第38話 魔手の森(失踪2)
(ビュンビュン)
風が私の顔の頬を打ったような気がするほど早いスピードで魔手の森に向かった。
以前、伝染病にかかった村に向かった馬の速さとは比較にならなかった。
とても速く馬が走って、まるで遊園地のジェットコースターに乗って走っているような気分だった。
私の頬を切る勢いの激しい風のため、まともに呼吸ができなかった。
私は息ができなくて何度もめまいで馬から転げ落ちるところだった。
私の状況が変だということに気づいたベル執事が、辛うじて馬から離れようとする私を支えてくれて、幸い大きな怪我をしないで済んだ。
「エレインさん、しっかりしてギュッとつかんでください!」
「すみません!ベルの執事様!!」
私たちは再び言葉をせきたてて速く走り去った。
(ウォオオ)
いつの間にか、密かな場所に到着した私たちは人里離れた場所に密かに隠されている、ある建物に到着した。
我々を乗せた茶色い駿馬は気力が尽きたのか、舌を長く出し地面に倒れようとした。
ベル執事は馬から降り、私の手を取って私を馬から降ろしてくれた。
私たちを乗せて苦労していた馬が、私たちが背中から降りるやいなや地面にばたっと倒れた。
「ネロ!早く水を持ってきて!」
「あ! はい!」
馬は白い泡を吐き出しながら息が絶えそうになっていたので、建物から出てきた大勢の人がざわめきながら素早く処置した。
多分私たちが到着したここは、ハエリス公爵家の秘密の連絡所のようだった。
ベル執事は連絡所のトップの一人の男に、胸の中のきらめく黄金色の札を見せた。
「少々お待ちください」
男の部下が馬小屋から、黒毛につやけがツヤツヤの筋肉がしっかりとした馬を運んできた。
ベル執事は先に軽く馬に乗り込み、私に手を差し出した。
私は震える腕を頑張ってつかんで、ベル執事の手を取って馬に乗り込んだ。
私たちは再び高速で「北の魔手の森」に疾走し始めた。
(パカラッパカラッ)
馬の上で時間を過ごしてから、もう一日があっという間に過ぎたようだった。
私は意識がぷつんと途切れそうになって頬を何度もかんだ。
あまりにも口の中を噛んでたら口の中の血が、割れた私の口元に沿ってぽろぽろと流れ落ちた。
疲れすぎたからかな?もう止血もできないのか、血がとても止まらなかった。
私は咳の混じった口内の血をのどまで飲み込んだ。
私の股間やお尻は感覚がなくなって久しいので、まるで岩のように感覚がなかった。
速く走る馬から眠気を覚まそうと、数え切れないほど私の手の甲もつねったら、もはや手の甲にも感覚がなくなりつねっても何の感覚も感じなかった。
私たちは一度も水を飲まず、ハエリス公爵の秘密連絡所を13回も寄った。
そして13番目の馬を乗り継いで走ると、目の前に果ての見えない巨大な森が現れた。
私達はわずか1日半でベイリオ皇国の「ハエリス公爵の公領」から「北の魔手の森」に到着したのだった。
私はぼんやりしかけている精神をもう一度しっかりするために頬を強くかんで、バラバラになろうとする私の精神を起こした。
血がもう一度ぽろぽろと私の口元から流れ落ちた。
ベル執事は先に馬から降り、馬の上にいる私をつかまえて降ろしてくれた。
馬から降りるやいなや、私の足ががくがくし体が大きく揺れた。
ベル執事は私の口元にちょろちょろと流れる血を見て心配そうに言った。
「エレインさん…。あの森には敢えて入らなくてもいいです。とても危ないですから。僕も北、南の魔手の森に数多く入ってみましたが、こんなに不吉な気は初めてですね…」
ベル執事の言葉通り「北の魔手の森」全体には不吉さが満ちているようだった。
太陽の光さえ入りそうにない鬱蒼とした森は果てが見えないほど広く、森の上には一度も見たことのない巨大な翼竜のように見える魔手が、群れをなして空をくるくると回っていた。
魔手の森では奇異な獣の鳴き声がとても不吉にも聞こえた。
「ベル執事様…。魔樹の森から濃い毒の匂いがします」
「え?毒ですか?私は何の匂いも感じられませんけど?」
私は魔手の森から風に乗って来る毒の匂いを深く嗅いだ。
「ルースセンの甘い花の匂い。魔手が極度の興奮を感じさせる成分が混ざっています。この前、公爵閣下の舞踏会で使われた毒ととても似ていますね。ヘイライン、ボルソ、カトミン、カルトキシン そしてプレンスト?ベル執事様、グレース皇子様が危ないです!」
切羽詰った私の言葉にベル執事がとても驚いた表情で私を見つめた。
私は服のポケットからペパーミントキャンディーを取り出し、個数を確認した。たったの7個。
普段からちょっと多めに持ち歩けばよかったという後悔が急激にしてきた。
「ベル執事様!もしかして私が作ったペパーミントキャンディーをハエリス公爵閣下や他の方々も持って魔手の森に入りましたか?」
「はい。念のため私が別に作って各棋士に30個ずつ支給しました。もちろんペパーミントキャンディーに解毒機能があることは、徹底的に秘密にされていました。おそらく騎士たちはおやつ程度に理解していると思いますよ」
「それならまだ良かったですね。ベル執事様。私が知らせた解毒法、それに1,000倍の薬草を用意して燃やしてください。煙が森の中によく入れるようにです。ただし、火種が広がらないように 特に注意しなければなりません。火が広がると大火になる恐れがあります。煙を燃やすと毒を中和して魔手たちを沈静化することができます」
「そうですか!!じゃあ、早く準備しに行きましょう。ここの近くにドーベルマン伯爵の領地があります。一刻を争います!」
ベル執事が大変切羽詰った顔で催促したけど、私は首を横に振りながらベル執事に言った。
「いいえ、私はあの森に入らなければならないんです。今、グレース皇子様が凄く危ないです。ベル執事様、よろしくお願いします」
ベル執事の瞳孔が不安らしく、左右に容赦なく揺れた。
私を捕らえなければならないけど、捕まえることができない非常に困り果てた表情だった。
「あの…ベルの執事様。私にナイフをちょっと貸していただけますか?」
私が手を出すと数回ためらった末、彼の腰につけた短剣をほどいて私に渡した。
「本当に一人で行けるのでしょうか?そのうち死んでしまいます。エレインさん…とても危ないです」
実は私も一人で魔手の森に入るのが本当に怖かった。
前世で見た映画やドラマの特別な主人公たちのように、私は素敵に戦うことができなかった。
それに前世でも今世でも別に護身術や武術のようなものを身につけたこともなかった。
それでベル執事から渡されたこの短剣もどうやって振り回せばいいか見当がつかなかった。
おそらくこの短剣は林で枝を切ったり薬草を育てたりするのに使われるだろう。
しかし、あの森の中には私が好きなハエリス公爵がいたし、実の弟のようなグレース皇子がいた。
それで私は大きな勇気を出してみることにした。
けれども、私の心に反して手足がぶるぶる震えて、足が地面から離れなかった。
私は恐怖をわざと余裕のあるように微笑みながら頑張って隠してベル執事に話した。
「ベル執事様、私たち絶対無事に会いましょう」
「はい。くれぐれもご自愛ください…」
「ありがとうございました。ベル執事様」
私は落ちつかない足取りをやっとの思いで動かし、ベル執事を後ろにしたまま、「魔手の森」に向かった。
(サクサク、サクサク)
ごわごわした野生の草をかき分けながら、私はまずハエリス公爵とグレース皇子を探す前に、森のあちこちを歩き回って薬草を採集した。
匂いに敏感な私の鼻のおかげで、魔手の森で私が必要とした薬草を簡単に見つけることができた。
幸い一般の野山では見られない数多くの草木が魔手の森のあちこちに散らばっていた。
私はここで最も必要なノルソンの黄色い花を探し回った。
ノルソンの花には人の体臭を隠す効果があって、この魔手の森を自由に歩き回るためには必ず必要な薬草だった。
幸い、北側の魔手の森の巨大な木の下柱には、いたるところに黄色いノルソンの花がたくさん生えていた。
私は魔手の森で魔手に会う前に素早くノルソンを取って、その花と葉を噛み砕いて、体の隅々に塗った。
そして移動しながらもノルソンの花が見えるたびに取ってローブの内ポケットにつめた。
いくつかの解熱、消炎、消毒作用のある薬草も掘り出しローブのポケットにいっぱい詰め込んだ。
北側の魔手の森の中には、鬱蒼とした木が20メートル、30メートル以上で、普通の小型マンションや小さなビルのように高く育っていた。
生い茂った木々のもつれた葉のせいで魔手の森は日当たりが悪かった。
それで、真昼にもかかわらず、森は日が暮れた夜のように暗く陰湿だった。
(ガオー、ガオー)
(ウウウー、ウウウー)
私からそう遠くない場所から魔手の荒い鳴き声が聞こえてきた。
(ドンドン、ドンドン、ドンドン!)
まるで100メートル走をした後、激しく走る心臓のように鼓動する心臓音が私の耳元で大きく響いた。
私はすぐに周辺を見回して、私が隠れるような場所があるか探した。
幸いにも、私の身を隠せるような大きな岩が私と遠くない所にあった。
私はできるだけ静かに音を忍ばせてその岩の陰に素早く隠れ込んだ。
岩の隙間から見ると、人のように二足歩行する頭に角が3つ生えた魔手の群れが歩いてくるのが見えた。
そして、その向かい側にオオカミの形に似ているけど、牙が両側に口の外に突き出た魔手の群れも見られた。
よくよく見ると二人の群れが互いに対峙しているようだった。
(ホーホー、ホーホー)
(ウウウー、ウウウー)
(ガオー!!)
両方の種族間の争いは、私の全く予期せぬ方向に流れた。
魔手たちが森の毒に深く酔ったのか、いつの間にか仲間を問わず互いに噛みちぎって食べた。
(ウウウー!)
(ガオー!)
魔手の殺気立った悲鳴と濃い血なまぐさい匂い、荒い呼吸音が魔手の森に響いた。
(ばたばた)
互いに鋭い爪と歯で噛みちぎったため、割れた船の中で魔手の臓器が土にそのまま流れ落ちた。
理性を失った魔手たちは、降り注ぐ自分の内臓を踏みながら戦いを続けた。
私はあの恐ろしい光景を目にして、胸の中から嘔吐が喉にこみ上げてきた。
しかし、幸いなことに半日も水を飲むことができず、嘔吐するものがなかった。
なんと2時間もあんなに血がにじむほど戦ったのだろうか?
激しかった戦闘が終わると、生き残った数頭の魔手が真っ暗な森の中にどんどん飛び回りながら消えた。
極度に興奮したのか、魔手の目が赤く光ったが、その目つきはあまりにもぞっとした。
魔手の赤い瞳が黒い森の向こうに消えたのを見てはじめて私は床に座り込むことができた。
(ドサッ)
しばらく席を立つことができなかった私は、魔手たちの濃い血のにおいに勝てず、無理やり立ち上がった。
冷や汗でぐったりとなった私の体中にソルソンの花を噛んで汁を塗り、やっとの思いで足を運んだ。
「はぁはぁ、はぁ」
数時間にわたって魔手の森をさまよいながら人の痕跡を探してみたが、何の痕跡も見つけることができなかった。
ベイリオ皇国の北方の国境地帯を長く分けるこのような大きな森に、哀れな私の嗅覚だけを頼りに一人で入ってくるとは、あまりにも怖がらなかったようだ。
いつからか、同じ席だけが回っているようで、不安が襲ってきた。
私はしばらく、ぴーんとめまいを感じて、その場に腰をおろした。
⦅あぁ…喉が渇きすぎる⦆
北側の魔手の森には、ありふれた川辺や水たまりすら見つけることができなかった。
数日間水が飲めないと、ひどく喉が渇いてしまった。
周りの水の音に精神を集中してみたけど、水の音どころか魔手の「クエーッ」という音だけが聞こえた。
私は仕方なしにさきほど採取した薬草の根を取り出し土を叩いてくちゃくちゃに噛んだ。
苦い薬草汁が口いっぱいに広がった。
のどが渇いていなかったら、あまりにも苦くて喉に通せなかったはずだった。
私はまたソルソンを噛んで全身に塗って周りを見回した。
いつのまにか魔手の森に漆黒のような深い闇が訪れた。
(ガオー)
(ウウウー)
名も知らぬ魔手たちの泣き声が不吉に魔手の森のあちこちから聞こえてきた。
恐らく夜行性の魔手のようだった。
薬に酔って正常ではない魔手たちが焚き火をするとどんな反応をするかわからないので、火を起こすことができないまま自分の身を隠す場所を探してみた。
夜露でも避ける洞窟のようなところがあったらよかったのに、真っ暗な魔手の森は一寸先も見えないほど暗かった。
結局私は安全な場所を見つけられず、大きな木の根元にもたれて全身を丸めずにローブをしっかり包んだ。
骨の中まで冷える夜気が私の体にしみて歯がガタガタ震えてきた。
初夏だからこれくらいであっても、おそらく冬だったら私は凍え死んでいただろう。
魔手の森まで馬に乗ってくる間ずっと眠れず、体がとても疲れた。
まるで乾電池がすっぽりと飛んだかのように、気を失って深い眠りに落ちた。
翌日、やっとの思いで目を開けると、魔手の森はいつの間にか真昼だった。
うっそうとした森の木の葉の間から、かすかな陽の光が差し込んでいるのを見ると、陽が沈むまでまだ時間が少し残っていた。
日が落ちると一寸先も見えないので、早くその場を離れなければならなかった。
(グーグー)
ベル執事が準備してくれたポケットの中に入っていた干し肉とナッツ類はもうすでに食べきれていなかった。
何日間もまともに食べられなくてお腹がとても空いて一応何か食べなければならないようだった。
脾胃はとても悪いだろうけど、先日魔手たちが戦ったその現場に戻ることにした。
「ウウッ…」
木に残しておいた標識に従って現場に到着してみると、あらゆる魔手の死体と臓器が地面に散乱していた。
多くのアリの群れやハエのような小さな生命体が、魔手の死体にくっついてかじっていた。
幸い、涼しい魔手の森の気温のおかげで初夏ではあったけど、あまり腐っていないようだった。
魔手の死体を眺めるだけでもとても気に障るが、何でも食べてこそ生き残ることができた。
それでも完全に見える魔手の破れた橋を地面から拾った。
魔手死体のもこもこした毛の感じがあまりにもぞっとした。
腐敗が進んでいるのか酸っぱいにおいが鼻をついたが、私の空腹はすでに限界を迎えていた。
私は飢えたお腹を押さえながら、前日周囲を見渡していた安全な場所へ移動した。
大きな岩が何重にも囲まれた場所で、幸い岩で火を起こしても外からは見えないようだった。
それでも念のため、匂いがあまり広がらないように周囲に「ヘロカロン」の葉を取ってたくさん岩に混ぜた。
「ヘロカロン」葉の香りは本来肉臭さを取ってくれる高級スパイスだけど、これがこんなに使えるとは思わなかった。
私は岩の中に入り、ベルトのポケットを漁って火打ち石を取り出した。
そして、枯れた枝に火をつけた。
魔手の足についていた数多くのアリとウジをナイフでさっと払い落として、腐った肉をえぐり取った。
そして小さく作った薪の上に魔手の足を乗せ、残った「ヘロカロン」の葉をサラサラとまいた。
(タダッ、タタッ)
(ジュージュー)
黒い魔手の足の毛がまず「パチパチ」という音を立てて真っ黒に焼けてから、すぐに黄色く熟していった。
私は完全に火が通った名の分からない魔手の後ろ足肉を少しずつちぎった。
人より優れた私の嗅覚神経に脂臭い匂いが鼻先を刺激した。
「ううっ」
「ヘロカロン」をいくら撒いても敏感な嗅覚のせいで嘔吐しそうだった。
しかし、無理やりに後足の肉を噛んで飲み込んだ。
何でもお腹にさえ入れば、めまいがした頭に血が流れるようだった。
私は魔手の後ろ足の肉を食べきれずに、残ったものは別に広い木の葉に包んだ。
魔手の森を探索しながら、お腹が空いた時に少しずつ食べるつもりだった。
私は昨日採取したノルソンの花を取り出し、葉と花をかじって汁を塗り、全身に塗った。
元気になった私は、今日はもっと魔手の森の中に入ってみることにした。




