第13話 メイドエレインの中毒(1)
ハエリス公爵は兵舎で夜を明かすように弟のグレース皇子の世話をしていた。
数日間眠れず、彼の両目は赤く充血していた。
グレース皇子に今すぐしてあげられることがないセレナは、再び救恤現場に戻った。
彼女は救恤所に集まった患者たちの治療を急いで終えた。
カルロス皇太子は皇子達と貴族の安全のために救恤所を撤収させ、民の安全な帰宅を助けていた。
いつの間にか広かった空き地にはカルロス皇太子、ハエリス公爵家、バルタン家のセレナ、そして皇居から派遣された医院たちの兵舎だけが残された。
既にグレース皇子が倒れてから二日が経っていた。
血の渇くような苛立ちの中で、時間は無意味にどんどん流れていた。
ハエリス公爵とカルロス皇太子、セレナは無言のまま横たわっているグレース皇太子を介護していた。
(ダダッ、ダダッ、ダダッ)
(ヒイーン)
兵舎の中でしばらく目を閉じていたハエリス公爵の両目が大きく開いた。
カルロスとセレナも、ほぼ同時に席を立ち、兵舎の出入り口を眺めた。
土ぼこりをかぶった2人の騎士が汗水を雨のように流しながら兵舎の中に入った。
「ハリ!カル!ついに来たみたいよ! いらっしゃい!!!」
セレナは嬉しい表情で兵舎に入ってくる2人の騎士を出迎えた。
しかしよく見ると、騎士のウェルの背中にはエレインが気を失って背負われていた。
「エレインちゃん!」
セレナは非常に驚いた声でエレインの名前を呼んだ。
ハエリス公爵とカルロス皇太子も、驚いた表情で騎士のウェルにおんぶされているエレインを眺めた。
彼女の顔は、グレース皇子と同じ赤いあざだらけだったが、荒い息づかいをやっとの思いで吐き出していた。
一見しても彼女の病状はとても良くないことがわかった。
騎士のウェルのそばにいた別の騎士が焦った表情で、彼の鎧から紙を取り出しハエリス公爵に伝えた。
紙を開いてみると、エレインが書き留めたと思われる解毒剤の薬草のリストが書いてあった。
「これは一体どういうことなんですか?さあ、早くここに寝かせてください!」
セレナが素早く広いテーブルに布団を敷いて、エレインを横たわらせる場所を用意した。
傍にいたカルロス皇太子もセレナを手伝って、エレインが頭をあてらるように枕を支えてくれた。
ハエリス公爵は重い表情で騎士に再び紙を手渡しながら口を開いた。
「この紙に書かれた通りに皇室医院に準備をさせておけ…」
「はい、かしこまりました。」
命を受けた騎士が兵舎の外に出ると、カルロス皇太子が急いでセレナに聞いた。
「俺から見るにはグレースと同じ症状みたいなんだけど、合ってる?」
「はい、そうみたいです。カル!エレインちゃんはなぜ突然こうなったのでしょうか?もしかして村で伝染病にかかった人に噛まれたのですかね?」
「でも普通の人は、毒が発現するまで時間がかかるって...」
その言葉を聞いた騎士のウェルは、その村での状況を詳しく説明した。
「ご報告申し上げます。私たちは二日前、ボンタス男爵家が所有するルーチェ村に到着することができました。エレインのお嬢さんが村に到着した後、村のあちらこちらを調査しながら、毒が入っていると思われる水と土、農作物を直接味見しました。追跡の末、4週間ほど前に町でグレープのお祭りが行われていたことが分かりました。その時、村の人々はワインを飲んだ後このような状況が発生した、と判断したエレインお嬢さんが直接ワインを飲んだ後、このように倒れました。」
ハエリス公爵は腕を組んで、騎士のウェルの言うことを丁寧に聞いた。
騎士のウェルは、自分を見つめるハエリス公爵を見つめながら続けて丁寧に報告をした。
「それから、エレインのお嬢さんが倒れる前にプレンストだと言いました。このプレンストは微細な毒を強く促進させる成分があると言っていました。インクの原料の一つであり、あまりにもよく使われる原料なので、背後がなかなかつかめないだろうとも言っていました。ワインのコルク栓の内側にこのプレンストが塗られていましたが、どうやらこのワインを飲んだ後に村人の毒の症状が促進されたようです。既に村の井戸水や土、作物が微量の毒で汚染されていました。この毒に侵された人たちは強力な幻覚と共に理性を失うと言います。またこの毒性も濃く、命を落とす可能性もあると語りました」
騎士のウェルの報告が終わるとセレナはとても驚いた様子で彼を見つめながら問い返した。
「エレインちゃんが村の毒の入った水、土、農作物を食べて、さらにプレンストの入ったワインを飲んだんですって?」
「はい、だからこうなったんだと思います」
しばらく唇を噛みながら悩んだセレナは、それでも理解できない表情で首を横に振った。
「もしそうだとしても、こうやって直ちに毒に反応することはありません。症状が発現するには半月ほどかかると言われましたからね。もしかしてエレインちゃんもグレース皇子様のように長年毒に侵された体質でしょうか?まさか…そんなはずが?」
セレナは何かが理解できてないようで、小さく口ずさむように言った。
突然、ハエリス公爵は何かを悟ったような驚いた表情で倒れているエレインを見つめた。
その時、兵舎の中に皇室医院のバルカルンとジョベブが急いで入ってきた。
「薬は用意できそうか?」
カルロス皇太子が急いで尋ねると、バルカルン医院とジョセフ医院が大きくうなずいた。
「はい!幸い心配しなくても大丈夫だと思います。すぐに準備ができそうです」
その瞬間、緊張した雰囲気が和らいだようだった。
「本当によかったですね」
セレナはほっとした顔で嬉しそうに微笑んだ。
しかし、バルカロルン医院とジョセフ医院の表情は少し違った。
「あの…、ところで問題が一つあります。三角ヒトデという薬材は非常に珍しい薬材というわけではありませんが、使い道が少ないので持ってきた量も少なく、私たちが持っている量は6gしかありません。皇室の薬剤倉庫なら多めにありますので、往復3日ほどで薬剤をお持ちできると思います。ですから、今は2人分の解毒剤を作ることはできないと思います」
セレナは、騎士のウェルを見つめながら聞いた。
「エレインちゃんの中毒症状が発現したのはいつですか?」
騎士のウェルはしばらく考えてから素早く答えた。
「多分…、約…10時間ほど経ったと思います」
セレナとカルロス皇太子は不幸中の幸いという表情でお互いを見つめた。
「それならギリギリだけど良かったですね。時間的には約4日ほど時間が残っていますね。まず、グレース皇子様から治療を受けなければなりません。バルカルン医院、ジョセフ医院、解毒剤から早く準備してください」
二人の皇室医院は頷き、素早く兵舎の外に出た。
「よかったよ、本当に!エレインちゃんも本当にすごいわ。その毒を全部食べたんだよ…?命を落とすかも知れないのに…」
セレナが安堵の表情で、カルロス皇太子とハエリス公爵を交互に見つめながら言った。
しかし、何かをじっくり考えていたハエリス公爵が急に口を開いた。
「いや…、遅れる!」
「ハリ、心配しないで。時間は少しギリギリだけど、そんなに心配しなくても大丈夫そうだよ」
ハエリス公爵はセレナの言葉をものともせず、テーブルの上に横たわるエレインを抱えた。
カルロス皇太子とセレナは、とても驚いた表情でハエリス公爵を眺めた。
ハエリス公爵がカルロス皇太子とセレナを見つめながら言った。
「グレースをお願いします。カルロス皇太子殿下そしてセレナ、薬剤が用意できたら、すぐに俺の公爵家に送ってくれ」
カルロスとセレナは、一体どういう状況かよく分からず不思議な表情でハエリス公爵を見つめた。
いつの間にかこれ以上話しかける暇もなく、ハエリス公爵はエレインを抱きかかえて兵舎の外へ消えた。
「これは一体どういうことなの!ハリ!」
慌てるセレナの緊迫した叫びがグレース皇子の兵舎に大きく響いた。
ハエリス公爵はセレナの叫びを聞いても尚、エレインを抱えたままハエリス公爵家の四輪馬車を探した。
幸いにも空き地に待機していた公爵家の家門の馬車を早く見つけることができた。
彼は自分の腕に抱えているエレインの顔をじっと見つめた。
彼女の体中は火の玉のように暑くなっていて、このままではもうすぐ死んでしまう人のように見えた。
ハエリス公爵はエレインをギュッと抱きかかえ、公爵家の四輪馬車に乗り込んだ。
四輪馬車のふかふかとした長い椅子にエレインを注意深く横たわらせた。
「はぁ…」
ハエリス公爵はしばらくどうしようかと深刻に悩んだ後、仕方なく自分のジャケットの内ポケットから、最後の一つ残ったペパーミントキャンディーを一つ取り出した。
彼はしばらく躊躇うような目つきで横になっているエレインをじっと見つめた。
しかし色々考えてみても仕方ないことだったので、ハエリス公爵はペパーミントキャンディーを強く握った。
握った彼の手でペパーミントキャンディーは白い粉になり、ハエリス公爵はその粉を自分の口に含んだ。
気を失って倒れているエレインの唇に、彼の唇を深く当てた。
ハエリス公爵は自分の舌で、エレインの熱い口の中を注意深く開いた。
間もなく柔らかく口が開いて、ペパーミントキャンディーの粉が混ざった唾液を彼女の喉に渡した。
「うっ…」
今にも死にそうになっていたエレインの暗かった顔色が少しよくなったようだった。
ハエリス公爵は額に流れる冷や汗をぬぐってジャケットを脱ぎ、エレインにかぶせた。
彼は横になっているエレインの向かい側の椅子に座ったあと、馬丁に命じた。
「できるだけ速いスピードで出発する」
(ヒヒーン)
馬丁はハエリス公爵の名を受け、早急に四輪馬車を走らせた。
ガタガタする馬車の中で、ハエリス公爵は心の乱れた表情で横になっているエレインをしばらく眺めた。
(ガタン)
石に車輪が引っかかったのか馬車が大きく揺れた。
長い椅子に横になっていたエレインがごろりと馬車の床に転がり落ちそうになった。
ハエリス公爵はエレインの横たわった椅子に行き、彼女の頭を彼の膝の上に乗せ、彼女の肩に手を添えた。
彼女の火の玉のような熱い体温が、ハエリス公爵に丸ごと感じられた。
馬車がぐらつく度に、彼は椅子から転げ落ちそうになるエレインをおさえた。
しかし、馬車は最大速度で走っていてエレインはしきりに馬車の床に落ちそうになった。
ハエリス公爵は仕方なくエレインを抱きかかえ、自分の胸に撓垂れ掛らせた。
「う…」
熱いエレインの息が彼の喉元にぐっと響いた。
火の玉のような彼女の体温が彼の全身に感じられた。
ハエリス公爵はとても困惑した表情で自分の中に抱かれているエレインを何度もじっと見つめた。
途中で馬を2度も変えながら、半日かかる距離の公爵家にたったの2、3時間で戻ってくることができた。
(ヒヒィン)
馬車が公爵家の邸宅の前に止まると、ハエリス公爵はエレインを抱き上げて馬車の外に降りた。
馬車の外ではエレン夫人とその邸宅のメイド達が驚いた様子でハエリス公爵を見ていた。
公爵家の馬車についてきたベル執事も、まもなく馬車から降りてハエリス公爵の後ろに立った。
「公爵閣下。エレインの宿はあちらです」
ベル執事がハエリス公爵にエレインが泊ってる宿を知らせたが、彼は首を横に振りながら言った。
「遅い。とりあえず、私の寝室に連れて行こう」
彼の言葉にベル執事とエレン夫人とメイドたちは驚いた表情でハエリス公爵を見つめた。
ハエリス公爵は彼らの視線を気にせず、エレインを抱き上げて階段を急いで上り、寝室に連れて行った。
彼は自分の寝室の中央にある彼のベッドに彼女を注意深く横たわらせた。
ハエリス公爵の寝室には執務室に直接通じるドアがあった。
彼はとても大急ぎで執務室に駆け込み、書類の山の下に埋まっている飴箱を取り出し、寝室に戻った。
ハエリス公爵は飴箱から6つのペパーミントキャンディーを取り出したあと、粉にして彼の口に入れた。
しばらくベッドに横になっているエレインの顔を眺めて、彼女の唇に自分の唇を当てた。
エレインは自分の口の中に何かが入ってくると、今度は無意識に激しく抵抗した。
彼女の舌はハエリス公爵の舌を口の外に強く押し出そうとした。
ハエリス公爵は彼女に、絶対負けるわけにはいかないというように、さらに深く口の中にペパーミントキャンディーの粉が混じった自分の唾液を渡した。
彼らは押したり引いたりどの位しただろう…。
かなり長い時間がたった後、エレインの顔はいっそう安らかな表情になった。




