第11話 グレース皇子の中毒(2)
「一体どうなってるんだ」
「本当そうだよ」
兵舎の外にはまだ多くの人が、何があったのかと気になる表情でざわついていた。
「さあ!さあ!皆さっさと自分の位置に戻りなさい!」
「早く帰らない者がいるなら、救恤所でこれ以上治療を受けることができないというカルロス皇太子殿下の命だ!」
カルロス皇太子の黄金ドラゴン騎士団数十人が、所狭しと集まっている人々を皆それぞれ元の場所に帰した。
人々はとても残念そうにして、仕方なく騎士たちに背中を押されてそれぞれの兵舎に戻るしかなかった。
私はもう空っぽになったグレース皇子の兵舎の前でハエリス公爵が私に就けてくれた騎士をそわそわしながら待っていた。
(ドタドタ)
まもなく私の前にハエリス公爵が付けてくれた騎士何人かが到着した。
彼らはいずれも身長185cm以上らしく、体格のよさそうな騎士たちだった。
胸元の鉄の鎧に黄金の鷲のエンブレムが刻まれた騎士が3人と、何も刻まれていない黒い鎧を着た騎士が2人だった。
彼らは動きやすい簡単な鎧にそれぞれ黒いローブを肩に羽織っていたが、何か精鋭兵のような感じがした。
ハエリス公爵が私に就けてくれたのは全部で5人だった。
そのうち2人は、ハエリスの暗室騎士団とも呼ぶ「影の騎士」のようだった。
私は前世で小説を書きながら、ハエリス公爵が最も心血を注いで作った騎士団を暗室だと設定した。
1人の暗室騎士で100人の騎士を相手にすることができる、この大陸の特級騎士だけを集めた騎士団だった。
「あの…、エレインお嬢さんで合ってますか?」
体格のいい男性の1人が私を見つめながら尋ねた。
「はい、そうです」
「もし、馬には乗れますか?」
彼の質問に私は首をゆっくり横に振った。
前世の私の両親は主に芸術や体育を中心に私を教育をしたが、残念ながら前世では乗馬する機会がなかった。
そして憑依したこの世界でも、乗馬を学ぶためには少なくとも馬がいなければならず、豊かな家庭でなければ学ぶことはできなかった。
ハエリス公爵家のメイドである私は、残念ながら馬に乗る方法を学ぶ機会がなかった。
「それでは、エレインお嬢さんは私の腰にしっかりと掴まっていてください。そうしたら馬から落ちることはなくなります。手が緩んで馬から落ちたら命を落とすかもしれません。分かりますか?」
騎士が厳しい表情で私に警告をしながら言った。
「はい。わかりました」
私は初めて馬に乗ったし、騎士の馬に緊張もして、固唾を飲まざるを得なかった。
馬の上に乗り込んで見知らぬ男の腰を掴んでいると、とても恥ずかしく、きまりの悪い思いをした。
しかし生死の境をさまようグレース皇子を思いながら、私は強く騎士の腰にしがみついた。
「ハイヤー!」
騎士が馬の横腹を強く蹴ると、黒い馬が「ヒヒン」と泣きながら素早く走った。
馬上は想像していたよりあまりにも高かったのに、速く走ることに驚いて一瞬、私の手が緩むところだった。
しかし、騎士の腰をぎゅっと抱きしめようと努力しながら、しきりに緩みそうになる手を強く握った。
私と五人の騎士は、救恤所の兵舎に最も近い伝染病の広がる町に素早く向かっていた。
さっきの騎士の言葉通り、ここから落ちたら死ぬという気持ちになる速度だった。
このままでは気を失って、騎士の腰に巻いた私の腕が今すぐにも解かれそうだった。
私は自分の口の中の頬を強くかみながら、おぼろげになりかかった気を取り戻そうとした。
いつの間にか生臭い血が私の口の中を満たした。
⦅必ず助けてあげるよ!グレース皇子様!ちょっとだけ待ってて!⦆
「ウォオ!」
私と騎士5人は、半日馬に乗って走り、ボンタス男爵家の所有する領地の小さな村に入った。
「さあ、ここでございます。 一旦降りましょう。 エレインお嬢さん」
「はい…」
自分をウェルと紹介した騎士が言葉から先に降りて私を降ろしてくれた。
(ウウッ)
私は馬酔いで気分が悪くなってすぐにでも吐きたい気持ちだったけど、ギュッと我慢するしかなかった。
グレース皇子は命旦夕に迫って、私達には遅滞する時間があまりなかったからだ。
私は蒼白な顔をして、五人の騎士と共に、顔を綿布で覆って村に入った。
村の中を入ると、真昼にも関わらず街中には往来する人が一人もいなかった。
まるで前世の廃家が密集した再開発地域のような姿だった。
私はしばらく悩んだ末、5人の騎士を見ながら口を開いた。
「騎士さん…。まず、村の共用井戸を調べてみたいです」
ウェルは、ここが地元の騎士であるチャンクチャンに視線を向けた。
「はい。こちらへどうぞ。お嬢さん。この村には全部で3つの井戸があります。一番目の井戸はあちらです」
私は騎士チャンクチャンの案内に従って村の井戸に到着することができた。
そばにいたもう1人の騎士がロープでつながっている井戸のひさごで水をくみ上げ、1杯の水を汲んだ。
私は井戸にしゃがんで、騎士がくみ上げたバケツをじっと見た。
(ポツン)
手を水に浸して虚空から水を落としてみると、太陽の光が透き通るほど澄んで見える水だった。
私は手桶で水をすくい、鼻で水の匂いをかいだ。
水からは微弱ながら薬草の根の匂いがして、手桶に入った水の味を自分の舌先でみた。
「これはベルーサだ…」
ベルーサは単体で多量に服用すると、腹痛と嘔吐を起こすジャガイモ根の薬草だった。
しかし、この井戸水に混じった量ではあまりにも弱く、この水を一年以上飲んでも人間に害はなかった。
私は首をかしげながら席を立って私を案内してくれた騎士を見つめながら言った。
「騎士さん、他の井戸へ案内してください」
「はい、こちらへどうぞ」
私は騎士の案内にそって2か所の井戸を見回ることができた。
やはり他の2つの井戸にも同じベルーサの薬草が混じっていた。
「どうかしましたか?お嬢さん?」
私の顔色が悪くなり、騎士のウェルは不思議な目つきで私を見つめながら尋ねた。
私はしばらく悩んだ後、深刻な表情で口を開いた。
「あの…、この村の水は汚れているんです。騎士さんたちはもし喉が渇いても、できればこの村の水は飲まないでください。この村に畑のような耕作地はありますか?」
「ああ、はい、こちらへ。」
我々はチャンクチャン騎士の案内で村の農地へ足を運んだ。
村のあちこちに広い農作地があったけど、管理できなかったのか、耕作地には葉の黄ばんだ多くの作物が植えられていた。
私は少し畑の土をとって匂いをかぎ、舌先で土の味をみた。
今度は葉が枯れたネギとたまねぎ、にんじんを抜いて順に味見してみた。
私の行動を見て騎士たちは可笑しいという目つきだったけど、特に制止はしなかった。
農作地を調べていた私たちに突然小石が飛んできた。
「消えろ!この泥棒たちよ!ここはうちの畑なんだよ。触るな!」
6、7歳ぐらいのやや小柄な男の子が、警戒心の強い目で地面から石を選んで私たちに投げていた。
「クリス、お願いだからやめて!」
耕作地の隣に建っている古い小屋から、12、3歳に見える少女が走りながら、その男の子をつかんで急いで小屋に駆けつけた。
男の子は強くもがいたが、どうすることもできず女の子に連れ去られた。
私は席を立って騎士たちに、ついて行こうという目くばせをした。
騎士たちは黙って私の背中に付いていった。
私は古い小屋のドアの前でコンコンとノックした。
子供たちが家の中に入ったのは確かだが、家には何の反応もなかった。
「お嬢さん、このドアを壊しましょうか?」
騎士のウェルの言葉に私は首を振りながら、小屋のドアの外で大声で叫んだ。
「みんな、ちょっと聞きたいことがあるの、さっきのは誤解なの。このドアをちょっと開けてくれない?」
(トントン、トン)
私はできるだけ優しい声で再び数回ノックした。
(ギィ...)
どれくらい時間が経ったんだろう?しばらくすると、そっと古びた小屋の扉が開いた。
私たちに石を投げていた男の子とお姉さんと思われる女の子が、警戒心に満ちた目で出てきて、私と騎士たちを見つめた。
「しばらく、ドアの外で待ってもらえますか?」
「お嬢さん、それはできません。公爵閣下の名がありました。そばでお守りします」
「子供たちでしょう。別に何も起きないと思いますよ。子供たちが騎士たちを見て怖がっています。とりあえず、私一人で入ってみます。このドアは閉めずに開けておけばいいんですよね?」
騎士のウェルは仕方なく4人の騎士と一緒に小屋のドアの外で待機した。
私は警戒心たっぷりの子供たちに優しく微笑みながら古い家に入った。
「いやっ!消えろ!消えろ!」
その時姉の後ろから隠れていた男の子が飛び出して、私の手の甲を強く噛んだ。
「痛っ!」
外で待機していた騎士たちがぞろぞろと家に入ろうとすると、私は手を上げてそれを制止した。
女の子はとても恐ろしげな顔で、すばやく男の子を自分の背後に隠した。
「大丈夫だよ…。全然痛くないよ、あなたの名前は?」
女の子はしばらく悩んだ表情をしてから、慎重に口を開いた。
「私はベスです。 この子はクリスで…」
ベスという女の子は、クリスという子が噛んで血がしたたる私の手の甲を見て、途方に暮れた様子だった。
二人の子供への警戒心がなくなったわけではないけど、私があまり叱らない様子を見てからは、少しは穏やかになったようだった。
「あの…、お姉さん、大丈夫ですか?手の甲に血が…」
「うん、大丈夫よ」
私は顔にかぶっていた綿布を脱ぎ、血の出る手の甲を覆った。
もしかしたら伝染病かも知れないと思い綿布をかぶって村に入ってきたけど、今は確信を持っていた為、果敢に綿布を脱ぐことができた。
私の顔を見せると子供たちの警戒心がいっそう和らいだのを感じた。
「ここには大人はいないの? 君たちだけなの?」
「いいえ?あの…」
ベスが後ろを見ると、何人かの年代の違う子供たちが古い小屋のあちこちからこっそり私を見つめながらはい出てきた。
小さい小屋に集まっている子供達はおよそ15人ぐらいには見えた。
「ここには病気にならない町の子供たちといます。ゼペットおじさんが私たちを避難させてくれました」
「ゼペットおじさん?あの方はどんな方なの?」
「はい、この町の医院です」
ベスという子は警戒心がかなり緩んだらしく、色々なことを話してくれた。
「2日に1回ずつ私たちの食事を準備しにこちらに来てくださいます。今一緒にいる子供達の家族もみんな伝染病にかかって病気にうつるんじゃないかと…。うちの両親も、それから隣のジェシカおばさんも皆伝染病で亡くなったんです…」
「それじゃ、ゼペットおじいさんは いついらっしゃるの?」
「昨日おいでになったので多分…、明日はいらっしゃると思います」
ゼペットという医院を待つには、私たちに残された時間が足りなかった。
「もし今村に降りて行けば、ゼペットおじさんを見つけることができるかな?」
ベスは弱気に首を横に振りながら言った。
「伝染病が流行り、村の大人たちがとても過激に変わりました。家の中の物や、通りに出て店の物を壊したりもしてましたし、互いに噛みちぎって死ぬ方々もいました。それで今、村は患者のいる家もいない家も皆外出していません。ゼペットおじさんは家ごとに回りながら治療をしているので、どの家にいらっしゃるのか私たちにも分かりません」
その時ベスの背中に隠れていたクリスは、こっそり私を見つめながら言った。
「違う!ゼペットおじさんはムロコおじさんちの倉庫にいらっしゃるじゃん!何かあったらムロコおじさんの倉庫に来いと言ってたよ?」
クリスの言葉にベスが死色に変わった表情で急に子供の口をふさいだ。
私は気にしてなさそうな顔でベスを見つめながら話しかけた。
「ムロコの倉庫がどこにあるのか説明して欲しい。急用だよ。 絶対にゼペットおじさんに会わないといけないの」
ベスは長い時間悩み続けてから、切実な私の目つきに、どうしようもないように家の中から黄色い紙と木炭を持ってきた。
そして、くねくねしたけど、結構詳しい絵を描いて私に渡してくれた。
「あちらの方にこのような形をした木の、モクロの花の垣根のつるがあります。こっちの路地を曲がればムロコおじさんの倉庫があるんです。お姉さんは悪い人ではないようなので教えてあげるんですけど…、うちのゼペットおじさんに悪いことしたら 絶対にダメですよ!分かりましたか?」
ベスは、私の背後で私を護衛しながら立っている騎士を見つめながら心配そうに言った。私は子供の頭を撫でて明るく微笑んだ。
「うん。約束するよ。安心して…」




