかけた。


「エレイン?エレインなら誰を選ぶ?カル?それともハリ?本当に知りたくて聞いてるの…」


私は彼女に何と言ったらいいか分からず、しばらく沈黙し、やっと勇気を出して口を開いた。


「あの…、生意気な言葉なのかも知りませんが、愛を選択し、選ぶのは何か違うと思います。人の心を物を選ぶようにお互いに秤をかけ合って、この人がより良い、あの人がより良いと言える問題ではないからです。もし私だったら私の心が向かう方に行くと思います…。たとえ相手が私の気持ちではないとしてもです。同じ気持ちなら、もっといいんですけどね」


彼女の望む答えではなかったのか、セレナの綺麗な顔が少ししかめ面をした。


「そうだね。言われてみれば、一理あるわ。私の考えでもエレインの言葉が正しいと思う。愛は物を選ぶように選べるものじゃないのにね。今日は良い話本当にありがとう。とても役に立ったと思うわ」


セレナは私を見つめながらにっこりと笑い、席を立った。


「あ、もう帰るんですか?」


「うん。行かなくちゃね。今日、お茶美味しかったよ。ありがとう、エレイン」


『はい、気を付けて帰ってきてください。セレナ様…」


(カッカッ)


数歩歩いていたセレナは、簡易テントの外に出ようとして突然立ち止まった。

彼女はゆっくりと後ろを向き、彼女を見送る私の方をじろじろと見ながら言った。


「ああ、そうだ。エレイン、それ知ってる?これは常識的なことだけど、あれこれたくさん知っているエレインならよく知っていると思うけど、また、何だか知らないような気もしてさ。それで一度は言ってあげようと思っていたんだ…」


「はい?どういう」


「エレイン、エレインは自分の勝手にしちゃいけない身分なんだってことだよ。愛でも何でも好きなようにできるにはまずエレインの身分が低いといけないんじゃない?エレインはエレインのことを支えてくれる頼もしい家柄も、親もいない孤児で、今は皇室のメイドじゃないの?私はそれを忘れないでほしいといつも思ってたよ…。あまりにもストレートな話だからこんな風にに言えばエレインに私は悪い人になるだろうね?でもあまりにもありきたりだよ。結局、大きく傷つく人はエレインになるからね。私は本当に心配になって助言してあげてるの。私の気持ちを分かってほしいわ」


セレナはにこやかな微笑を浮かべてすぐ冷たい風が吹いてるような冷えた表情をしてテントの外に出た。

私はセレナの言葉に何とも返事さえできないまま、ただぼんやりと立っていた。

ふっと気がついた私はセレナが飲んだカップを注意深く片付けた。

急須を持ってみると、湯がまだ半分も残っていた。

そのまま捨てるのはもったいなかったので、新しいコップに残った急須の水と茶葉を入れてお茶をいれた。

煎じ茶の水を茶碗に「ちょろちょろ」注がれた後、テントの中の簡易テーブルの上に整然と並べられた。


「パチパチ」


私はぼんやりとした視線で燃え上がるまきの火を黙って見ていた。

セレナが私に言った言葉をじっくり考えていると、ふと首に巻きつけられたスカーフに私の手が傾いた。

私の首筋にはハエリス公爵の熱い息づかいがまだ残っているようだった。

真剣なまなざしで私を見つめていたハエリス公爵の顔がふと浮かんだ。


⦅エレイン...、君を俺の愛人にしたいと思ったことは一度もない。俺にはただ君一人だけだ。俺を信じてほしい⦆


「信じます。ハエリス公爵閣下」


仮に私の恋の終りが願わない結末だとしても、私は彼を信じる。

それがたとえこの世界の人々の常識に合わないとしても、彼と後悔のない恋をしたかった。

いつの間にかぬるく冷めてしまったお茶の湯を、私は黙ってちびちびと飲んだ。

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