第45話 神秘的なリリア皇妃との出会い
(ミーンミーン、ミーン)
(ミーン、ミーン)
いつの間にか時間は早く流れ、8月中旬になった。
何日間か雨ばかり降っていたのに今日は黒雲が消え空に澄んだ日差しが降り注いだ。
青い空の上には入道雲がふわふわと風に乗って静かに漂っていた。
数日間、雨が降って鳴かなかったセミも、地面の外に這い出て、朝からずっと鳴き続けた。
私はうわごとを落ち着かせるために朝食後、グレース皇子宮の裏の花壇整理を始めた。
「はぁ…」
急に顔がほてって赤くなり、気が狂いそうに心臓がドキドキした。
もう一週間も経ったのに、私の頭の中はもっぱらハエリス公爵との初めての口づけばかり鮮明にリプレイされていた。
前世と現世を合わせて初めて口づけをしたので、私が受けた衝撃は相当大きかった。
だから、これはどんな感じかというと、ドラマや映画を観ながら、あるいは小説を読みながら頭の中で想像したこととは大分違う感じだった。
何と表現すればいいのか曖昧だけど、特にハエリス公爵の舌が私の口の中をさ迷っていたのがとても衝撃的だった。
率直に言って、ロマンス映画やドラマでもそのような場面が出るとちょっと気味が悪い感じだった。
少し汚いという気もして、映画やドラマを見る時や、また小説でそのような場面を読む時は、毎度スキップして飛ばしながら見ていた。
しかし、実際に私が直接やられて(?)みると、ハエリス公爵の熱い舌が私の口の中をやさしくえぐる時、何か奇妙でとても気分がよかった。
それで、もう一度ハエリス公爵と熱い口づけをしたいと思った。
「あ!暑い!私、今何を考えているのよ!!エレイン!!しっかりして!」
私は腹黒い雑念を振り払うためにグレース皇子宮の花壇を一所懸命整理し始めた。
目まぐるしく生えている雑草を一つ一つ手で抜き取り、数日間降り続いた雨で、乱れている花壇の小石もよく選んでおいた。
汗水たらしながら仕事に集中しているので、うきうきしていた私の気持ちが少し落ち着いたようだった。
(ザクザク、ザクザク)
その時、ふと足音が聞こえるようで、私は仕事の途中で一旦やめ、頭を上げて私に近づいてくるある少女を眺めた。
ベイリオ皇室を象徴する奇異な模様が刺繍されたメイド服姿の少女が私に近付き、うれしそうに挨拶をした。
「おはようございます。始めにお目にかかります。グレース皇子様の保母のエレイン様で合ってますか?」
私は土ぼこりを払い落として、怪訝そうな表情で少女に目礼しながら言った。
「おはようございます。私で合ってます。ところでどなた様でしょうか…」
「私はリリア皇妃ママのメイド、ニーナと申します。先日、リリア皇妃様にお茶の葉をプレゼントしたことありますよね?リリア皇妃がそのお礼をしたいとおっしゃってまして今日のティーパーティーにエレインさんを招待しました」
突然のリリア皇妃のティーパーティー招待に少し戸惑ったけど、表には出さずにメイドのニーナに声をかけた。
「ああ、はい。わかりました。ご招待に感謝します。もしかすると、いつお伺いすればいいですか?」
メイドのニーナは、ほこりで汚れた私の服を上から下までざっと見た。
「はい。今準備が整い次第、私と一緒に行くといいです」
私は面食らった顔でメイドのニーナに頷いた。
「少々お待ちいただけますか?服を着替えて来なければならなくて」
「かしこまりました!それでは私は宮の中のロビーで待っています」
「はい!ちょっとだけお待ちください」
私は急いでグレース皇子宮の自分の部屋に足を運んだ。
花壇の手入れをするために体をちょっと使ったら、全身が汗でびしょびしょだった。
(クンクン)
すっぱい汗の匂いがぷんぷんと立ち昇っていたので服だけを着替えてはいけないような気がした。
私は急いで服を脱ぎ捨て、シャワー室に駆け込み、水栓を開けて素早く汗を流した。
そして、タオルで長い私の頭を軽くたたいて乾かし、部屋の中のたんすの戸を開けた。
アイロンがけの服の中から白いフリルのついた白いシャツと薄緑色のスカートを取り出した。
気が急いたので何度かむだ手をしながらやっと服を着ることができた。
乱れた服をきちんと整えた後、白いシャツに緑色のリボンブローチをつけ、長い髪をきれいにブラッシングした後、くるくる巻いて髪を上げた。
思ったより時間がかかったようで、急ぎ足でグレース皇子宮ロビーで待っているメイドのニーナのところに走った。
「申し訳ありません。お待たせしましたか?」
「いいえ、私についてきてください。エレイン保母様」
「はい。わかりました」
メイドのニーナは先頭に立って私をリリア皇妃宮に案内した。
私はリリア皇妃の宮に足を運びながら、しばらく頭の中でこれまで暇々に勉強しておいた皇室家系図を思い浮かべてみた。
私が勉強したところによると、リリア皇妃はベイリオ皇国とフェルデン皇国の間に挟まれているスエル公国の公女出身で、現在、ゲリマン皇帝の4番目の妃だった。
11歳でベイリオ皇国に嫁いで18年間、ゲリマン皇帝と暮らしたけど、現在、彼女のもとには子供がいなかった。
前世の私は、小説のキャラクターを設定する時、「ゲリマン皇帝」の名をつけて「犬×郎」を思い浮かべた。
名前によって人の運命が変わるという前世の俗説は恐らく事実かも知れない。
ゲリマン皇帝は本人の年齢よりなんと25歳も若い花嫁を得たのだ。
その事実を知った途端、私は「この犬×郎!」と心の中から声高に泣き叫んだ。
私はほんとに誓って、こんな事までは設定しなかった。
何も知らないはずの幼い年で結婚したリリア皇妃を思うと、創作者として申し訳ない気持ちになった。
いつの間にか私は高級で洗練された趣が溢れるリリア皇妃宮の中に入るようになった。
皇妃宮の廊下を進んで歩いていたメイドのニーナが足を止め、私に声をかけた。
「エレイン保母様。しばらくこちらでお待ちいただけますか?それでは、リリア皇妃様にお伝えしてまいります」
『はい、分かりました」
メイドのニーナが先にリリア皇妃宮の応接間の中に入った。
そして、しばらくすると、丁寧な態度で私に応接間の中へ入りなさいという眼差しをした。
私は、幽かにうなずきながら、リリア皇妃宮の応接間に立ち入った。
リリア皇妃宮の応接室は、グレース皇子宮の応接室よりも大きく、高級感が漂っていた。
濃い紫色の遮光カーテンがアーチ型の長い窓の上に高く垂れ下がっており、洗練された上品な雰囲気を醸し出していた。
応接間にはカーテンの色と調和した淡い紫色のベルベットソファーと天然大理石の波模様のテーブルが置かれていた。
私は、応接間の上座ソファーに優雅な姿で座っている29歳の若くて美しい皇妃リリアを眺めた。
リリア皇妃は私が応接室に入ると、仄かな笑みで暖かく私を迎えた。
「いらっしゃい。エレインさん!お会いできて嬉しいですわ!」
「おはようございます。リリア皇妃様にお目にかかります。私はグレース皇子様の保母のエレインと申します」
神秘的な銀色の髪の毛が窓から入ってくるほのかな日差しに金髪のように輝いた。
以前、ジェイラル皇后宮で彼女に初めて会った時、神秘的な気がしたけど、直接向き合ってみたら、セレナとは風合いの違うすごい美人だった。
他の皇妃たちに比べて言葉数がなく、ただ無表情で座っているので、何だか硬い人だと思っていた。
だけど、こんなに近くで見ると、尊い気品が彼女にはあふれているようだった。
「あら、お客さんをずっと立たせてばかりでしたわ。さあ、こちらにお座りください」
「あ…、はい。ありがとうございます。リリア皇妃様」
私は彼女に感謝の意を表し、高級な紫色のベルベットソファーに腰を下ろした。
リリア皇妃が優雅に微笑みながら私に話しかけた。
「あの時送ってくれたお茶はごちそうさまでした。今まで一度も飲んだことのないお茶だったのですが、材料は何でしたか?何かずっと心に残っているようで、とても気になっていました」
「あ、はい!皇妃様。リリア皇妃の故郷であるスエル公国で、主に野原で自生するチョウの花で作った花茶です」
私の言葉にリリア皇妃は驚いた表情で私を見た。
私はそんな彼女に親切な微笑を浮かべながら口を開いた。
「以前、ジュリエ皇妃様に皇妃様のお国のお茶の葉をプレゼントさせていただいたところ、大変喜んでいただきました。それで、他の皇妃たちも故郷を離れてベイリオ皇国にお嫁にいらしたので、故郷がとても懐かしがっていらっしゃるんじゃないかと。そこで、それぞれの皇妃様の国で自生する茶葉を集めて新しく作ってみました。 お気に召したら本当に幸いです」
私の言葉にリリア皇妃の美しい顔に感動してる表情が浮かんだ。
リリア皇妃がとても微笑んで私に言った。
「本当に有難いですわ。エレインさん!このように貴重なお茶を振る舞われたのですから、私もお礼をしないわけにはいかないですね。もし『運命のカード占い』というものを、 聞いたことはありますか?」
私は1度も聞いたことがないので、首を横に振り、疑問そうに彼女を見つめた。
⦅うーん…、もしかして前世でのタロットカードの占いに似ているのかな?⦆
するとリリア皇妃が微咲みながらそばを守っているある侍女に目で合図した。
侍女がどこからか幾何学的な模様が描かれた青色のカードを持ってきてリリア皇妃に渡した。
「このカードは、我スエル公国に秘密裏に伝えられている占術ですわ。信じるか、信じないかは本人の自由ですが一度やってみますか?」
神秘的な微笑を浮かべるリリア皇妃の姿に私は思わず興味をひかれ、激しく頷いた。
ハエリス公爵と私はその日濃く唇を合わせたけど、直接的な愛の告白はなかった。
お互いの気持ちが分かるような気もするけど、はっきりとした話が一つもなかったので、私は彼の気持ちがとても気になった。
最初のキス以降、もしかしたらまた来るんじゃないかな?と言って終始彼を待っていたけど、もう1週間以上彼に会えなかった。
元々、私が書いた小説の設定上、ハエリス公爵はとても忙しい人だった。
ベイリオ皇国の大小の出来事は彼の手に経ていないものがなかったからだ。
また、時々彼の命を狙う第2、3の勢力も彼一人で対応していた。
頭の中でハエリス公爵が、私に来られない理由を分かってはいたけど、そんな濃い口づけをしても、何の連絡もないのだから、私はとても落ち着かなかった。
そうでなくても気が動転していたところに、リリア皇妃が信じようが信じまいが、「運命のカード占い」の話をしているので、暇つぶしにでも彼の本音を聞いてみたい気持ちになった。
「あの…、リリア皇妃様。もし、男女の間に恋も占えますか?」
「あら!どうしましょう。残念ながら、過去•現在•未来の運命の2つずつだけをちょっとだけ垣間見ることができます」
「あ…、はい」
私は私の本心を彼女に見付かったようで、なんとなく顔がほてった。
リリア皇妃が哀れな表情で私を見つめ、すぐにやさしいほほ笑みを見せた。
白くて細い彼女の手で丁寧にカードを良く混ぜたあと、カードの束を私に差し出した。
「さぁ、エレインさん?2枚、2枚、1枚。全部で7枚のカードを取ってみませんか?」
『はい…。分かりました」
私は固唾を飲み込みながらカード7枚を抜いてリリア皇妃に渡した。
リリア皇妃はとても神秘的な身振りで巧みにカードをテーブルに乗せて一つひっくり返した。
「さあ…、それではまず過去について見てみましょう。このカードは孤独の座。過去のエレインはとても孤独な人でしたわね」
そして彼女は再び優雅な手振りでトランプを1枚裏返した。
「逆さまに生えた刃…。あら?残念ながら自分の命を絶ってしまったんですね?」
リリア皇妃が揺れる私の瞳を一度ちらっと見て、また一枚のカードを裏返した。
「鏡の双子座。エレインさんと互いに正反対の運命がある人がいました」
そして、また別のカードを裏返して大理石のテーブルの上に置いた。
今度は同じカードが逆さまに開いた。
「逆さまになった鏡の双子座。 その人の運命とお互いに変わりましたわね」
そして再び、リリア皇妃がそのカードの下に置いてあるカードを裏返した。
「悲劇の渦巻き座。避けられない悲劇の未来が近づいていますね」
今度は慎重な手つきで二枚残ったカードのうち一枚をひっくり返し、私のすぐ前に置いた。
「地面に突き刺した刀を持った騎士の絵です。あなたの悲劇的な運命を止めようとする人が現れます」
リリア皇妃が私と最後のカードを交互に見ながら、とても神秘的な微笑みを見せた。
「エレインさん。これが一番重要なカードです。なぜそういう運命を迎えるのかを示すカードなんで」
(ゴクリ)
彼女の慎重な言葉に信じようと信じまいと「カード占い」だと分かっていながら、なぜかすごく緊張した様子だった。
リリア皇妃が彼女の細くて白い指で丁寧に最後のカードを覆した。
「これは…、あなたが隠してる秘密のせいなんですね?」
「え?」
私は少し驚いた表情で、リリア皇妃が裏返したカードをじっと見つめた。
カードにはこっけいな帽子をかぶった芸人が笛を吹いている絵が描かれていた。
「笛を吹く頬骨…。すぐにあなたの秘密が明らかになるでしょう」
私は当惑した表情でリリア皇妃を見つめざるを得なかった。
リリア皇妃は神秘的な微笑を浮かべながら私を眺めていた。




