1-1 復興
恒星暦569年7月1日
惑星メダリア 旧メダリア郊外
都市は、徐々に機能を復帰させていた。戦火が収まり、破壊が停止されると住民の生命に直結するインフラが、「人死にが出ない程度の」絶妙なゆっくりさで復旧していった。
自治都市政府の降伏から間を置かず退役寸前の強襲揚陸艦が海岸線に降下し、船内の工場で作成された修理部品を用いて淡水化プラントが復旧した。もちろん、「地域特性」を踏まえた調味課程は考慮されていない水が提供される。恒星暦で500年代半ばを過ぎた今の快適な生活をしようとするならば、提供される水は不足していた。だが、生存に必要なという条件を付した場合、それで十分だった。
それから発電衛星工場が近隣惑星系から輸送された。エルフどもの艦隊が星系領域ギリギリに展開していた事を考慮して、船団が編成され輸送されたことから、いつも以上の時間がかかる。輸送されるまでの間、やはり強襲揚陸艦に備え付けられている発電設備が供用されることとなった。カタログ上の出力には心配はない。宇宙空間でビームを飛ばすための発電設備なので、十分な出力はある。ただ、「退役寸前の強襲揚陸艦に備え付けられた発電機であったため」、どうしても出力にムラが生じてしまっていた。もちろん、病院といった停電してはならない施設への給電は万全になされている。
水源と電力源の復旧と並行し、独立勢力が少ない地域から電気と給水管、それを覆う道路が復旧していった。
独立勢力が多かった旧自治都市政府職員が多く住む地域などはインフラ整備は遅々として進まなかった。例年以上の極寒の冬も、何故か集光衛星のプログラムがいつもと違った酷暑の夏も水と電気は不足がちだった。
この結果、そこの地域に住む人々に連邦への恨みを深く植え付けることになった。何せ、炎天下2時間待って水の配給10L、極寒の中配給を受けた水が帰り着いたら凍っていた、となれば思うところはある。既に使い古された仮想空間の中でその情報は惑星内を駆け巡り、その他の地域に住む人々に連邦に軽々しく喧嘩を売ることの無益さを知らしめることとなった。
水や電源だけが反連邦活動への嫌がらせ手段というわけではなかった。反連邦デモが計画されるという情報がネット監視により把握されると、大抵その日は「発電機の不具合」や「集光衛星のメンテナンス」により酷暑か極寒となった。それでも反連邦デモが強行されそうになると、「システム障害」により、公共交通機関の障害が発生する。「システム障害」の責任を取らされるのは、反連邦派の公共交通機関職員と相場が決まっていた。灼熱や極寒のなか公共交通機関を待つ住民が抗議の声をあげても、それが連邦議会に届くことはなかった。
というのも旧メダリア市は占領直後の軍政状態、反連邦活動が多発する非友好的占領地における治安維持活動事前想定642が解除されたわけではなかったからだ。このため、住民は難民キャンプの住民と同じ扱いであった。つまり、作戦行動を優先する軍の論理が市民的規範の上位にある。給水施設や発電機の整備は難民保護のための緊急措置である。「たまたま」難民から選ばれた「技術者」が民政移管を念頭に採用されているだけで、一般地域のように労働者の権利が守られているわけではない。
旧自治都市備蓄食糧の供出による配給制度が開始されるなか、各地で水と電気が復旧されると、ようやく一般食の供給に目が向けられることとなった。連邦政府により食糧工場の復旧が急がれた。本来備蓄食糧は、異星人の攻撃の間連邦政府からの援軍が来るまで惑星に「籠城」する際に使われるもの。栄養は確保されるが、味や食感はどうしても後回しになる。これも、「食糧配分の手続き上の問題」で、反連邦地区への食糧供給は「不味い、堅い、古い」食糧が優先的に配分された。
水と電気の供給、道路の復旧、公共交通機関への干渉という目に見える生活への制裁、備蓄食糧や調味されていない水の供給という舌と心に与える生活への制裁は連邦保安省による綿密な計算の上実行された。これらは通信網の盗聴を通じた各種世論調査により、惑星メダリアに独立勢力への憎しみが一定数を超えたと判断された段階で徐々に緩和されていった。
そうして、1年以上たった今、惑星メダリアの住人の大多数は「飼い慣らされていった」。他方、旧自治都市軍幹部を中心に公職追放された一部は地下に潜り、先鋭化することとなった。市内各地でしばしば連邦協力者や連邦軍人の関係者を狙った犯罪が発生していた。
このため、コルドバ広域警察組合や連邦捜査局の頭を悩ませていた。かつて市中に張り巡らされていたメダリア市警察は見る影もなくなっていたおり、本来は公安系や警備系部門が活躍して対応するであろう連邦協力者や連邦軍人関係者への犯罪捜査は遅々として進まない状態となっていた。自治都市政府とほぼ心中し、公安系や警備系部門職員は軒並み公職追放されていた。かろうじて薬物犯罪等にあたる生活安全系と盗難や殺人等にあたる刑事系のみが占領軍の手下で委託業務組合として存在が許されていた。総務系、交通系に至っては、存在すら許されず、人材派遣会社や警備会社と業務委託の枠を奪い合っている様だった。
1年半前に破壊された食糧工場は、ようやく復旧の日を迎えていた。かつて、メダリアの食糧生産の3割を占めた重要な食糧生産工場。復旧途中の食糧生産工場とともに惑星の食糧供給の7割を占めていたヤンセン食品株式会社が経営する巨大工場の一つだった。
式典の事前周知は、通り一辺だった。総司令部からの指導によりヤンセン食品からの報道機関への連絡も掲示板への掲載のみ。積極的な報道機関への売り込みはなされなかった。会社の仮想空間サイトでの表記も式典終了後に解禁、と指示を受けている。
理由は幾つかある。
一番大きな理由は、食糧工場の復旧により味覚への制裁が一つ解除されたと言う事実は、住民達に知らしめる必要のない事象だからだ。彼らには、何か刃向かった場合食糧供給に支障が生じると思わせた方が良い。
一方、担当した連邦高等弁務官事務所の当該セクション職員にとって重要な施設の復旧は、連邦行政機関にとって銀行より怖い連邦行政監査局や親よりうるさい連邦議会への重要なアピールポイント。仕事をきちんとやっています、というメルクマールであるため、関係者で祝わなければならない。
もちろん、決して公にされない理由もある。
例えば、叛乱後に派遣されている連邦高等弁務官事務所の職員やその家族にとっても惑星メダリアで配布される食糧の不味さは精神的に苦痛だった。ここで大々的に報道した場合、占領職員家族が、今迄何をしてきたのかと職員管理部門に抗議をしかねない。
これら大人の事情を受け、式典にはコルドバ大陸港湾事務所、残存が許された惑星メダリア上の自治体、連邦高等弁務官事務所、連邦軍、民間団体の面々が参加することとなった。その式典参加者以外に存在が許されるのは、政府系マスコミ、憲兵隊ほか数えるほど。
とはいえ、その式典に連邦高等弁務官事務所から連邦高等弁務官自らが出席しているところに連邦のこの工場復旧への姿勢が見えていた。