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その公爵様とメイドの事情  作者: ロマンスメーカー
62/100

第42話 嫉妬

挿絵(By みてみん)


(チルッ、チルッ)


(ジー、ジー)


名も知らぬ草虫の鳴き声と鳥のさえずりが、真夏の夜の深い趣を漂わせてくれるようだった。

薄暗い夜空に輝く星は、まるで地上に降り注ぐかのように、きらびやかに輝いた。

ハエリス公爵は執務室の窓枠に座ってほのかな月光を浴びながら真夏の夜の風景をぼんやりと眺めていた。

月明かりにほのかに輝く彼の彫刻のような顔には、深い憂いが見えた。


(コンコン、コンコン)


ハエリス公爵の執務室のドアが開きベル執事が入ってきた。


「ハエリス公爵閣下。嬉しいお知らせです。エレインさんがついに目を覚ましたそうです」


ハエリス公爵はベル執事の報告を聞くやら聞かないやらしてじっと夜空の月見をした。

エレインの体調が回復したのか始終神経を尖らせていたハエリス公爵が、彼女が目覚めたという知らせにあまり喜ばなかったので、ベル執事は疑問に思った。

しかし彼の横顔はとても寂しそうに見えて、何があったのか聞くこともできず体を戻そうとした時だった。


「そうだな。体は…。どうだと言っていたか?」


窓の外を見ていたハエリス公爵が、首を回してベル執事を見つめながら聞いた。

ベル執事は危なげな表情でハエリス公爵に答えた。


「はい、幸い1、2カ月休めば良くなると言っていました」


「そうか。良かったな…」


ベル執事は特に指示事項がないと、再び礼を尽くして執務室の外に向かおうとした。

ところが突然、ハエリス公爵が外に出ようとするベル執事を引き留めた。


「うむ…、ベル?」


「はい?公爵閣下」


ベル執事は疑問の表情を隠すことができず、ハエリス公爵をじっと見つめた。

ハエリス公爵はとても苦悶した表情を浮かべ、ふと重い彼の口を開いた。


「うーん…、これは俺の知っているある男の話だ」


「ええ、どうぞ。公爵閣下」


ベル執事は好奇の目でハエリス公爵をじっと見つめながら答えた。


「あの…俺の知り合いのあの男がだな。ある女性を他の男性がじっと見ていても、ただ眺めるのも嫌な気分になると言っていたよ?ひどい不快感というか…? 生まれて初めて感じる感情だと言うが...君はこれが何か分かるか?」


ハエリス公爵のハンサムな眉間が少ししわくちゃになったようだった。

ベル執事はわざと何も知らないふりをしながら心の中に何度もちぇっちぇっと舌打ちをした。

ハエリス公爵は他のことは何でもうまく処理しているくせに、本人の恋愛にはまったく素質がないようだった。


「嫉妬です、公爵閣下。その男の方に伝えてください。それは嫉妬なんですって。その女の方を他の男たちが眺めるだけでも不快だなんて公爵閣下がご存じのあの方は心が非常に狭いようですね」


ベル執事の舌打ちをしながらの返事に、ハエリス公爵はたちまち顔を赤くした。


「い…、いいえ。これはハエリス公爵閣下のお話ではなく、公爵閣下がご存じの方の話ではありませんか?あくまでも」


「あ…あ、そうだな。これはあくまで俺の知り合いの話だ…」


「ふむ…。公爵閣下がご存じのその方、その女性の方をかなりお好きに見えますが、どのくらい感情が深いのでしょうか?それを知ってこそ、その方の悩みを聞くことができるようですね」


ベル執事は非常に気になる目つきで、ハエリス公爵を見つめながら聞いた。

ハエリス公爵はしばらくじっくりと考えていたあと、ベル執事に口を開いた。


「彼女の目にそっくりな娘とその男にそっくりな息子一人…」


「え?」


本人が言っても可笑しかったのか、ハエリス公爵の赤い唇に見えるような、見えないような微笑が浮かんだ。


「ただ彼女を見ていると、家族を作りたいというか…? その男の人が生きてきて初めて自分の家族を作りたかったと言う。その程度ならどの程度好きなんだろう。その男が彼女を。ああ、これはあくまで俺の知っているあの男の話だ…」


ベル執事はハエリス公爵を見つめながらにっこりと微笑み出した。

どうやらハエリス公爵のエレインへの想いに真剣なようだった。


「それは一生、彼女と一緒にいたいという気持ちではないですか?そんなことは軽く好きだというのではなく、愛だというのです。その男の方はその女の方をとても愛しているようです。ハエリス公爵閣下」


ベル執事の言葉にハエリス公爵がちょうど自分の気持ちに気付いたかのように驚いた表情をした。

ハエリス公爵の無表情に近かった顔に、何とも言えない多彩な感情が浮かんだ。


「愛…?」


「はい。愛ですよ。はは。遠くから嫉妬ばかりしないで、一度男らしくその女性と唇でも一度触れ合いながらお互いに心を分かち合ってみるのはどうですか?ふふ。あ、失礼しました。公爵閣下。あくまでも私の意見です。公爵閣下がご存知のその男の方に私の意見を伝えてくだされば幸いです。ハエリス公爵閣下」


ハエリス公爵の黒真珠のような瞳がまるで地震のように荒く揺れた。

ベル執事が礼を尽くして挨拶をした後執務室を出ようとしたが、突然足を止めた。

足踏みをした彼はハエリス公爵に慎重な表情で口を開いた。


「あの…、これは違う話になりますけど。ハエリス公爵閣下。首都エレルマンから魔手の森まで普通の馬車では10日、普通の馬で速く行くとしても最低5から6日かかります。私のような『殺手』出身でも馬を13回も乗り換えて、1日半走るのは結構大変で仕方がありませんでした。水もまともに飲めないまま北の魔手の森に降りてみると、エレインさんがどれだけ自ら口の中を噛んでいたのか、口元に血をだらだら流していました。おそらく速く走る馬から離れないように、口の中を数え切れないほど噛んだのでしょう…。か弱い女性の体で命をかけてハエリス公爵とグレース公爵に会いに、一人で魔手の森へ旅立ちました。その時、私の心の奥深くからエレインさんに感服しました。もし機会があれば、私の代わりにエレインさんに感謝の挨拶を伝えていただければ幸いです。ハエリス公爵閣下」


ベル執事はにっこりと微笑み、また裏向きになってハエリス公爵の執務室を出た。

ハエリス公爵は夜空のほのかに照らす月を眺めながら、自分の唇をしばらく触った。


✯¸.•´*¨`*•✿ ✿•*`¨*`•.¸✯


私は目を覚まして、何日間も強制的にベッドから離れることができなかった。


「グレース皇子様、私はもう…、大丈夫ですよ」


「ダメ!バルカルン医員が1、2ヶ月はゆっくり休まなければならないと言ったんだよ!」


これから2か月間、強制的にベッド生活をしなきゃならないと考えるとぞっとした。

私は切実な表情でグレース皇子に話した。


「私の部屋がとても暑くて休めません。皇子様…。散歩したいのですが、外に出てもよろしいでしょうか?」


「散歩?」


「はい!皇子様!」


私は明るく微笑んで、グレース皇子に数え切れないほど頷いて見せた。


「よし、よし!出かけよう!エレイン!」


久しぶりに外に出たグレース皇子宮の庭は8月初め、蒸し暑い風がそよそよ吹いてきた。

しかし、このように外に出るだけで気持ちがすがすがしくなるようで、気持ちよくなった。


「ミーンミンミンミーーン」


「ミーンミン、ミーーン」


「ヘヘッ。エレイン?どう?もう気分は良くなった?」


「はい…、久しぶりに出たので嬉しいです。セミの鳴き声を聞くのも好きですし」


グレース皇子は明るい表情で私に微笑みかけた。


「うん。エレインの気分が良いんだったら私もいいよ!!」


その時、グレース皇太子宮の庭の外でカルロス皇太子が明るい笑みを浮かべて私とグレース皇太子に近づいてきた。


「エレインさん?もうこうして外に出てもいいんですか?」


「あっ、皇太子殿下を…」


「もう、そんなお世辞はやめるべきだと思うけど?もう気楽に話したいんだけど、どうかな?エレイン」


「ああ、私は敬語が楽なので。気楽に話してください。カルロス皇太子殿下」


「うん。じゃあ、それぞれの好きなようにしよう!」


「はい、いいですよ!」


私が微笑むと、カルロス皇太子とグレース皇太子も私に続いて笑顔を見せた。


「あ!そうだ!エレイン?息苦しいって言ったよね?」


「はい?はい!」


「それでは、皆で今夜のお祭りに行こう!そうじゃなくても今日祭りに行こうと思ったんだよ!」


「はい?何の祭りですか?」


「うん!毎年8月初めにエレルマン大花火大会が開催されるんだ!すごく美味しいものがたくさん売ってて!遊ぶ所もたくさんある!」


「わぁ!そんなに大きなお祭りなら美味しいお店もすごく多いでしょう?私はいいです!」


「いいね!今日カル兄様も行きますよね?」


「うん!私もいいよ!!」


「私とカルロス皇太子、グレース皇太子は、各自の準備を終えて再び集まって皇太子専用馬車に乗った。

馬車の外の風景を見ると、いつの間にか日が沈み地平線の下に暮れていた。


(パカラッパカラッ)


馬車の車輪がごろごろ転がる音に、私は大変興奮した。

前世でも現世でもそれなりに忙しく過ごしたので、こんな祭りを楽しむ余裕がなかった。

私は久しぶりにゆったりとした気分で馬車が窓の外に漂ってくる爽やかな夏の趣を思う存分満喫した。

ベイリオ皇国の首都エレルマンの花火大会の現場には、すでに宵の口にもかかわらず、多くの人が押し寄せた。

私は驚いた表情でカルロス皇太子とグレース皇太子を見つめた。

祭りの規模は私が思ったよりとてつもなく大きいようだった。


「わぁ!すごいです!」


私が感嘆したのを聞いて、グレース皇子は気分がよかったのか、大喜びした。

その時、カルロス皇太子が茶目っ気たっぷりに私を見ながら聞いた。


「さあ、この祭りには、あんな遊びが面白いよ!エレイン、ウサギのぬいぐるみは好き?」


「はい、好きです!」


「よし!わたしがあのおおきなうさぎの人形を取るから期待してね!」


自信に満ちた表情で店でボール投げをしていたカルロス皇太子は、すぐ雨に降られた子犬のようにだらりと私に歩いてきた。

惜しくもカルロス皇太子が投げたボールは一度もゴールポストに入らなかった。


「カル兄様!あっち行ってやってみましょう。ここは席が良くないようです!」


「うん。俺が思うにそうだと思う!あっちに行こう!グレース!!」


「はい!!!いいですよ。カル兄様」


僕は2人の後をついて回りながら、しばらく祭りを楽しんだ。

その時、遠くからセレナとハエリス公爵が先に約束したように私たちに近づいてきた。


「カル!!グレース皇子様!エレインちゃん!やっぱり先に出ていると思いましたわ!!」


セレナは明るい笑顔で我々に挨拶をした。

グレース皇子は明るく微笑んでセレナに馴れ馴れしく手を振った。


「セレナ姉さん!今来てどうするんですか!遅すぎじゃないですか!」


「グレース皇子様のお兄様!ハエリス公爵閣下を連れてくるのが大変でした。最近外にもあまり出てないし!執務室から出てこない!!どんなに頼んだか…でもグレース皇子様と約束を取ったと言ったら連れてこられたんですよ?ハエリス公爵閣下が、グレース皇子様をひそかに可愛がっているようですわ!」


セレナはグレース皇子の頭をなでながら綺麗に微笑んだ。

ふと顔を上げたセレナの視線が私に刺さった。


「エレイン!!お体だいぶ回復したようですね。本当に良かったです」


「おかげさまです。ありがとうございます。セレナ様」


金髪の美女セレナのそばにいたハエリス公爵の視線も、なぜか私に向けられているようだった。

私は彼に微笑みながら先に挨拶をした。


「お、お久しぶりですね。ハエリス公爵閣下、お元気でしたか?」


「そうだね…。体調が大分よくなったようだな」


ハエリス公爵の言葉に私はじっと頷いた。


「はい…」


「エレイン!あそこで魚を捕まえよう!」


グレース皇子は大声で嬉しそうに私を呼んだ。

私はぎこちなくハエリス公爵に挨拶し、グレース皇子に近づいた。


「ここ、この魚が綺麗みたいですよ」


「うん!私が一回、捕まえてみるよ!わぁー!あ!逃した!」


「うぅ…、もったいないですー!!それではこちらのこれ取ってみますか?」


「うん?これ?」


「はい!」


しばらく楽しく遊んでいた私たちは、カルロス皇太子の積極的な勧めで、とある古ぼけたアイスクリームの店の前に立った。

セレナがつんとした表情でカルロス皇太子を見つめながら言った。


「カル、私はこんなところで食べたくないわ!衛生面がちょっとあれじゃないの!」


「まぁまぁ…でも、一回だけ食べてみて!セレナ!本当に甘くて柔らかいんだって!」


セレナがつっけんどんな口ぶりで愚痴をこぼすと、カルロス皇太子は一度だけ食べてみようとせがんだ。

しかし、結局カルロス皇太子とグレース皇子、そして私だけアイスクリームを一つずつ持ってベンチに陣取った。


「エレイン、アイスクリーム食べても大丈夫?頬の内側がまだ痛い?」


カルロス皇太子が心配そうな表情で私に尋ねた。


「大丈夫です!これは噛むわけでもないし、溶かして食べるんですから!」


「そうだよ!アイスクリームはそっと溶かして食べればいいんだよ!!」


グレース皇子は甘いバニラアイスクリームを気持ち良くぺろりとなめた。

私は彼の姿がとても可愛くて、グレース皇子の頬をぶすっとつつきたいと思った。

首を回して見ると、セレナと一緒にハエリス公爵がアイスクリーム屋の横でお互いを眺めながら会話をしていた。

口の中はアイスクリームのおかげでとても甘かったけど私の中は渋く酸っぱく、とても苦い味が喉に染みるようだった。

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