1-5 入店
恒星暦569年7月5日
惑星メダリア 旧メダリア市内高級ホテル
人間が給仕をするレストランは、今時珍しい。
人間は機械と異なり、色々なことをすぐ忘れる。体調により動作にムラがある。一方、人間は機械より臨機応変な対応が可能であると思われている。ただ、レストランにおける状況の想定は、大抵プログラム入力できる。だから、大抵の店舗ではアンドロイドを店員用に購入している。
このため、惑星メダリアにおいて人間が給仕するレストランは、給仕アンドロイドを購入できないほど初期投資ができない家族経営のレストランか、給仕に教育をしっかりとすることができる超高級店かに二分されていた。
「ヤンセン様、ようこそおいでくださいました。席にご案内いたします。」
旧メダリア市屈指の高級ホテルであるIHメダリアは、自治権付与前から営業している地球系のホテルグループのホテルの一つだった。「地上時代から変わらない」ホテルマンの制服に丁寧なサービスをうたう高級ホテル。もちろんベッドメーク等はアンドロイドにさせるが、フロントや給仕といった「臨機応変」な対応が求められる職種はアンドロイドではなく、わざわざ人間が担当している。
「ああ。」
ヤンセンさんの動きは、明らかに常連の動きだった。こちらはヤンセンさんの付属品としての扱いのよう。高級レストランに入るにはくだけた服装だったが、ジャケットにスラックスの服装はそんなにドレスコードから外れていないはずだ。とすれば、何か理由が他にあるのか。
レストランの中には、旧メダリアのVIPとされていた人々や連邦高等弁務官事務所の職員家族と目される人々、背伸びして来店しているメダリアの絶滅危惧種、中間階級家族が散見されていた。
「ヤンセン様、ようこそお越しくださいました。」
店員達は、ヤンセンさんをよく知っているらしく席に案内される間も、挨拶をしてくる。少しだけ背の低いヤンセンさんの腕を取って歩いているのが恥ずかしくなるくらいだった。
いや、そうであってもこの対応はおかしい。
妙齢の女性の香りを鼻腔に感じながらケンタは考え直した。
彼女が常連である事は認識されているのは良い。だが、だからといって、彼女ばかりに挨拶するのは、自分が彼女の付属品であることを公衆の面前で知らしめているようなもの。彼女がどこかの大企業を経営する一族の娘でこの惑星では王女あつかいであったとしても、エスコートしているケンタをここまで無視するのはおかしい。
とすれば、何か意図が?
ゆっくりと歩きながら、ケンタは全力で頭を働かせ始めた。
案内されたテーブルは、入り口の見える奥まった席だった。近くには、連邦高等弁務官事務所の保安省からの出向者が座っている。憲兵隊との連絡会で良く顔を合わせる相手だった。ランクとしては事務所の課の係長クラス。カウンターパートだった。どうも商売上の話をしているようだったので、ちらりと視線をあわせ、一瞬口角をあげる。相手はそれでケンタが挨拶をしてきたことを察したようだった。
その近くには、やはり連邦高等弁務官事務所に所属しない保安省の職員がいる。彼らの習性で選ぶ席が限られるとはいえ、席配置がどうみても不自然だった。これではまるで…
「どうぞ。」
案内人が席を勧めようとしてヤンセンさんが腕をほどこうとしたタイミングでケンタははじめて口を開いた。
「ヤンセンさん、もう少し。別な席をお願いできるか。」
腕に力を込め、ヤンセンさんを離さない。一瞬離れた体が再び接近し、大人の女性の香りが鼻腔を満たす。ケンタはクラクラしそうになった。
声をかけられた案内人は、観音像が口をきいたほどの驚きを一瞬見せたが、すぐに外見を取り繕った。
やはり、何かある。
「そうだな…」
そう言いつつ周囲を見回す。戦術情報表示装置内蔵のカメラが周囲の人々を映し出しているはずだ。これで何か嫌がらせをレストランの店員が考えているのであれば画像処理端末が特異事象を見つけてくれるはずだ。
「ヤンセンさん、何か希望はありますか?無いのであれば、あそこら辺はどうでしょうか。」
提案したのは、地元のVIPとされていた人々が比較的多い所だった。
連邦高等弁務官を護衛するため、式典で接するVIPの面々とは面識があるといえば面識はあるが、憲兵中尉という地位は彼らと直接口をきく程の立場ではなかった。
このため、顔は知っているが、こちらから話しかけるほどではない。
でも、ヤンセンさんは、というとVIP達と面識があるようだった。何人かと目礼を交わしている。その中の中年の男性に至っては何か言いたそうに口を開けそうになっていた。
ヤンセンさんを椅子に案内し、店員を制して椅子をひく。持ち上げた限りでは椅子の下に爆弾等は仕掛けられていないようだった。下手な食堂に予約して行った場合、椅子の下に爆弾が仕掛けられており、立ち上がった瞬間吹き飛ばされる、という事も起こりうる。
現に憲兵に転科したばかりの上司だったシュミット中佐は、それで尻を吹き飛ばされていた。幸いなことに命は取り留めたが、まだリハビリ中のはずだ。
以来、この惑星で予約して入店する、という習慣をケンタは失っていた。祖父夫婦と食事に行く場合も予約無しで向かう。予約していく場合、周囲の机から椅子まで爆発物の有無をビショップやメーテルにさせることが習わしとなっていた。
それでもこの2ヶ月でも3度命を狙われている。直近の一度などはビショップが吹き飛ばされている。
「中尉、ありがとう。」
士官学校で教わったテーブルマナーの通り振る舞うが、きちんとできているか自信がなかったが、今のところ大きな失敗はしていないようだ。
「どういたしまして。」
テーブルの反対側に座ってヤンセンさんの顔を見つめる。記憶に残る従妹の顔がカワイイとすれば、ヤンセンさんは美女だった。
「一人でこの手の店に入るのはどうしても抵抗がありますから、ヤンセンさんがいてくれて助かりました。」
もう習慣になっている笑顔を見せる。
「ヤンセンさんとは他人行儀だな、中尉。君とは出会った場所と状況が、まああんな所だったが、そこまで他人行儀になることもあるまい。」
「では何とお呼びすれば?」
目尻に意識を向ける。少しは親近感を持った笑みになっているはずだ。
「おいおい、中尉、、そんな怖い笑顔を向けなくてもいい。そうだな。私の名前はシーラと。」
鼻と頬骨の間の筋肉が一瞬痙攣し、努力してケンタは表情を維持した。
「シーラ。素敵なお名前ですね。では、私も中尉ではなく、ケンタと。」
シーラ・ヤンセン。すぐに戦術情報表示装置が顔写真と名前を検索する。反連邦勢力に登録された記録はなかった。シーラ・ヤンセン、元自治都市軍少佐。
続きの表示を読もうとして、ケンタは轟音と衝撃を感じた。体が自然に動きテーブルを引き倒す動作と椅子からヤンセンさんを引きずり倒す動作が続く。
何てこった、晩飯もまともに食べられないのか。ここはビショップやメーテルが警護している施設ではないのか…