第17-1話 メイドエレインが去った空席
グレース皇子の体調が回復した後、騎士のウェルは今までの報告の為にハエリス公爵家を訪ねた。
ちょうどハエリス公爵の執務室に入る前、ベル執事に会うことができた。
「こんにちは。ベル執事さん!」
「ああ!ウェル!!これまでご苦労だったな」
ベル執事は大喜びで騎士ウェルを迎えてくれた。
「ああ、グレース皇子様の健康状態はどうだ?」
「はい、今はほとんど回復したようです。皇居にグレース皇子様が入られるのを確認してすぐこちらに参りました。あ、それからこれ…」
騎士のウェルは持ってきた大きな紙袋をベル執事に渡した。
ベル執事は不思議な表情で、騎士のウェルが持ってきた封筒から物を取り出して見た。
封筒の中には救恤所に持ち込んだハエリス公爵のジャケットがあった。
「これをどうやって?いくら探してもなかったのに…。君が持っていたとは!」
「ああ、私が持っていたものではありません。ベル執事さん、ここで働くエレインというお嬢さんの兵舎を整理している時に発見し、持ってきたのです」
ベルの執事の顔に驚きの表情がすばやく浮かび上がってはすぐ消えた。
「あ…そうなんだ!ハハハ、もう報告しに行きなさい。ハエリス公爵閣下が上の階で君の報告を待っているそうだ」
「はい。わかりました」
騎士のウェルは黙礼をした後、階段を歩いて上階のハエリス公爵の執務室に上った。
ベル執事はふと、エレインをギュッと抱きしめて馬車から降りたハエリス公爵の姿を思い浮かべた。
「ハエリス公爵閣下が…。もしやエレインを?」
ベル執事はしばらくジャケットを自分の腕にかけて持って、色々悩んでみた。
自分の推測が合っていたら、ハエリス公爵はきっとメイドのエレインに心を許したに違いない。
しかし、中毒から治ってすぐ邸宅から追い出したことを見ると、またそうではないような気もした。
20年間仕えた主君なので彼の心を察することができるかと思ったが、確信はなかった。
そしてベル執事はその日の午後、情報員を通じて公爵家のメイドだったエレインが「森の妖精たち」旅館を去ったという報告を受けることができた。
(コンコン、コンコン)
疲労回復の為のいいお茶を持って、ベル執事はハエリス公爵の執務室のドアを開けて入った。
ハエリス公爵は机の上の書類を処理し、仕事をしていたが、なぜか顔色がかなりやつれたような気がした。
ベル執事はそんなハエリス公爵をしばらく見つめた。
誰かが自分を見つめる視線を感じたハエリス公爵が、ようやく頭を上げてベル執事を見上げた。
ベル執事は、ハエリス公爵を見つめながら彼に報告した。
「公爵閣下、エレインが「森の妖精たち」を離れたという報告があります」
書類を持っていたハエリス公爵の手から突然、ぱらぱらと書類が落ちてきた。
普段、感情の変化が大きくないハエリス公爵の顔に、多くの感情が現れては消え去るようだった。
ハエリス公爵の反応を見たベル執事は、ようやく自分の推測を確信することができた。
ベル執事が持ってきた熱いお茶をテーブルに置いて丁寧に挨拶し、執務室のドアから出ようとした時だった。
ハエリス公爵が執務室を出ようとするベル執事を急いで呼び止めた。
「どこへ…」
「はい…?」
ハエリス公爵の黒い2つの瞳が重く沈んだようだった。
「ああ…はい、公爵閣下。そこまではまだ報告がありませんでした。把握次第、直ちに報告いたします」
ベル執事は丁寧に挨拶をし、執務室から出て行った。
ハエリス公爵は書類を置いて、ベル執事が置いた熱いお茶を喉に渡した。
熟睡に良いお茶なので毎晩1杯ずつ飲むが、メイドであるエレインのお茶とは微妙に味が違っていた。
茶の味が変わってから熟睡の効果が消えたのか、最近彼は熟睡もできなかった。
ハエリス公爵は茶を置いて、習慣のようにペパーミントキャンディーを取り出しては口の中に入れた。
ベル執事が、エレインのくれたレシピ通りに作ったペパーミントキャンディーだった。
「味が···違うな」
ハエリスは強いて雑念を払いのけて再び報告書を聞いた。
彼は何かを忘れようとするかのように、積まれている書類を一つ一つ処理し始めた。
ベル執事は執務室の外に出て階段を降りた後、公爵家のドレスルームでハエリス公爵のジャケットを詳しく見た。
洗濯しようと匂いをかいでみたら、もうジャケットを洗濯したのか、奥ゆかしい花の香りがした。
公爵家のメイドだったエレインが自分で洗濯し、いい香りをつけたようだった。
あえて再び洗濯する必要は無くなり、しわができてるジャケットにアイロンをかけることにした。
ドレスルームの引き出しからジョウロとアイロンを取り出した後、アイロン台の上にハエリス公爵のジャケットを置いた。
もうアイロンの中に入れる炭だけ持ってくればいいと思った。
その時、公爵家の使いのカーターがベル執事を訪ねた。
「ベルの執事様、セレナのお嬢様が訪問されました。お嬢様を公爵閣下の執務室に案内しましょうか?」
「ああ、それは私が直接報告するよ」
ベル執事は再びハエリス公爵の執務室に上がった。
(トントン)
「入れ」
ハエリス公爵が、下りてから戻ってきたベル執事をじっと見つめた。
もしかしたら新しいニュースがあるのかという期待に満ちた目つきだった。
「公爵閣下、セレナ令嬢が訪問されました。執務室にご案内しましょうか?」
ハエリス公爵は少しがっかりした様子でしばらく悩み、すぐに頷いた。
ベル執事は階段を下りて美しく装い、ハエリス公爵家に訪問したセレナを眺めながらにこやかに挨拶をした。
「いらっしゃいませ、セレナお嬢様。どうぞおあがり下さい」
「ありがとう。ベル執事さん」
セレナは明るい表情で階段を上って、ハエリス公爵の執務室に上った。
ベル執事はいつものように、ハエリス公爵とセレナ公爵が飲むお茶と茶菓を準備し、再び執務室のドアを叩いた。
そしてハエリス公爵とセレナ公爵にお茶と菓子のクッキーを差し出してから、彼は再び丁寧に挨拶をし、執務室の外に出た。
ベル執事はハエリス公爵とセレナを扉の隙間から交互に眺めた。
とてもよく似合うカップルのようだったが、ハエリス公爵の心はすでに別の場所にあるようだった。
(キイィ)
ベル執事は執務室のドアを閉めてハエリス公爵のジャケットにアイロンをかけにドレスルームに向かった。
彼はやっと、はっきりと分かることができた。
ハエリス公爵がセレナのお嬢さんに目を向けていないということを。
これまでセレナ嬢と友達のように始めて、どんどん異性的な感情につながることを内心何年間も応援してきたが、それが全部無駄になったようだった。
何となく、これまで賭け事に使われたお金が少し惜しくなって後味が悪かった。
(シューシュー)
(ジュー)
ハエリス公爵のジャケットにびっしょり水をかけ、角度をよく合わせアイロンをかけた
ふと彼の頭の中に、救恤所の兵舎でハエリス公爵が思わずつい吐き出した言葉が頭をよぎった。
((ただ、ちょっと寒そうで…))
ベル執事は満足げな表情でアイロンをかけたハエリス公爵のジャケットを、彼のドレスルームの片隅にうまくかけておいた。
そのジャケットの席は、この前公爵家の舞踏家パーティーに着ていた燕尾服スーツのジャケットの横だった。
「フフッ、我がハエリス公爵閣下にもついに心の行く人が現れたか…」




