第57話 グレース皇子の成人式
(チーチー、チーチー)
朝を起こす鳥がグレース皇子宮のあちこちで可愛らしく歌っていた。
今朝ハエリス公爵と私はついに互いの気持ちを確認した。
そのせいかとてもわくわくする気持ちで気持ち良い一日を始めることができた。
今日はグレース皇子の成人式で朝からすごく忙しくて気が気でなかった。
アンナ夫人やメイドのシャロットをはじめ、数人の使用人は忙しく動き回りながらグレース皇子の成人式を準備した。
私も急ぎ足でグレース皇子のドレスルームに向かった。
この日のために私が直接丁寧に準備した赤い皇室の制服と紺色のズボンがハンガーにかかっていた。
一生に一度だけの成人式ならでの着ることができる赤色の皇室制服は、元々母の方が用意するのが慣例だった。
しかし、グレース皇子には、お母さまがいらっしゃらないので、数々の試行錯誤を経て、自分で作ってみた。
途中アンナ夫人の手伝いがなかったら、おそらく完成することはできなかったんだろう。
私はもし服にほこりが付いているのではないかと目を通しながらもう一度念入りに点検した。
きれいに整えた赤色の皇室の制服で、髪を手入れしているグレース皇子のそばに立った。
アンナ夫人が普段より実力を発揮し、グレース皇子の髪の毛1本も乱れることなく、硬いポマードスタイルに完成させた。
準備を終えたグレース皇子に、赤色の皇室の制服を慎重に手渡した。
グレース皇子は私が渡したジャケットをすぐ受け取らず一瞬戸惑い、しばらくじっと私の顔を見つめた。
しばらく首を傾げていたグレース皇子がドレスルームの中にあるパーティションから着替えて出てきた。
「エレイン!!どう?似合う??」
「わあ!!グレース皇子様、とても格好いいです!とても似合いますよ」
「ヘヘっ!これを作るのに大変苦労したと聞いたよ。本当にありがとうね!」
「大したことないですもの。グレース皇子様…。いや、今日から公爵閣下ですね! グレース公爵閣下、成人式本当におめでとうございます」
私はベイリオー皇室の制服を着たグレース皇子の身なりをもう一度きちんと整えた。
しばらく私の顔をじっと見ていたグレース皇子が心配そうに口を開いた。
「あの...、エレイン?どこかの壁に大当たりしたの?エレインの唇が非常に腫れているよ。すごく痛そうだよ。チエッチエッ」
彼の身なりを整えていた私の手が一瞬、空中でぎょっとした。
グレース皇子は心配そうな顔で私に話しかけた。
「どこか他の場所を見ながら歩いたみたいだね。だからちょっと気をつけて歩くようにしてよ。たまに僕よりエレインの方がそそっかし屋だよね!」
「はい。き、気をつけます」
「ところで、どこの壁にぶつかったの?書斎?それとも廊下?」
私は頭からつま先まで、熱がぽかぽかと上がっているようで、がっくりとうなだれた。
無邪気なグレース皇子の質問に一体どう答えたらいいのか、分からなかった。
グレース皇子は成人式の礼装を終えた後、ベイリオ皇居の使用人について儀典室に向かった。
私もアンナ夫人とともにグレース皇子の世話をするために、ベイリオ皇国の宮殿について行った。
広い皇居宮殿の中には多くの公爵と多くの貴族が左右に秩序正しく立っていた。
グレース皇子は、儀典室で緊張感を隠せないまま、ぐるぐる歩き回った。
「もうお出でになって結構です。皇帝陛下と皇后陛下が今宮殿にお着きになりました」
「僕、緊張する。怖すぎるんだけど、どうしよう? エレイン?」
「グレース皇子様、いやグレース公爵閣下!上手くできますよ。頑張ってください!」
「うん! わ、 分かった。行ってくる」
(プープープー)
成人式が始まるのを知らせるラッパが宮殿に大きく鳴り響くと、皇室楽団が壮大に行進曲を演奏した。
ベイリオ皇居の華やかな宮殿の中に、赤い皇室の制服を着たゲリマン皇帝とふわふわで華やかなドレスを着たジェイラル皇后が入場した。
2人は威厳のある姿で赤いカーペットを踏みながら華やかな黄座に腰をおろした。
グレース皇子は、宮殿の赤いカーペットの真ん中で丁寧に礼を尽くしてひざまずいた。
「ベイリオ皇国の第8皇子グレースにベイリオ皇国の爵位と封土を下賜する」
ゲリマン皇帝の馬が落ちると、グレース公爵は席から立ち上がって爵位を授与するために数十の階段を踏みながら壇上の上に上がった。
ゲリマン皇帝は皇座から立ち上がり、多くの珍しい宝石がちりばめられた宝剣でグレース公爵の両肩に当て、爵位と封土を与えた。
多くの人々が見守る中、ついにグレース公爵の成人式の本式が終わった。
成人式を無事に終えたグレース公爵の目に唇を腫らした自分の兄ハエリス公爵が見えた。
グレース公爵は不思議な目つきでハエリス公爵を見つめながら思った。
⦅ハエリス兄様がどこかで殴られる方でもないし…、あぁ…!ハエリス兄様もどこかの壁にぶつかったんだ。ちぇっちぇっ。だらしないな。今日に限って壁にぶつかった人に二人も会ったな。僕も今日壁にぶつからないように気を付けよう⦆
グレース公爵は今日に限って壁にぶつかった人が多いようで、いつもよりずっと気にして歩いた。
グレース公爵の爵位授与式が終わり、フィナーレを飾る舞踏会が皇居で華やかに開かれた。
華やかな3段シャンデリアがベイリオ皇国の皇居パーティーホールできらびやかに輝いた。
皇室楽団の美しい演奏がパーティーホールでかすかに流れ広がった。
ベイリオ皇国の皇帝ゲリマンと皇后ジェイラルは、パーティーホールの上席に座って、様々な話を交わしていた。
私はこのパーティーホールの主人公であるグレース公爵の後ろに待機し、華やかな「ベイリオ皇国」のパーティーホールを見物した。
ベイリオ皇国のパーティーホールは、まるで前世の年末の授賞式のように派手な舞台のようだった。
その時、誰かが私をじっと見つめる視線が感じられ、思わず顔をそむけた。
そこには黒い皇室の制服を着たハエリス公爵がワイングラスを持ったまま私の姿をじっと見ていた。
(プッ)
私はハエリス公爵の顔を見てぼそっと笑い出した。
彼の赤く魅惑的な唇が私のように腫れていたためだった。
その時、ある群れの美しく着飾ったお嬢さんたちがパーティーホールに入ってきた。
私はやっと、この舞踏会がどんなパーティーだったかを思い出した。
グレース公爵の成人式の祝賀パーティーではあったけど、実はベイリオ皇子たちと隣国の王女および高位貴族の令嬢の自然な出会いの場だった。
始まったばかりの初恋にくすぐられた私の心に、何千本もの針で容赦なくちくちく刺されるようにとても痛くなった。
こわばった私の顔をハエリス公爵がにっこりと微笑みながら私に口の形で話しかけた。
⦅エレイン、俺を信じて⦆
私はハエリス公爵に微笑み、小さく頷いた。
ハエリス公爵の黒真珠を抱いた両目がまるで半月のように綺麗に曲がった。
(ポロン)
かすかに流れていた音楽が活気に満ちた演奏に変わり、パーティーホールはもっと騒々しくなった。
それはバルタン侯爵家の一人娘セレナがまるでパーティーの主人公のようにパーティーホールで入場したからだった。
美しく装った隣国からの客に集まっていた貴族男性たちの視線は一瞬、セレナに向けられた。
ベイリオ皇居のパーティーホールで最も輝いたのはやはりセレナだった。
普段から美しさがあふれていすぎだったけど、しっかりと着飾ったセレナは、反射板を独り占めしたかのようにキラキラと光っていた。
セレナは優雅な身振りでいつの間にかカルロス皇太子に近づき、互いに向かい合って明るく笑った。
私は彼らと少し離れていて、どんな会話をしているのか分からなかったけど、なぜかカルロス皇太子がセレナに接する姿が以前とは少し変わった感じがした。
別に何とも言えないけど… とにかくそういう感じだった。
彼らを遠くから見守る私の視線を感じたのか、カルロス皇太子と私の目が合った。
私は遠くから丁寧にカルロス皇太子に礼を尽くして挨拶をした。
しばらくの間、私の顔をじっと見つめていたカルロス皇太子の眉間がしわくちゃになった。
私は少し怪訝な表情で彼を見たけど、彼はまるで何事もなかったかのようにかすかに微笑んで私から顔をそらした。
「きゃー!」
突然、アイドルのファンのような多くの令嬢が、カルロス皇太子とハエリス公爵に取り囲んだ。
「カルロス皇太子殿下!今までとても会いたかったです!!」
「ハエリス公爵閣下!!本当に格好いいです」
セレナは彼女たちを追い越してカルロス皇太子とハエリス公爵のそばに並んだ。
薄い紫色のドレスに豊かな金髪をよく編んで腰まで垂らしたけど、まるで空から降りてきた天使のようだった。
彼女が編んだ髪の間には、珍しい宝石がぎっしりとちりばめられていて、美しさがさらに際立っていた。
数多くの貴婦人と貴族令嬢の妬ましい視線がセレナに向けられた。
その時、ギランス王国とグルマン王国の王女と公爵、侯爵家の令嬢たちが優雅な身振りでカルロス皇太子とハエリス公爵の前に立った。
美貌はセレナの前ではあえて語ることができなかったけど、彼女たちも十分美しく魅力的な女性たちだった。
その群れの中で最も目立つ美しいフィーランチェ王女がカルロス皇太子の前に近づいてきた。
「皇国の星カルロス皇太子にお目にかかります。私はギランス王国の王女フィーランチェと申します。このようにお会いできて光栄です。カルロス皇太子殿下」
「こんにちは。フィーランチェの王女様。お会いできて光栄です」
カルロス皇太子が特有の明るい笑顔で彼女の挨拶にお礼の言葉をかけた。
「何を...、私の方が光栄ですわ。カルロス皇太子殿下」
カルロス皇太子の前に立ったフィーランチェ王女は、恥ずかしがりながら顔を赤くした。
フィーランチェ王女が勇気を出すと、そばにいたルーレット公女も勇気を出してハエリス公爵の前に行って丁寧に挨拶をした。
「初めまして、ハエリス公爵閣下。お会いできて光栄です。私はグルマン王国のベルートが公爵の令嬢ルーレットです」
「はい、お会いできて嬉しいです」
ハエリス公爵は何の感情も出せないまま事務的な口調でただ首だけ頷きながらワインを一口飲んだ。
ルーレット公女はハエリス公爵が自分に何の興味もないようで機嫌が悪かった。
彼にさらに話しかけてみようとした瞬間、美しい薄紫のドレスを着たある女性が彼女を阻んでハエリス公爵の前に立った。
「ハエリス公爵閣下。お会いできて嬉しいです。久しぶりですわね」
セレナは公の場であるだけに、礼儀正しくハエリス公爵に挨拶をした。
ハエリス公爵は今度もただ頷くだけで彼女の挨拶を受けた。
「はい、お会いできて嬉しいです」
セレナはひどく悔しげにハエリス公爵をじっと見つめた。
こんなに美しく着飾った自分を、ハエリス公爵は見向きもしないようで、とても気分が悪かった。
プライドが傷ついたセレナは、罪もない自分の豊かなドレススカートの裾だけをギュッと握った。
ルーレット公女は、ハエリス公爵とセレナを交互に眺め、大きな悟りを得た後、彼に黙礼した後、席を立った。
彼女の頭の中には、噂好きの人達の間でひそかに流れているうわさが浮かんできた。
ベイリオ皇国を牛耳るハエリス公爵は、実は男色家だという噂だった。
ところで今日直接見たらその噂は多分事実のようだった。
最初の証拠はハエリス公爵の膨らんでいる唇だった。
確かにその男色のパートナーと何かを濃く(?)していたに違いないように見えた。
どんなに激しい愛を交わしたらあんなに唇が膨らんでいるんだろう?
頭の中でその場面を想像してみると、彼女の心臓がドキドキと狂ったように荒れていた。
男らしくハンサムなハエリス公爵と、か弱いイケメンの色情的な組み合わせが目に付いた。
2つ目の証拠はうわさになっていた、そのうわさが本当だと確信するようになった。
それは自分の前を塞いでハエリス公爵にしっぽを振っていた美しい女性のおかげだった。
彼女はこのベイリオ皇国のパーティーホールで、いや大陸に1人いるかいないかのすごい美人だった。
しかし、彼女が嬉しそうに挨拶をしても、ハエリス公爵はまるで道に散らばった石ころ扱いしては見向きもしなかった。
男らしくてセクシーなハエリス公爵がちょうど自分の好みだったので、もどかしい気持ちになった。
⦅残念だけど、男が好きな男を私がどうすることもできないでしょう?⦆
彼女は太陽のように眩しく輝くベイリオ皇国のカルロス皇太子に足を向けた。
カルロス皇太子は、ハエリス公爵とは違って、多くの令嬢に囲まれていたが、令嬢たちが声をかけると丁寧に答えてくれた。
親切だが、しっかりと線を守っている姿で、浮気者のようには見えなかった。
ハエリス公爵のように男らしい男が好みだったが、カルロス皇太子を目の当たりにすると華やかなイケメンも良さそうだった。
「痛っ!」
「あっ!」
ルーレット公女は、同じ方向へ向かっていたところ、自分と肩をぶつけたある女性を眺めた。
さっきハエリス公爵に挨拶したあの薄紫のドレスを着た美人だった。
ルーレット公女は、彼女よりもっと早くカルロス皇太子に行かなければならないと考え、ドレスを両手でたくし上げた。
その美しい女性も、彼女に負けられないのか、素早い足取りでカルロス皇太子に向かった。
***
「あら! そうでしたか?私たち今度ぜひ一緒に行きましょう」
「はい!令嬢!ハハ!お待ちしております」
グレース公爵の成年式パーティーはどんどん盛り上がっていた。
宮廷の楽士が演奏する曲に合わせて楽しく踊る男女の貴族たちが広い中央ホールでくるくる回っていた。
多くのテーブルには気の合う人が集まり、楽しく笑いながら色んな話を交わした。
パーティーの主人公であるグレース公爵は、とりわけ他人とは交わることができず、退屈な表情でブドウをつまみ食いした。
今日で18歳の成人になるけど、外見は10歳に見えるため、王女と貴族の令嬢たちはグレース公爵に近寄らなかった。
男性貴族が数回形式的なお祝いの言葉を伝えに来ただけだった。
成人式だからといって喜んでいたグレース公爵の後ろ姿がとても寂しそうに見えて可哀そうだった。
私はこれまで色んなことがあってグレース公爵の体内毒について研究できなかった。
しかし、再び熱心に研究してみなければならないという気がした。
そして、残酷な苦痛の中で、命を失ったベル執事を殺した背後を必ず探し出したかった。
⦅必ず治してあげます、グレース公爵閣下…。誰なのか必ず明らかにします、ベル執事様…。⦆
夜の12時が過ぎるとグレース公爵の成人式が盛大に終わった。
人々は成人式のパーティー後、カルロス皇太子、ハエリス公爵、グレース公爵の結婚相手が誰になるのか知りたがった。
だが、あっけないことに、そのことはうやむやになかったことになってしまった。
パーティーが終わるやいなや、隣国の王女と貴族の令嬢たちが、慌てて使臣たちとともに帰国を決めたからだった。
両国共に大小内戦が各地で起こっていて、慌しい状態だということだった。
⦅まさか、違いますよね?ハエリス公爵閣下。本人の結婚をしないために両国で内戦を起こすとか?」
私は違うだろうと思いながらも、なぜか私の両腕に鳥肌が立つのを感じた。
なんだか私の主人公、いや私の現彼氏が黒幕の主人公のようだった。
⦅ま、まさか…?⦆




