第17-2話 メイドエレインが去った空席
セレナはハエリス公爵をじっと見つめながら心配そうな顔をした。
彼の顔色は一見するととても良くなさそうだった。
「ハリ!体の調子が悪そうだよ?どこか痛いところでもあるの?」
セレナは、ハエリス公爵の額に彼女の手を当てようとした。
しかし、他人が自分を触ることを嫌うハエリス公爵が、彼女の手を自然に避けた。
自分の体に誰かが手を出すのを嫌うことをよく知っているセレナだったが、今回だけは妙に不機嫌だった。
いきなりグレース公爵の救恤所からエレインを抱いて外に出るハエリス公爵の姿が浮かび上がったからだった。
そのことが思い浮かぶと、彼女の気分は言葉に表現できないくらいに気分がもっと悪くなった。
「ハリー、もしかして最近また眠れないの?」
「うーん、仕事が多くて…」
ハエリス公爵はベル執事が出したお茶を一口飲み込んで返事をした。
セレナのエメラルドのような青い瞳が、ハエリス公爵をまじまじと見つめていた。
「どうした?私の顔に何かついているのか?」
ハエリス公爵はセレナを怪訝そうに見つめながら尋ねた。
「ううん…何でもないよ。ただ。あ!エレインちゃん!体の調子はどう?良くなったの?」
「ああ。体は全部治っているようだ」
「一度顔でも見たいな…。エレインちゃんがお屋敷にいたら呼んでよ!」
セレナの言葉を聞いた瞬間、ハエリスは一瞬、気分が地底に沈んだようだった。
しばらく言葉を失ったハエリス公爵がセレナを眺めながら口を開いた。
「私の屋敷にはもういない。俺がこの前、出てもらった」
「どうして?エレインが命をかけてグレース皇子様も救ってくれたじゃないの!大きな補償をしてあげなければならないんじゃないかな?そして村人たちまで皆救ってくれたじゃないの…。ハリ!普段は計算が確かなのに、どうして彼女を出ていかせたのか聞いてもいいかな?」
セレナのとても気になっているような、煌めく二つの瞳がハエリス公爵に向かった。
ハエリス公爵は一瞬、何を言っていいか分からず、しばらくためらった。
「それは、強いて知る必要はない。セレナ…」
ハエリス公爵が持っていた茶碗をテーブルに置いて言うと、セレナはとてもすっきりした表情で口を開いた。
「そうだね、ハリはいい加減に追い出すような人ではないし…、それなりの理由があったんだろうね!それでもすごく残念!私とエレインは医学的に何か通じるものがあったと思ったんだけど…」
セレナはにっこりと綺麗に微笑んだ。
「あ、そうだ。ハリ!グレース皇子様には一回でも行ってみたの??兄というのにとても無関心じゃないの!」
「うむ。元気だって聞いたよ。幸いだったな…」
「男たちは皆ハリのように無情なの?うーん…違うわ。親切なカルを見るとそれもまた違うようだけど…」
セレナの言葉に彼は渋い表情で苦々しい微笑を浮かべた。
グレース皇子とは実の兄弟だったが、お互いに成長してから長く離れた期間が多かった為か、どうしても他の兄弟より固い絆が足りなかった。
幸いにも、彼が戦場を駆け回っている間、カルロス皇太子が母親のジェイラル皇后からグレース皇太子を守ってくれていた。
そのため、グレース皇子とカルロス皇太子がむしろもっと実の兄弟のようだった。
彼自身も苦しかったが、彼と弟のグレースを守るためには仕方がなかった。
父親のゲリマン皇帝に、彼の価値を認められなければならなかったからだ。
「グレースのところには後で行ってみることにしよう…」
「うん。あ!そうだ!ところで私…気になることがあるの。正直、あの時ちょっと悲しかったんだ。なぜエレインを連れて行ったのか聞いてもいいかな?」
何か少し悲しそうな表情のセレナが、ハエリス公爵に言いずらそうに言葉を出した。
ハエリス公爵は不思議そうな表情で、そんなセレナをじっと見つめた。
「その時、ハリがエレインを抱きしめて兵舎の外に出てたけど、何だか私の心臓がドーンと落ちてくるようだったの。何故かは私にも理由は分からないけどね…、だからその時、何故エレインちゃんを連れて行ったの?理由を教えてくれない?」
「それは…、毒のせいで仕方がなかった。詳しい説明ができなくて申し訳ない」
セレナは、ハエリス公爵の釈然としない説明を聞いてほっとしているようなため息をついた。
「そうなの?後で機会があれば是非言ってね!!あまりにも気になるからね…」
セレナが明るく微笑むと、暗かった執務室は明るくなったようだった。
ハエリス公爵は、答えの代わりに静かにうなずいてくれた。
「すごく忙しそうだね? 私はもう帰るね。またね、ハリ」
セレナはすっきりした表情で彼に挨拶をし、執務室を出た。
彼女が帰った後、ハエリス公爵はしばらく業務を中断し、執務室の窓の外を果てしなく眺めた。
透明な窓の外に映される青空に、綿菓子のような入道雲がふわふわと漂っていた。
雲を眺めていると、ふと彼の頭の中にさまざまな想念が次から次へと浮かんだ。
色んな甘ったるいことが思い浮かんだが、その想念の末端には公爵家のメイドだったエレインがいた。
彼女の蜂蜜の味がする唇と甘ったるい体臭が、彼の頭の中をむやみに駆け巡った。
実は今日彼女がいなくなったという知らせを聞いて、生まれて初めて、世界中の電気がいっぺんに消えたような感覚を覚えた。
まるで暗黒に閉じ込められたかのように息苦しい感じだったが、生まれて初めて感じる不思議な気分だった。
セレナは執務室で色々な話をしているようだったが、彼女が何の話をしたのか思い出せなかった。
エレインが公爵家を去った後、仕事が手につかず、務室の机の上には書類が山積みになっていた。
ハエリス公爵は突然気が狂いそうに、エレイン、彼女に会いたくなった。
自分の屋敷から彼女を追い出したことに、このような感情が生まれるとは彼自身も想像すらしていなかった。
彼は窓の外をとめどなく眺めながら、自分の乾いた唇に何度も触った。




