第15-1話 メイド解雇通知書
「ううぅ…」
私は重いまぶたを持ち上げて、周辺を眺めた。
長い間横になっていたのか、腕を少し動かしてみるとぽきぽきと関節の音がしてすごく痛かった。
辺りを見ると私を取り囲む風景がおかしくて、私は慌ててに身を起こした。
救恤所の兵舎の中ではなく、とても馴染み深い家具のデザインと壁紙が私の目の前に見えた。
私は、自分の横たわっていたふわふわした広いベッドを見つめながら小さくつぶやいた。
「ここ…はハエリス公爵家だ…」
私は怪訝な目つきで、周りをもっと注意深く見回した。
部屋を見渡したくて立ち上がろうとしたけど、どれだけ横になっていたのか、足の力が抜けてすぐベッドから降りるや否や座り込んでしまった。
ふとハエリス公爵家にこんなに広い部屋があったのかとつくづくと考えてみた。
ハエリス公爵の部屋を自分で直接掃除したことはなかったからよく分からないけど、10年以上邸宅で働いたセラおばさんで描写した部屋となんとなく似ているようだった。
⦅ハエリス公爵閣下の部屋は、我々メイドの部屋を10個ほど合わせたものより広いのよ!このお屋敷で一番大きな部屋なの!⦆
「え…、まさか…」
(キイッ)
その時、部屋のドアが開かれ、エレン夫人がおしぼりとたらいを持って寝室に入ってきた。
「あら! 気を戻したんだね! エレイン!」
大理石の床に座り込んでいる私を見て、彼女はとても嬉しそうに微笑みながら言った。
持っているおしぼりとたらいを見ると、これまで彼女が私を看病してくれたようだった。
「あ、はい…。ところで、私がどうしてハエリス公爵家に再び来ることになったのでしょうか…?そしてこの部屋はどこですか?」
私の質問に女中のエレン夫人が、説明しがたいように困った顔をして、私をじっと見つめた。
「うーん…、ここはハエリス公爵閣下の寝室なのよ。事情を聞いたら、君がグレース皇子様を救おうとして毒にやられたと言っていたの。それで公爵閣下が自らこちらに連れてきたのよ」
エレン夫人の親切な説明に、急に私の顔がほてってきた。
今になってやっとその間の状況が頭の中にぼんやり描き出されてくるようだった。
毒の入ったワインを飲んで倒れた私を、騎士のウェルはグレース皇子の兵舎に連れて行ったようだった。
私がウェルに渡した解毒草リストを見て解毒薬を作って、グレース皇子と私の命を救ったようだった。
何日か倒れていたようだったけど、それにしてもハエリス公爵が自分の寝室まで出してくれるとは…。私はとても変な気分になった。
「あの…、正気に返ったので、私の宿に戻りたいです。どうもここはちょっと不便なので」
私の話に、エレン夫人が分かったと私の肩を掴んで支えてくれた。
私はエレン夫人に付き添われて、使用人の宿舎の部屋に戻ることができた。
数日後、ある程度体が回復した時ベル執事が直接私の部屋にやってきた。
「エレイン、起きないで横になっていなさい」
ベル執事はなにかすごく申し訳なさそうに私を見つめながら何度も口をもじもじした。
しばらく話しにくそうにして、すぐに彼はおもむろに白い封筒を取り出して私に渡してくれた。
私は面食らった顔をして、その白い封筒を渡された。
怪訝な目つきで封筒を注意深く開けてみると、それは「解雇通知書」だった。
「エレイン、いい知らせを伝えられなくてすまないな」
ベルの執事の慰めの言葉に、私は涙が出そうになった。
しかし、ベル執事が申し訳ないと思ったので、わざと淡々と笑った。
「あ、いいえ。大丈夫ですよ」
何を言えばいいのか分からず、いつの間にか私の部屋には長い沈黙がひっそりと漂っていた。
その時ふと頭に浮かんだので、私が先に沈黙を破って口を開いた。
「あ、グレース皇子様はどうなさいましたか?あと、毒に侵されてた村の人たちは?」
私の質問にベルの執事が感心したように微笑ましい表情でうなずいてくれた。
「幸いにもエレインのお陰で、グレース皇子様は昨日意識を完全に回復されたそうだ。そして村人たちも皆無事だよ。しばらくは村に毒が消えるまで大変だろうが、それでも幸いではないだろうか?」
「いえ…、良かったです。みんな無事で」
「解雇通知書」のせいで憂鬱だった気分が、いい知らせを聞いて気持ちがほぐれた。
勿論私も人間なので、ハエリス公爵家から解雇になって残念な気持ちになるのは事実だった。
それでも、グレース皇子と村で見た数多くの中毒症状の確認された人々が回復したと言われたら、心が癒されるような気がした。
命をかけて助けてあげたのに私をリストラするなんて必ず後悔させてやる!まあ、こんなことを考えても可笑しくはないけど、私はこの世界でハエリス公爵を理解している数少ない人ではないか?
ハエリス公爵、彼がこんな選択をせざるを得なかった理由を私は知っていた。
多分、このようになったのは、私が彼に黙って食べさせたペパーミントキャンディーが問題になったようだった。
しかし、このペパーミントキャンディーが解毒剤だと言っても、果たして彼が幼いメイドの言葉を信じてくれただろうか?
それで話せなかったけど、こんな事になると心が寂しくなるのは仕方ないようだった。
私の書いた小説の主人公であるハエリス公爵を慰める方法は、まさに私が作ったペパーミントキャンディーの解毒剤だった。
愛する人と一生幸せに生きるためにはまず生き残らなければならなかったから。
ジェイラル皇后のそばに、大変有能な毒術師がいるようなのか、ハエリス公爵は、絶え間ない毒殺の試みを受けた。
ある時は彼がよく使う食器に毒が付いていたり、ある時は彼がよく使う万年筆に毒が付いていたりもした。
私はハエリス公爵家の掃除で密かな毒術師の手口に舌を巻いたことが一度や二度ではなかった。
甚だしくは一度に死ぬ量の毒ではないから毒で死んだのか、自然死なのか分からなくした巧妙な毒もあった。
そのため、もしかしたらペパーミントキャンディーを好むのではないかと思ってペパーミントキャンディーで作った解毒剤を作ったが、彼がこれまでよく飲んでくれて良かった。
しかし、ハエリス公爵としては本人の同意なしに作った解毒剤が、彼にとって毒薬のようなものだったのかも知れない。
それでもグレース皇子を助けてくれた手柄のおかげなのか、私の命までは奪わなかった。
生きてこの屋敷を出るようにしてくれるだけでも、私は彼に十分に感謝した。
「あの…、ベル執事様」
私がベル執事を呼ぶと、彼は怪訝そうに私を見つめた。
「何か言うことでもあるのか?」
「はい。私が出る時は出ても、ペパーミントキャンディーの解毒剤の作り方を教えようかと思って。ただこの製法は、ベル執事様にだけ知っておいていただきたいのです」
ベル執事は妙な目つきで私を見つめたあと、しばらく悩んだ顔をした。
すこしの時間が経ってふと、彼の顔に私の意味の分からない微笑が浮かんだ。
「そうか、いいぞ。教えてくれれば私が作ってみる」
「はい、ありがとうございます。ベル執事様…」
「このようになって残念だな。エレイン」
ベル執事はとても寂しそうに私を見つめながら言うと、私は彼になんとか微笑みかけた。
「でも一緒に働いた友達に会いにたまに遊びに来てもいいですか?凄く親しくしていた友達だったので、会いたくなると思います」
「そうだな、そうしなさい」
「ありがとうございました。ベル執事様」
どこかで解雇の知らせを聞いて駆けつけてきたヘレンとベリーナがわたしの部屋を訪ねた。
ベル執事が私の部屋を出ると、彼女たちは涙を流して私を強く抱きしめてくれた。
「エレイン!こんな急にどうしたの?救恤所の奉仕をしに行くと言ったのに急に解雇されたなんて!しくしく…」
「どうして!エレインは行くところもないのに…!ご両親もいないのにこれからどうするの?ふえん…」
私は、自分をギュッと抱きしめて泣いている彼女たちの背中を軽く叩いてあげた。
「いや、大丈夫だよ。どうせ一度は独立しなければならなかったんだよ。でも思ったよりちょっと早くなっちゃったね…」
私は涙を流さないようにぐっと目に力を入れながらヘレンとベリーナを見つめながら微笑んだ。
「時々遊びに来るからね!あまり心配するな!」
「うん…、分かった!会いたくなるはずだよ!エレイン!」
「私も!」
私たち3人は、お互いの体温を感じながらずいぶん長い間抱き合っていた。
私はもう、本当に自分が書いたこの小説のような現実から抜け出すことができた。
主人公でも、助演でも、エキストラでもなく、メイドのエレインでもなく、この現実を生きていく一般の人になったのだ。
これからは遠くから主人公たちの噂を聞くようになるだろうけど、私は心の中で彼らの幸せを祈った。
「ついに出て行くんだね、残念だよ、エレイン」
「また会えるはずだもの」
「本当に会えるのかな?」
「もちろん!ヘレン、ヘリーナ!たまに連絡するね!」
とにかく今日、私は前世と現世を合わせて初めて独立することになった。
体が回復するやいなや、荷物をまとめてハエリス公爵家を去ることになったのだ。
ハエリス公爵家の正門前には、心を許したメイドたちとベル執事のエレン夫人が立っていた。
私は一人一人に安否を伝えながら寂しい別れの挨拶を交わした。
「元気でね!」
「うん!エレインも!」
「あの…、ベル執事様、エレン夫人お元気で」
「うん、元気でね!」
「必ずお屋敷に遊びに来なさい!エレイン!」
「はい!」
ワクワクする気持ちでハエリス公爵家の門を出て私が最初に向かったのは、ハエリス公領市内の「森の妖精たち」という旅館だった。




