第37話 魔手の森(失踪1)
太初、この世には魔術師、魔法師、妖精と呼ばれる人々が存在したと言う。
彼らは主に、叶えられない片思いをする呪いにかかったが、その呪いを解くことができなければ一生一人で寂しく老いて死ぬという昔話がこの世界に存在した。
その物語の作者は、この世界の初期の作者である私だった。
まさか、私が古典物語の中でも最も多く残っているクリシェ(常套的な)、公爵閣下を愛する元メイド出身の保母の役だとは…。
それも双方の愛でもないのに、一人で気をもんでいて、じれったい「片思い」だなんて。
そのことが、一層悲しい気分になった。
私の片思い相手のハエリスはベイリオ皇国の第5皇子という偉い身分の男性だった。
小説の中の描写でも描ききれない秀麗な外見と、賢い知性まで兼ね備えた社交界の令嬢たちの心の中の憧れ。 ベイリオ皇国のBTX! 私の片思い相手のプロフィールは、華麗さを超えてぴかぴか光っているようだった。
彼のそばに私が直接貼っておいた運命のパートナーセレナ!
侯爵家の高貴な貴族令嬢で美しい外貌!優しい心!彼女を一度でも見ると恋の病にかかった男たちが何トラックも積もるほど!
果たして私はハエリス公爵と叶えられるのだろうか。
愛がどこへ向かいかあっちこっち回してみたり、数え切れないほど計算してみても多分99.9%!本当の片思いで終わる可能性は99.9%だと確信した。
私はこれまでそうしてきたように、3人の愛と友情を見守りながら、内心一生懸命応援することにした。
しかしこのような決心とは裏腹に、気を張る為に何度も殴って赤くなった両頬のように、私の心はあまりにも苦しくて痛かった。
⦅クスクス…、でも片思いは罪じゃないからね⦆
私は数日間胸を痛めたあげく、痛んだ心を引き締めることができた。
「そうだね!まずは掃除から始めよう!!」
この宮殿での私の仕事ではなかったけど、私は心が乱れるたびに体を使って掃除するのが好きだった。
この世界でメイドとしての仕事を長くしたせいか、汚れたものを片づけていると複雑な心がきれいに片付くような気がした。
私はグレース皇子宮の倉庫から掃除道具を取り出し、グレース皇子宮に向かった。
ありがたいことに、私が部屋には掃除するものがいくつも残っていた。
グレース皇子の執務室の机の下の紙でいっぱいになったゴミ箱を何度も空けた。
そしてきれいなタオルにワックスをつけて古風な原木家具をよく拭き、乾いたタオルで艶を出した。
乱れたベッドの布団を片付けると、部屋の中がピカピカと片付いたように見えた。
一息ついて、今度は、本が山のように積まれているグレース皇子の机に向かった。
机のあちこちに散らばっている本を片方にきちんとまとめておいて、夢中に机に転がる万年筆も選んで象牙で作った白い筒にきれいに整理した。
夢中で掃除に没頭していたら、私の心も少しずつ整理できたように思えた。
翌日はベイリオ皇国の皇室医員局に私の足を運んだ。
薬剤と薬草倉庫を管理するバルカルン医員が私を親しく歓迎した。
「こんにちは!バルカルン医院様!」
「久しぶりだな!エレイン、今日も茶葉が必要なのか?」
「はい!皇后陛下と皇妃様にプレゼントするお茶を作ってみようかと思いまして!」
私の言葉にバルカルン医員の目が丸く大きくなった。
彼は当惑した表情で私に薬草倉庫の扉を開けてくれた。
「さあ、入ってごらん。俺は外で待つから」
「はい!ありがとうございます」
私は皇室の医員局の薬剤倉庫に気を付けながら入った。
濃厚でほろ苦い薬剤の香りが広い空間に充満していた。
広い薬剤倉庫の隣には干し茶の葉と生花が並んでいたけど、私はジェイラル皇后と皇妃たちにプレゼントする茶の葉であるだけに、いつにも増して慎重に茶の葉を選んだ。
先に持って行った籠に必要な薬草の葉を入れて、帳簿に薬草を几帳面に記録した。
バルカルン医員に挨拶した後、皇室医員局を出て皇子宮の厨房に戻った。
私は朝から晩まで皇子宮の厨房にこもって、ジェイラル皇后と皇妃たちに贈る茶葉をブレンドしながら過ごした。
お茶の葉を作ることに夢中になっていたため、いつの間にか6日間という時間があっという間に過ぎた。
きれいな箱に茶葉を丁寧に包装した後、ジェイラル皇后と4人の皇妃に贈ったら、また空しい気持ちが訪れた。
明るいグレース皇子の安否も心配だし、私が片思いする相手のハエリス公爵も心配になった。
そして、私の恋敵(?)ともいえるセレナへの心配も一緒に訪れてきた。
それでも暗室騎士団50人と皇室騎士団500人が一緒に行ったのだから大丈夫だろうと自ら心を慰めた。
今日もがらんとしているグレース皇子宮を一生懸命掃除して整理をしていた時だった。
「どうしましょう…、グレース皇子様が!」
まともに歩くこともできず、ほとんど倒れそうな青白い顔のアンナ夫人と声を上げて泣くシャーロットがお互いを助け合いながら皇子宮に入った。
私は持っていた乾いた雑巾を大理石の床の上にポツンと落とした。
「アンナ夫人!一体どうしたんですか…?シャーロット、大丈夫ですか?」
よろめきながら歩いていたアンナ夫人が一瞬、足の力が抜けたのか床に座り込んだ。
彼女のしわの両目が大きな衝撃でぐったりと消えて、瞳の焦点までぼやけて見えた。
私は皇子宮の厨房に駆けつけ、ガラスのコップに冷たい水をなみなみと注いだ。
(ダダダッ)
慌てて走ったのでコップに入った水の半分が大理石の床と私の服にこぼれたが、気にしなかった。
アンナ夫人とシャーロットに半分ほどの水を飲ませてから、彼女たちが落ち着くまで待った。
心臓の鼓動が何だかよくない不吉な予感がした。
だんだん意識が戻ってきたシャーロットは、次第に私の肩の袖をぎゅっと握り締め、悲しい表情で私を見つめながら泣きじゃくった。
「うちの皇子様を、どうすればいいんですか、保母様!しくしく…グレース皇子様、グレース皇子様が行方不明になったそうです。ハエリス公爵閣下もですよ!」
彼女の言葉を聞いて、私は全身の血の気が一気に蒸発した。
「そ、それはどういうことなんですか。シャーロット。詳しくゆっくりと話してみてください」
「うぅ・・・魔手の森に魔手たちが、魔手たちがいきなり群れで騎士団を襲撃し、今カルロス皇太子殿下が支援軍を率いて行かれるそうです。生き残った棋士たちの言葉によると、魔手がまるで薬に酔ったように変だったそうです」
(ダダダッ)
私は息が顎まで上がってきて苦しくなったけど、止まらず慌しく走って皇太子宮に向かった。
皇太子宮には、カルロス皇太子が深刻な表情で騎士らに対しあれこれ指示する姿が見えた。
いつも明るかったカルロス皇太子の顔には暗い影が濃くかかっていた。
私を発見したカルロス皇太子が、騎士らに様々な指示を下した後近づいてきた。
「エレインさん…。話を聞いたんですね」
心がかなり焼けたのか、カルロス皇太子の唇の周辺が白く渇いていた。
「はあ、はあ、グレース皇子様とハエリス公爵閣下…セレナ様はご無事ですか?」
「セレナは幸いにも魔手の森の外で待機中なので無事です。魔水の森に一緒に入っていた騎士の一部だけが生きて帰って来ました。生存者たちの証言によると、魔手たちが狂ったように暴れまわってきたそうですが…。今、ハエリス公爵やグレース、暗室騎士団も帰ってきていないそうです」
カルロス皇太子は焦った様子をわざと隠しながら、何でもないように私の肩をたたいて言った。
「私はもうすぐ騎士たちと魔手の森に旅立ちます。グレースとハエリス公爵はきっと無事です。心配しないでください。エレイン」
「カルロス皇太子さま。あの、一つ伺いたいことがあります…。魔手たちが薬に酔ったようだって聞いたんですけど。間違いないですか?」
カルロス皇太子がしばらく悩んだ後、すぐにうなずいて言った。
「はい…、そうです。魔手たちがまるで薬に酔ったように正常ではなかったと言いますね。もちろん生き残った騎士たちの証言だけなので確認できませんでした」
私はカルロス皇太子の言葉にこくりとうなずきながら考えた。
これは何かハエリス公爵とグレース皇子を狙った陰謀のような気がした。
もしかしたらジェイラル皇后宮に毒を入れた人物、グレース皇子に毒入りのミュースケ鉛筆をプレゼントしたその毒術師の仕業かも知れない。
すべてを考え終えた私は、カルロス皇太子に急いで話をした。
「カルロス皇太子殿下、どうかお体にお気をつけてお越しください。私が先に到着して詳しく調べてみますね」
私の言葉が理解できなかったカルロス皇太子が、不思議な表情で私を見つめた。
しかし、彼に別に説明する時間がなく、私は素早く皇居の外を走った。
慌てて走りながら、スカートのポケットに馬車に乗るお金があるのか考えた。
金がなければ再び戻ってグレース皇子宮の私の部屋まで走らなければならなかった。
私は焦った気持ちでしばらく走るのを止めて、急いでスカートのポケットを探って、ポケットの中のお金を取り出した。
運よくハエリス公爵の公領までいけるくらいのお金があった。
私は急いで駆けて、皇居の外に待機している馬車に乗り込んだ。
「どこに案内しましょうか。お客様?」
「最も速いスピードでハエリス公爵の邸宅に行ってください!今!すぐです!」
馬丁が急を要する私の表情を見て、かしこまりましたと急いで馬車を走らせた。
私はブルブルと震える手をやっと取り合って落ち着かせたけど、どうしても震えは止まらなかった。
馬車の馬丁が真っ白になった私の表情を見て、何か大変なことがあると思ったのか、普段40分の距離をわずか20分で到着した。
私はつり銭をもらう時間がなく、ポケットの中の金を全部取り出し、馬夫の手に握らせた。
「お客様!!お釣りです!!!」
「大丈夫です」
馬丁は急いで私を呼んだけど、私には振り返る時間がなかった。
顎までつっかかる息を吐きながらハエリス公爵家の邸宅に素早く駆けつけた。
(キンキン)
ハエリス公爵家の固く閉ざされていた鉄の扉がキーッと開いた。
いつも玄関の前で客を迎えてくれたベル執事が見当たらず、エレン夫人が私を迎えた。
⦅まさか!もう遅いのかな?⦆
がっかりした気持ちで体中の力が抜け、地面に座り込みそうだった。
エレン夫人がびっくりした表情で私を見つめながら聞いた。
「エレイン!この格好はなに?一体どうしたの?」
「ふ、夫人!ベ、ベル執事さんは?今屋敷にいらっしゃいますか?」
「今外出準備中なんだけど、何で?どうかしたの?」
幸いまだ遅くないような気がして、ようやく安堵のため息をついた。
「よかったですね。エレン夫人。ベルの執事様に今すぐお目にかからせてください。急いでます!」
「そうだね。とりあえず伝えてみよう…」
エレン夫人は足早に、ベル執事に私の消息を伝えに出かけた。
私はじだんだを踏みながら苛立たしい気持ちでベル執事を待った。
まもなく、ベル執事が活動しやすい黒い無服にグレーのローブを着た私を迎えた。
「エレインさん?ここにはどうやって?」
「ベル執事様、今北の魔手の森にいくんですよね?」
単刀直入にベル執事に聞くと、暖かかった彼の表情が急に刀を鍛えたように鋭くなった。
しかし、私はそれに気を使う心の余裕がなく、ただ私の真の心をこめて話した。
「私を連れて行ってください!皇太子殿下も支援軍に行かれるとは存じております。でもそっちは遅すぎるような気がして、こちらに走ってきました」
ベル執事はしばらく何も言わず、じっと私を穴のあくほど見つめた。
私を連れて行くべきかどうか深刻に悩んでいるようだった。
「必ず助けになります。足を引っ張りません。魔手たちが薬に酔ったようだと言われたので…。私が役に立つと思います。どうかお願いします」
やっと大きな決心をしたようにベル執事がしばらくどこかへ行ってきた。
彼の腕には、活動しやすい女性用の黒い無服と赤いローブがかけられていた。
「さあ、これを着てください。エレインさん」
いつからか私に敬語を使い続けるベル執事はちょっと変だったが、私はそれを気にする余裕がなかった。
私は公爵家の空き部屋に入り、ベル執事が渡した服とローブを着て外に出た。
ドアの外で待っていたベル執事が黒いベルトを私にくれた。
私はベル執事からベルトを渡してもらって詳しく見通した。
牛の皮でできたベルトにはポケットが一つ付いていたけど、中をそっと開けてみると火打ち石とジャーキー、ナッツ類少し、そして小さな包帯のようなものがあった。
私はベルトを腰に巻き、ベル執事をじっと見つめた。
ベル執事は腰に長い剣と短剣を挿して私を待っていた。
すべての準備を終えた私たちはハエリス公爵家の正門に急いで走って行った。
公爵家の正門の前には見事なクマデがお洒落な茶色の馬が準備されていた。
彼は元最高の殺手らしく、軽い身のこなしで馬にまたがって座った。
ベル執事が私に手を差し出すと、私は彼の手を取って後ろに乗り込んだ。
「さあ、参ります。必ず掴んで下さい。エレインさん」
「はい、分かりました」
ベル執事が馬の両腹部を足で蹴ると、馬が「ヒヒーン」と大きな鳴き声を上げながら速い速度で走り出した。
(パカラッパカラッ)
⦅どうかご無事で!ハエリス公爵閣下…、グレース皇子様!⦆




