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第二部 0 出頭

恒星暦568年7月1日

惑星メダリア メダリア派遣第13独立憲兵隊


 電子機器と空調の音が響く部屋に、グラスに液体を注ぐ音が加わる。

「…」

 持ち上げ、飲み干し、ガツン、とテーブルに戻す音。

「…はぁ。」

 ため息とともに引き出しが開けられ、何かが乱雑にしまわれた。

 第13独立憲兵隊は、その名の通り艦隊とともに行動する艦隊憲兵隊でも師団本部ごとに置かれる憲兵隊でもなかった。組織要求資料によると、「占領地等高度に緊張が想定される非友好的地域において」(中略)長期にわたり主として軍事警察(中略)、行政及び司法警察業務を(中略)実施する必要があるため」編制された部隊だった。

 メダリア連邦首都にある憲兵司令部から派遣を命じられてはや7ヶ月、最初の定期人事異動を迎えていた。

「…正式な教育を受けた士官学校出がいなくなって、速成の睡眠教育しか受けていない奴が後任か。」

 声紋、指紋と虹彩という多重認証による本人確認が必要なメールが送られてはや3ヶ月。開封したメールに含まれていた内示を見て、記載された氏名を検索して頭を抱え、すぐに憲兵司令部の人事課に電話して抗議をしたが、とうとうこの日を迎えてしまった。

 前任のツカモト中尉は優秀だった。軍政開始直後の混乱下、気を利かせて動いてくれた。だが、優秀な人間ほどすぐに引き抜かれる。部下の将来を思えば喜ばしいことだが、隊の今後を思えば喜ばしくはない。

「とはいえ…」

 速成教育を終え、ここで中尉進級まで大過なく過ごせば憲兵学校の初任士官科に入学。そこまで異動計画を記載されていれば、彼についてどうこう文句は言えない。

 特に、その異動計画に署名している人間が人間であれば。

 だが。

 どうしても、思ってしまう。

 士官学校出身者が憲兵になるのは、普通であれば隊付を無難にこなした中尉が憲兵学校を修了してからだ。隊付になってすぐに戦闘に巻き込まれ、部隊を全滅させた士官がなるようなポストではない。

 大きくため息をつく。

 機動歩兵の制服を着た青い髪の若者の身上調書がそこにはあった。

 所属長のみが見ることが出来る注意事項が点滅している。

 前線での任務に適さず。

 理由、身体再生手術を受けているため。

 モニターに映し出されている医療記録を憂鬱に眺める。

 だからといって、憲兵隊は引き取り手がいない人間を受け入れる収容施設じゃないんだけどな。艦隊は…こいつ、士官学校出身のくせに資格がないか。

 何度目かになる身上調書の読み返しで、今度来る若者の個人的な情報は大方暗記していた。おそらく、憲兵司令部にある人事カードには、もっと色々書かれているのだろう。

「だったら技術系でも…。」

 艦隊士官になるための資格は取得しておらず、工廠で艦船の修理にあたる船舶技術系士官になるには士官学校の成績は低空飛行。とどめに機動歩兵であり続けるには身体上の問題あり。

 シュミット中佐は、自分が声に出していたことに気がつき、首を振った。

 うんざりとして外を眺める。かつて自治都市軍の司令部が入居していたビルからは、破壊された都市の景色がよく見えた。

 去年の今頃までは程々の規模を誇っていただろう都市は、独立闘争の結果、大きく姿を変えていた。

 眼鏡型の戦術情報表示装置には、変わり果てた都市がどうしてそうなったのか、AIによるものらしく几帳面に表示されている。

 あのクレーターは艦隊によるもの。対空陣地があったから質量弾を投下された。投下直後の評価は…

 あのビルが倒壊しているのは、この地に駐屯していた機動歩兵大隊によるもの。

 いや、正確な表現ではない。

 生真面目そうな顔をした機動歩兵少尉の身上調書を、シュミット中佐は忌々しそうに眺めた。

 あのビルが倒壊しているのは、この若者が私に理解できない理由で破壊を命じたから。

 時計をチラリと眺める。そろそろ予約時間の5分前。今頃部屋の前で制服の具合を確かめている頃だろう。

 中尉の頃に艦隊士官から憲兵将校に転科したシュミット中佐には、艦隊がどうして質量弾を投下したのか理解できても、この若者があの時、何を思って暴れ回ったのかは理解できなかった。

 シュミット中佐にとって機動歩兵勤務は就職対策に大学で受けた士官養成課程でのちょっとした演習程度。せいぜい大学があった場所の近くに駐屯していた機動歩兵大隊での装甲歩兵装備への体験搭程度。太古の騎士達をどう運用するか理解できないのと同様に、艦隊士官出身の憲兵将校には、鎧の付け方、騎士の剣の握り方同様に装甲歩兵への搭乗儀式、小銃の引き金の引き方くらいは知っているが、機動歩兵をどう運用するかは理解の外にある。

 どうして、この地での勤務を引き続き希望したんだか。

 ノックの音で思考が現実に戻される。

 時計は正確に予定の5分前を指していた。

 士官学校出身者はこれだから…

「入れ。」

 幸いなことに、このオフィスには自分より高級な士官はいない。ぞんざいな口の利き方をしても誰も指摘するととはない。

「マチダ・ケンタ少尉、入ります。」

 まだ若いはずなのに、どこかくすんだ声を出し、入室してきた。

 機動歩兵の制服だった。憲兵隊の制服は、機動歩兵とほぼ共通だが、憲兵学校卒業時に授与される襟章がついている。憲兵学校を卒業していないため、徽章着用の権利がない。彼はまだ憲兵ではなかった。

 つかつかと歩いてくる。靴は磨かれ、制服は皺一つなく、略綬類は一直線。

 四肢を再生するような重傷を負った、と記録されているが、そうは見えない。

 歩く姿を眺めながら、シュミット中佐は評価を始めた。

 いや、顔と手の肌の色が微妙に違う。体内で治療促進しすぎたからか。体が再生した四肢になれるまで、機器を埋め込んで再生を調整する。このため、どうしても肌の色が違ってくる。顔には傷跡がはっきりと残っていた。鼻や左耳の色も微妙に違う。

 そこから推測される事象に、シュミット中佐は一瞬瞠目し、意思の力で表情筋を調整した。

 そうこうするうちにマチダ少尉は既にシュミット中佐の三歩前に立ち、気をつけの姿勢を取っている。

「ようこそ、第13独立憲兵隊へ。」

 シュミット中佐が声を発する直前の絶妙なタイミングで室内の敬礼を終えた若者は、さすが士官学校出身者だった。

 さあ、この厄介な新人をどうしたものか。憲兵にするなら、さっさと憲兵学校に送り込まないと。見極めが大変だ…

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