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2-1 発意

恒星暦569年7月15日 

惑星アリストテレス3 将官宿舎


 夏休み、惑星メダリアに行くべきかサトコは正直悩んでいた。

 記憶が無いが、家だけはある惑星。

 そこには、祖父とその後妻、従兄のケンタ君がいる。

「本当にメダリアに行くの?」

 2ヶ月ある夏休みを前に、大叔父の奥さんから、心底心配そうに確認された。

 奥さんは大叔父より10歳ほど歳で、抗年齢措置をしていても老いは隠せない状態だったが、それでも自分の母の姉でとおるような素敵な年の取り方をしている人だった。

「メダリアは遠いでしょ。」

 アリストテレス3からであれば、3回ほど宇宙船を乗り換え、滞在してもせいぜい1週間、といったところだろう。それ以上いたら、夏休みがそれで全て終わってしまう。亡くなった父の遺産が残っているとはいえ、旅費だって正規に支払えば馬鹿にならない。

「そうだ。今のメダリアは行かない方が良い。」

 制服を脱いで部屋着に着替えた大叔父も同意していた。首をかしげて無言で理由を尋ねると、惑星メダリアについての一般情報を携帯情報端末に転送してくれた。

 大叔父が職場で扱っている門外不出の情報ではない。報道機関による一般的な情報。それでも、こんな星がこの世にあるのか、と驚くほどだった。

「日常的にテロや連邦関係者への誘拐が発生しているってどんな星なのよ。」

 何でお父さんはそんな星に移住なんかしたのだか。おかげで事故にあって皆死んでしまう事になった。祖父が話をつけ、親切な大叔父が下宿を許してくれなければ、今頃一人その地獄のような星で苦しまなければならないところだった。

 まあ、従兄のケンタ君もいるけど。

 そのケンタ君からの連絡は、大叔父の家に下宿してからも毎日来ていたけど、何か距離が近くて苦手だった。微妙に肌の色の違う顔、どこか疲れた表情。心配を押しつけてくる口調。

 それが態度に出ていたのだろう。

 毎日ビデオレターが届いていたのが、ケンタ君が憲兵学校を終えてまたメダリアにもどったあたりから、テキストレターに代わり、文字数も段々と少なくなってきている。最近はそれも途切れがちになっていた。

 たまには返事をしてあげないといけないんだけど、何か返事を書きにくいんだよね。それに比べたら、祖父の後妻からの手紙はまだ書きやすかった。

「うーん、でも、アデライードさんは一度メダリアを見てごらんなさい、って。」

 綺麗に歳をとっている祖父の後妻のビデオレターをサトコは大叔父に転送した。隠すような話はないはずだった。

 曰く、旅費は心配するな、祖父がメダリア駐留軍の司令官をしているし、自分が高等弁務官をしているから、家族枠で無料でアリストテレス3まで往復できる。滞在中も心配するな。ニュースで言っているようなことはあっても、家族枠で十分な護衛がつけられる。言うことをきかなければ危ないことがあるかもしれないが、気をつけるところで気をつけたら、危ないことはない。

 そうであれば、あとは時間の話だけだった。

「…まあ、現場にいる人は麻痺しているんだろうさ。特にあの人はね。」

 大叔父は吐き捨てるように呟いた。

 どうも大叔父は祖父の後妻が苦手らしかった。

「だいたいあの星系外縁にはまだ…」

 そこで言い過ぎたことに気がついたのか、不意に言葉を止める。大叔父が言葉を止めるときには、大抵何か大変なことがある事を大叔父の奥さんから教えられていた。

「それに、今度ウチのタダシも帰ってくるんだ。タダシはサトコちゃんとはあったことはないはずだ。」

 従兄のケンタ君がそうだったように、タダシ君も士官学校に通っていた。動画や静止画を見る限りケンタ君とよく似た雰囲気で、私より2つ上。この秋で士官学校を卒業して少尉さんになるらしい。卒業前の最後の夏休み、ということで上手く都合がつけば顔を合わせることができるようだった。

 で、自分は何になるのだろう、そろそろ次を考えなければならない。中等教育機関、高等教育機関、研究機関と進むのか、実業課程に進むのか、父や伯父、祖父、大叔父のように軍学校へ進むのか。成績的には軍の士官学校に行けるみたいだし、推薦状もなんとかしてやる、と一度大叔父に冗談めかして言われたことがある。

「士官学校の話でも聞こうかな。」

 父が亡くなった以上、教育をタダで受けたければ士官学校に行くのが一番だ。その後軍の大学校に進むのか、義務年限を終了した後祖父の後妻のように行政官の道に進むのか。祖父や大叔父は学費は心配するな、と言ってくれているが、誰かから学費を貰うと言うことは、その誰かの意向に沿った人生を送らなければならなくなる。どうせ意向に沿った人生を送るのであれば、選択肢が広い方が良い。軍学校であれば、行政官だけでなく民間企業も引く手あまただときく。

「それが良いと思うわ。士官学校の学生なら、今の雰囲気も教えてもらえるはずよ。」

 大叔父の奥さんがすかさず同意する。

 そういえば、大叔父の奥さんも士官学校出身だった。どうしても、進路に偏りがありそうな気がした。

「そういう意味なら、ケンタ君も卒業して間がないのよね。」

 何時も心配ばかりしてくれる肌の色が変な従兄。以前の画像と動画を一度見たことがあるが、あんな肌の色をしていなかった。でも、最後にあったときにはもうあの肌の色。

 暑苦しい返事がまた来そうな気がするけど、久しぶりにビデオレターで返事でも、という気になる。

「ねえ、叔父様、タダシ君が帰る前にちょっとメダリアに行って、お祖父様とケンタ君に会ってくる。ついでにメダリアの家の処分も相談しないと。」

 高等教育機関卒業後メダリアに帰るつもりはないので、父の家の処分を二人がメダリアにいる間に済ませておく必要があった。

「…メダリアにどうしても行くのか?」

 大叔父が本当に嫌そうに口にする。

「駄目かなあ、アデライードさんはちゃんと面倒を見てくれる、って。」

 何か言いたそうな大叔父夫婦は、暫くお互いを見合い、苦笑いをした。

「…まあ、良いだろう。一度本当の怖さというものを体験しないと、大人のアドバイスは聞けないものだからな。」

 大叔父が話をまとめる。


 さっそく、アデライードさんとケンタ君にビデオレターを送る。ケンタ君とは久しぶりだったので、十分に準備をして、今度の夏休み、惑星メダリアを訪れたい、と送った。

 アデライードさんからは、既読後すぐに待っているよ、と返事が来た。

「…ケンタ君、どうして返事がないんだろう。前はすぐに返事があったのに。」

 ベッドに転がりながら、返事を待つ。自分のビデオレターは届いた直後に既読表示になったので、何時もなら、心配顔のビデオレターで長々と来るはずだった。


 ケンタ君から返事が来たのは、アデライードさんの返事を受け、旅券や宇宙船の手配を終えた日の次の朝だった。

「来るな。」

 テキストレター。それも書かれていたのは、短い一文だった。

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