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恒星暦569年7月1日

惑星メダリア 旧メダリア郊外


儀式は、夏も終わりが見えてきた爽やかな空の下行われることになった。

「晴れていて良かったですね。」


 会場に向かう連邦政府の要人を乗せた車両を警戒していたのは、憲兵隊だった。

 本来であれば地元の警察機関が周辺警戒を行い、直接警戒を連邦要人警護局が実施する。だが、戦後の惑星メダリアでは全てが不足していた。

 コルドバ広域警察組合には独立主義者が潜んでおり、反政府組織への情報漏洩が多々繰り返されており、全く信用できない。かつて自治都市メダリアの治安を維持していた地元の警察機関は消滅している。連邦捜査局はそのための組織ではない。

 本来業務を所掌する連邦要人警護局は、折からの定員削減と予算削減から、連邦首都からのチーム派遣旅費と要員が捻出できず、メダリア高等弁務官事務所からの依頼に対し、無視を決め込んでいた。

 そのため憲兵隊が動員された。

 高級軍人の警護ができるなら、連邦政府の警護もできるだろう、と。

 軍人と文民では動きが違う、という抗議はメダリアでは通じなかった。


「おかげで紫外線対策をしっかりしなければならなくなったわ。」

 簡易装甲服のバイザーをあげた中尉は、装甲車内のモニタから前方3キロ、側方1キロまでの異状を確認している下士官から、返事をした女性の額にかかる銀髪に視線を向けた。

「この車両に乗っている間は大丈夫ですよ。」

 艦隊派遣連邦特別高等弁務官から連邦高等弁務官に異動した祖父の後妻は、相変わらず隙のない服装だった。生地は軽防弾機能があり、頭部を狙われたり機関砲にでも狙われない限り、即死はないようになっている。そのような生地を使っていると思えないような見事な服装だった。60半ばを過ぎたはずなのに見た目もかつての世界であれば30代でもとおる若々しさを保っていた。

「中尉、あなたも実戦経験者なら、そんな台詞は口にしない事ね。」

 配偶者の孫に高等弁務官は容赦なく指摘した。その姿は文官、というより武官だった。実際、高等弁務官は自分を文官だと思ったことはなかった。武官として特殊な道に進んだだけ、という認識だった。

「はぁ。」

 同意はできないが、反対もできない相手に対する生返事をする。

 いや、そりゃ大丈夫、という認識は限定された状況でしか成立し得ないものだ。だが、紫外線対策としては大丈夫と口にしても良いはずだが…


 警報音が鳴る。

 中尉は顔を引き締めると無言でバイザーをおろした。すぐさま各種情報が一斉に前頭葉に集中する。中尉は、大きくゆっくりと息を吐いた。心を落ち着け、状況を把握する。

「そうかもしれませんね。」

 音声通話系だけは高等弁務官との接続を維持していた。

 高等弁務官は中尉の声に喜色が混じっていることに気がついて、表情はそのままに複雑な思いを抱く。

 音声系も隊内に接続し直したのだろう。高等弁務官は静かな車内で何か指示を出しているらしい中尉の簡易装甲服姿に心の中でため息をついた。

 急に元気が出たと思ったら、前方の車列で何かを見つけたのね。

 高等弁務官の特権として与えられている軍用通信網へのアクセス権を活用し、眼鏡型の戦術情報表示装置で状況を認識する。

 どうも、ビショップが運転する装甲戦闘車両が仕掛け爆弾で被害を受けたようだった。道を塞ぐように停止しようとしているらしい。

「・・・・」

 何かを指示していているらしい中尉が、太股に拳を叩きつける。ついさっきまでの穏やかさとは別物の、荒れた動きだった。下士官は中尉の動きには気がついていない。

 ドローンによる映像中継画像に切り替える。前方の車両の一台が破壊されていた。おそらく不発弾を活用した即席爆弾。片側の車輪が外れ、道を塞ぐように炎上している。

 さて、どうする。

 自分ならどうするだろう。高等弁務官は、士官学校の頃に受けた陸戦課程を思い出そうと眉根を寄せた。

 予備のコースを選ぶだろうか。そして、被害を受けた車両には一台護衛をつけ、回収部隊を待つ、救護機を呼び、被害を受けた車両に乗っている兵士の救命に努める。そんなところか。


 音声通信系を隊内に静かに接続する。骨伝導マイクにより中尉の声が聞こえてきた。

 中尉の声は拳の動きと裏腹に静かなものだった。

「…君の意見具申は記録した。だが駄目だ。排除。乗っている奴は死んでいる。生きてもいないモノのために力を割くな。このままの道を進む。敵はこれ以上のトラップをこの道には仕掛けていない。」

 破壊されている車両に限らず、警護車両には人間が車長として搭乗している。中尉が言うのなら、破壊された車両の兵士は死んでいるのだろう。流石に小隊の情報系統に入り、要らない発言をするつもりはない。

 無線の先の指示を求める声は混乱しているようだった。

「良いから車両をぶつけてそのまま進め。決して止まるな。止まるようなら君の車両も排除する。」

 高等弁務官はバイザーで表情が見えない憲兵中尉に鋭い視線を向けた。口は開かない。高等弁務官の仕事には警護小隊小隊長への干渉は含まれていない。

「…責任?誰にそんなくだらない質問をしている。小隊長の僕が持つに決まっているだろう。良いから早くしろ。」

 憲兵学校では、どのような教育を受けたのだろう。

 最新の警護の授業ではこんな事を教えるのか?

「…分かった、僕がする。弾種、榴弾、目標、破壊された車両、点射3発、打ち方始め。各車、速度を緩めるな。」

 走行中の装甲車両に中尉の声が冷たく響く。モーター音が車内に響き、弾が放たれる。

 …憲兵学校では絶対こんなことは教えない。この発想は、陸戦隊でもないはずだ。だとしたら?

 高等弁務官は、バイザーの中にあるはずの憲兵中尉の表情を想像した。

 それまで荒々しく動いていた拳は動きを止め、手指を開いたり閉じたりし、そして射撃開始を始めると、厳しく握りしめられていた。

 どこでこんなことを?

 破壊された道路を通過する際、装甲車が揺れる。車長席に座る中尉はその瞬間も拳を握りしめたままだった。

「…実戦経験、ね。」

 暫くしてバイザーをあげた中尉は、申し訳なさそうに高等弁務官に頭を下げた。

「もう少し快適な道をとおっていく予定でしたが、失敗でした。」

 笑みを浮かべた唇には歯形がついており、血がにじんでいるようだった。


 襲撃はこの1回だけだった。

 車列は装甲車1両の完全破壊と1名の戦死者でヤンセン食品の食糧工場に到着した。この被害が多いのか少ないのか、高等弁務官には何とも言えなかった。


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